04 戦国時代の復讐者
残された時間が減っていくのがわかる。
歩んできた人生を振り返る時間が増えるたびに、その振り返った時間の長さが、この先に残された時間を教えてくれる。
悔いはない?本当に?
自問自答。その答えは、最初からあった。僧としての数多の先人がそう問いかけ、答えを導き出していた。
あるがまま也
ああ、そうとも。悔いはない。悔いる事も恥じる事もないのだ。
私の行ってきた事。私がなした事。それがどれほど壮大で、そしてどれほど矮小なのか。すべて己の考え一つ。
私の人生の根源は復讐であった。
誰かに対する復讐ではない。戦国時代というこの時代に対する復讐だ。
私は憎む。この乱世の時代を。
隣人が、友が、家族が殺し会う残虐なる世界を。
それゆえに私のなした事。
それは、下克上を是とする時代の否定。乱世の世にあって、私は世に逆行した。
時代の寵児である戦国大名を凌駕する守護大名。
存在する事で新時代そのものを否定できる旧支配者。
乱世にあって戦国大名の本質を否定できる奇跡の存在だ。
現在の今川家こそ、その集大成。この日本にあって、武勇、知略、治世で、これ以上の存在はいない。
戦国時代という時代の流れを持ってしても、コレを覆す方法は一つしかない。
『天運』
もはや、人知の及ばぬところだ。
成した己に投げかける影は一つ。
龍王丸。
悲しいかな。彼もまたもう一つの奇跡の存在。
そして、私の人生を否定する者。
私が復讐者であるが故に、相容れない存在。
彼の本質は、私の出した答え。完成した守護大名の否定であった。
ああ、認めよう。それもまた真実なのだ。
そして、私ではその真実を形にする事はできない。私が復讐者であるが故に。
同じ場所を目指しながら、最後まで道は交わらない。
成した後にしか交わらないのだ。
だからこそ、我が異なる後継よ。
お前の存在が救世だ。
異能の相を持ち。しかし、その本質は同じ。私は戦国乱世に最強の守護大名を作り上げた。アレもまた同じ。だが違う。私とは相容れない何かの寵児。
理解の及ばぬ同類よ。
ああ、それを見ることがかなわぬのが心残りではある。だが、知ったところでどうなると言うのだ。理解できぬものを知ることなどできぬのだから。
私にできる事は、彼等がそれをなしてくれると信じるだけ。
ああ、そうとも。
あるがまま也。
九英承菊 改め、太原雪斎。
『黒衣の宰相』と呼ばれ、今川、武田、北条との3国同盟を締結させた稀代の軍師は弘治元年十月十日。臨済寺でその生涯を閉じた。享年59才。
その傍らにいた一人の僧の名は伝わっていない。