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40 老虎の牙

「……お見事」


井伊家から来た密書を読み、信虎の策に感心する。

良くぞここまで練り上げたものだ。


そもそも、信虎の離反と遠江をまとめて武田家に渡すという策は、三国同盟違反となり、北条家が敵に回る可能性が高かった。実際、そうなった場合、今川家はそうなるよう北条家に働きかけ味方に付けようとしただろう。

だからこそ、信虎はそれを避ける為の手を打っていたのだ。


信虎は、独立勢力ではなく今川家の支援勢力として、遠江の勢力を掌握しようとしていた。

松平家が遠江に攻め込む可能性が高く、今川氏真にはそれに対抗できる器量がない為、武田信虎が、松平家の侵攻を食い止めるべく遠江の豪族の協力を得て対応しようというのだ。

その為に上京し、将軍家に拝謁し、足利義輝から今川家の支援勢力としてのお墨付きを得て大義名分とする。

武田信虎は今川氏真の祖父であり、親族として矢面に立つ名目はある。元甲斐の虎として、軍事経験に関しては保障付き。さらに、遠江の勢力に対して、甲斐武田家の協力を得られる事を匂わせれば、松平家に対抗することは十分に可能であった。


元々三河松平家の独立を今川家は「内紛」とすることで、他国からの介入を抑止した。同時に、松平家の問題を今川家で解決する必要が出来た。

つまりは、信虎率いる遠江勢力は今川家による内乱解決の手段であり、それを将軍足利義輝が支持するというのだ。

他国の介入が出来ないようにした今川家の対策を逆手に取って、三国同盟に違反しない理由を手に入れて、甲斐武田家とつながったままで今川領内に独自勢力を作り上げた事になる。


さらに、将軍家のお墨付きで、松平家と相対した時に、今川家に救援を頼む事が可能となった。今川家が援軍を出てくるなら、松平家と争わせて疲弊させればいいし、援軍を断れば、信虎は将軍家のお墨付きを盾に、同盟国である武田家に援軍を頼めるのだ。

大名同士の盟約である三国同盟と、将軍家のお墨付き。北条家も一方的に武田家を悪とはいえないだろう。

武田家にしてみれば、北条家が非難だけで終わるなら脅威は格段に減る。即座に敵対しての全面対決を避ける事だけが問題なのだ。

そして、北条家が想定以上に強固な姿勢をとったとしても問題はない。そのまま武田軍は甲斐に戻れば良いのだ。武田家が救援に来たという事実は変わらない。救援を断った今川家と、援軍に来た武田家。遠江の豪族がどう思うか考えるまでもない。


さすが甲斐の虎。名門武田家を作り上げた戦国大名だ。よくもまあ、ここまで考えたものだ。


コレで、信虎はいつでも動ける状況になった。武田家の回復を悠長に待っていたら、機先を制せられるところだ。

飛車丸の私室で、密書を見ながら舌を巻く。


「しかし、公方様(足利将軍)がこうも簡単に動くのか……」

「それはオレのせいかもしれん」


オレの疑問に飛車丸が答える。


「去年、公方様より松平家と和解するよう働きかけがあった」

「去年?そうか、松平家と織田家との同盟か」

「ああ、あれで松平家と完全に決別。公方様がオレの器量を疑問視するのも無理はない。そこを突くとは流石だ」


そういって少しさびしそうに笑みを浮かべる飛車丸。

身内に裏切られるという戦国大名には当たり前の行動だ。まあ、松平元康も身内なので二回目だが、義理ではなく直系の祖父である分ショックである事には違いないだろう。

だが、飛車丸の感情はともかく、その様子には余裕があった。そしてそれはオレも同じだ。信虎の策を見事とほめられる程度には余裕があるのだ。

そもそも、今川家の目的が駿河の安定と、松平家による三河統一が規定路線であった為に、将軍家よりの要請は、そもそも聞き入れる事が出来なかった内容だ。

故に、消極的に努力をして、残念ながら双方折り合いがつかなかったとしてお茶を濁す予定だったのである。今川家の政策を見抜いた上で行動し、その為に策をめぐらせた信虎は、飛車丸自身も認めるように甲斐の虎だ。

だが残念な事に、将軍家のお墨付きをもってしても、信虎に勝ち目はない。


武田信虎の敗因。それは信虎の旗印が『風林火山』ではない事だ。

風林火山を記した『孫子』にはこうある。

『上兵は謀を伐つ、其の次は交を伐つ、其の次は兵を伐つ、其の下は城を攻む』

将軍家との『交』によって成る策は、『謀』を伐つ事ですでに断っているのだ。


「では動くぞ。手はずは決めたとおりに」


そう言って立ち上がる。

懸念が消えた以上、動くなら今だ。

飛車丸と一緒に部屋を出る。すでに今後の対応については相談済みだ。飛車丸には今川家当主として、この事件の表側で動いてもらう必要がある。

部屋を出て廊下を歩いていると飛車丸が思い出したように聞いてきた。


「本当にお前は出ないでいいのか?お手柄だぞ」

「この程度、まだ手始めにすぎん」

「だが、駿府での地位も上がる」

「それでオレが何を求める。土地か?権力か?」


そのどれもがオレには不要なものだ。土地の管理はそのまま戦場に出る事を意味するし、権力にいたっては、オレの出自は問答無用で庶民にして平民だ。権威で箔付けをしても、妬まれるだけだ。

オレの疑問に対して飛車丸は顎に手をやる。


「そうだな……嫁とか」

「お前、今から蹴鞠の鞠な」


部下の求める物を瞬時に見抜くのは名君の素質らしい。とりあえず、名君の尻に黄金の左を叩き込む。

今日からオレはファンタジスタだ。

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