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45 遠江の支配者

駿府へ帰ると、案の定町はざわついていた。

理由は言わずもがな武田信虎捕縛の報である。

掛川城に送られた報せでは、信虎は今川館の座敷牢に監禁。そして信虎の館は庵原家の兵によって囲まれて封じられている。駿府の町の住人からすれば、何かあったと察するのは容易だ。


今川館に入る。

もちろん、今回の一件にオレは無関係であるという立場を誇示すべく、信虎に面会をすることなく、飛車丸の私室へ。


「お疲れさん」


オレの言葉に、自室にだらしなく座る飛車丸が口元を上げて答える。


「一通りの対応は終わった」

「どこを攻める?」

「予定通り天野と飯尾だ。今回は自領の仕置きだ。あまり大事にしたくない」


確かに、離反寸前とはいえ遠江は今川領土である。コレで疑わしきを罰しまくった挙句、治める人材不足となれば壮大な自爆だ。桶狭間で発生した問題を再燃させるだけだ。

今回の件だって、鵜殿新七郎の事を見ればわかるように、三河からやってきた人質に、遠江の新領土を与える事が予定されている。三河を取り返す予定がないので、代替地として提供して慰撫するのである。

なので、滅ぼす相手は見せしめとして必要な最低限の者達だけだ。

まあ、コレにはほかにも理由がある。今回の討伐は遠江の仕置きであり自領の問題解決の手段だ。つまり、コレに失敗すると今川氏真では自領の統治に問題があるとされてしまう。

そういう意味でも、犬居城の天野家と曳馬城の飯尾家は、今回の信虎捕縛騒動の前から計画していた討伐対象であり、そのために攻める計画も事前に時間をかけて練られている。


「他の家は、こちらでとりなせばいいんだな」

「ああ、信虎の館を使っていい。警備に足軽三十を残して元政には戻るように伝えてくれ」

「わかった」


そこから先はオレの仕事だ。

前にも言ったが、オレは今回裏方に徹し、今回の事件には無関係を装っていた。オレの立ち位置は『信虎捕縛とは関係ないが、氏真に親しい家臣』となる。

この立場を最大限利用する。

遠江の豪族に、信虎捕縛の報せと共に、遠江で信虎が独断で独立勢力を作ろうとしていた事を伝える手紙を送るのだ。同時に、そのための対応をするのが、自分であると知らせる。


コレに対して予想される遠江の反応は三つ。

ひとつは、まったく関係ない豪族達。当然彼らは身の潔白を示すべく返事を書くだろう。それに関して、こちらも正直に疑惑になるようなものはない事を返す。また、先の手紙について無関係でありながら、疑惑を含めた内容であったことを謝罪する。もちろん謝罪するのは今川家ではなく、後始末担当者の十英承豊であるオレだ。頭を下げるのは慣れているからな。

同時に、遠江の離反者への仕置きについて、出兵できるなら参加してほしい旨を追加する。基本はそれだけだ。

彼らにしてみても、今回の騒動が発覚した以上、今川家として対応が必要である事は理解している。こちらに媚びを売るなら喜んで参加するだろう。

二つ目は、中立の者。

信虎の独立勢力確立に対して、積極的に加担こそしていないものの、密約で中立を約束したもの、あるいは成功すれば従うと言った日和見的な回答をした者達だ。

当然、彼らは先の手紙で自分達のみの潔白を訴えただろう。もっとも、その証拠があるために偽りの報告をした事になる。信虎の策に対しての罪は曖昧ではあるものの、主家への偽りの報告という意味では有罪だ。

彼らへの対応は決まっている。事情によっては他勢力に従う事はやむをえないまでも、主家に偽りの報告をしたという罪は明白である。

故に、今回の討伐で兵を出し、今川軍に寄与するなら好し。そうでなければ、己の罪を認めた事として敵として処分する。正統性もあり、戦力差は圧倒的だ。彼らに選択権はない。

そして、最後の三つ目。これは離反に参加していた者達だ。

今回の討伐対象は天野家と飯尾家であるが、それ以外にも遠江の豪族は信虎の勢力に組していた。彼らを滅ぼさなかった理由はただ一つ。勢力が小さすぎるのである。

当主自身が、信虎の策に乗って離反を企てていたり、井伊家のように親族達がノリノリで参加しようと企てていたケースだ。

コイツ等には塩対応だ。お前達わかっているんだろうなという、直接的な手紙をはじめ、部下たちの独断なら、その家の当主に詳細を記した手紙を送る。この時代、部下の罪は主の罪である。井伊家のときと同じだ。

だから、今回の合戦での協力を約束させる。敵にならないのなら、それを証明してみせろと、強い内容で手紙を送る。部下が勝手にやらかしたのなら、当主は当然彼らに責任を負わせるだろうし、当主であるなら、家の存続をかけて、親族達が当主である事を許しはしない。

責任を取るならば許してやるという内容を匂わせる。


三者三様の対応だが、重要なのはそこではない。

先の三河への援軍の時は、駿河より後詰めの兵を出した。遠江ではない。それは、遠江の豪族達が信用できなかったからだ。

だが、今回は違う。主力となるのは遠江の兵。

三者三様だが、そのどれもが兵を出す事になる。今川家を支持すると表明する為か、今川家の疑いを払拭する為か、今川家に再従属する為か、どれであろうとも遠江の豪族達が今川氏真に従って兵を出すのだ。

それは、今川氏真に遠江の豪族が従ったという実績を示す事になる。


合戦とは行為であり、目的ではない。

今川家による遠江の支配を、地元の豪族達に認めさせるのが目的だ。

天野家も飯尾家もその為の生贄に過ぎない。

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