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39 遠州謀略

井伊家にいる新七郎から密書が届く。

遠江で信虎の話に乗り独立勢力に参加する豪族についてだ。


「東遠江ですな」


庵原忠胤が、書かれた豪族の名前を見てそうつぶやく。


「北の武田の手を借りるなら、北遠江の豪族では?」

「無用と見たのでしょう。武田の軍勢がくれば、敵であろうと味方であろうと、彼らの出来る事はありません」


死ぬまで武田に抵抗する意地も力もない遠江の豪族達だ。侵攻前に武田が手紙を出せば、保身に走り武田軍門に下るのは目に見えている。

ならば、松平独立と三河統一で危機感を感じている東遠江の豪族を事前に取り込むほうが、まだ効果的だ。武田家の目的はあくまでも海。途中にある小勢力は眼中にない。

迎え入れる反乱勢力ゴールがあればいい。


「井伊家のほかには曳馬城の飯尾家。それと犬居城の天野家です」

「大田川近郊の国人衆ですな」


遠江の西側を区切るのが大田川だ。その両側。東に犬居城の天野家に、西が井伊谷の井伊家。さらに、大田川の河口にあるのが飯尾家の曳馬城。

目に見えるように地図に印をつける。それをじっと見る飛車丸に聞く。


「どうだ?」

「犬居はどうにかなるだろう。だが、曳馬城は堅城だ。犬居を落とせばなおの事、駿河の兵だけでは心もとない」


彼らが大田川周辺に固まっているのが難点だ。川を挟んだ防衛は防衛側が有利だ。

駿河のある東から攻めれば、犬居城は落とせるだろう。だが、川の反対側にある曳馬城は難しい。さらに、犬居城を落とせば、落ち延びた残党が合流するのは川の反対側だ。

後がないとわかれば、相手はより強固になる。

地の利は相手にあり、河川による輸送を止めるのは難しく、兵糧攻めをするには、コチラの兵が足りない。


「こういった場合の常道は、彼らの連携を断つ事だ」

「もうすんでいるな」


したり顔で兵法を語ったオレの言葉に、笑いながら飛車丸が答える。

すでに井伊家が内通している為、最初の一手目は完了している。しかも、駿河から攻めた場合、井伊谷は大田川の反対側だ。呼応する事で、渡河の危険は格段に減る。


「あとは禊だな。井伊家を先陣に曳馬を攻めさせよう」

「井伊家の被害が増えるぞ」

「増えんさ。どの道、勝手に内通した井伊家中の重臣達を、直親は粛清するんだ。彼らを先陣に加え、働き次第では家の存続を認めてやると言えば、死すべき彼らは奮闘するだろう」

「討ち死にも織り込み済み…か」


何度も言うが、地元密着国人衆にとって、生き残る事は至上の命題だ。

しかし、それは自分が生き延びるという事ではない。先祖伝来の家を残す事で家名を永らえるのだ。

何せ、彼らの存在の根源である地元の統治者としての身分保障は、先祖代々の実績だけだ。

大名の安堵状なんて、保障していた支配者が倒れれば、焚き付けに早変わり。その程度の価値しかない。

命が安いからこそ、命よりも高価なものが存在する。それが彼らにとっては、一族郎党に連なる「家」だ。

現代日本の法律は、個人個人を保障している。それがない戦国時代では、無条件に自分の身分を保証する「家」というのは何よりも大事なものとなる。

その根源にあるのが治世なのだが、それに気が付かない彼らには、理解できないだろう。


「では、我々も動きますか?」

「まだです。まだ信虎の手が読めていません。それがわかるまでうかつに動くのは危険です」


離反計画に関して楔は打ち込んであるが、一つだけ懸念があった。

信虎が京都にまで行って用意した策だ。

今川家に対するものか、あるいは松平家に対するものか。

遠江が独立すれば今川家と敵対する事になる。斜陽とはいえ全力を出せば、いくら信虎といえども遠江の一地方の勢力だけでは対抗できない。

最悪、今川家が松平家と組んでの挟撃される可能性まで考えれば、その対策を考えているはずだ。

最初は、それを甲斐武田家の武力介入だと推測していた。だが、それならば上京する必要はない。甲斐武田家の兵力の回復を待てばいいのに、わざわざ京都まで出向いている。その理由があるはずだ。

それが、勢力確立で問題となる今川家か松平家か、もしくはその両方に対する策だ。

このまま、信虎の策をしらずに動けば、術数にはまる可能性がある。追いきれなくなる可能性がある。

オレの言葉に何かを押さえ込むように腕を組む忠胤様。思えば、信虎の密書を運ぶ時からずっと抑えてもらっていた。今川家の譜代の家臣でありながら、新参者でかつ若造のオレの言葉に従ってくれて頭が下がる思いだ。

なので、一つ妥協案。


「不安になるのもわかります。まもなく田植えの時期です。そこを一つの区切りとしましょう」


田植えの季節に兵を集めて独立勢力を確立するとは思えない。駿河も遠江も兵の基本となるのは、足軽であり農民だ。今後独立勢力として争うにあたり、兵力の根幹となる足軽の生活基盤を邪魔するとは思えない。

そして、彼らが動けるという事は、当然同じシステムを利用している今川家も動けるという事だ。


「それまでに動くのか?」

「動く。待つ時間は、奪ってある」


飛車丸の言葉に、笑って答える。

その為に、オレはありもしない三河守護継承の話をした。

今川家と松平家の和解は、不安定になった今川家の情勢を立て直し、また三河松平家と駿河今川家で遠江を挟撃できる立地となり、信虎の策を根底から瓦解させる。それに対抗できる武田家の回復を待つ時間的余裕をなくせば、武田家の代わりとなる策をもって遠江の賛同者を安心させる必要が出来る。

そしてそれは、井伊家という賛同者を安心させる事が出来るのだ。


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