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38 駿河の妖怪館 ふたたび その2

永禄5年3月


新七郎が井伊家に着いたようだ。とりあえずは問題なく生活しているらしい。

小野道好からの手紙もあり、無事に井伊直親は独立派に入り込み、当主としての立場を確立しているらしい。

そして、こちらの想定どおり、その件を讒言する事で井伊直親と小野道好の関係は悪化。井伊家中の勢力は二分され、それが独立派達にとっても目くらましとなっている。

後は裏で新七郎が両者を取り持ち、対応できるようにすればいい。

新七郎の初仕事となり不安が残るが、そこは後がない井伊直親や小野道好が考えてくれるだろう。



駿府にある武田信虎の館へ向う。

上京していた武田信虎だが、2月末には駿府へ帰ってきていた。まあ、元々年始のご挨拶と貢物の献上だ。うらやましい事に京都での生活費は今川家持ちである。

オレ自身、三河に何度も行っているが、その際の滞在に寺を選んでいるあたり、その賄い額はおして知るべしだ。

オレと名門武田家元当主との待遇の差はともかく、今回オレは(狙ってだが)、献上品を運ぶ武田信虎に同行させてもらった。

当然、その礼をしなければならないというわけだ。

そんなわけで、京都から戻った後のゴタゴタが落ち着いた頃に、挨拶に伺ったのである。

館の部屋に通され頭を下げて御礼を言う。


「先日は、ご無理を受けていただき、ありがとうございました」

「なになに、そう難しい話でもない。今川家中の事を思えばたやすい事よ」

「そう言って頂けると助かります」

「で、どうであった?」


身を乗り出すように信虎が聞いてくる。頭を上げつつ聞き返す。


「どうとは?」

「三河よ。その方は、松平の当主を買っておるようだからな」


その言葉に、目を細め笑顔を作る。


「はい。思いのほかうまくいきました」

「ほう」

「そもそも、松平家の胸中にあるのは伝来の三河の地でございます。それも、三河統一は松平家にとっては悲願。事実ではなく願いでございます。松平家の父祖が治めたのは東三河の地まで、故にそれを保証する事で、今川家に与する道が見えました」

「ほう。三河一国でか」

「先日の今川家の精鋭を見た故でしょう。五千の後詰め。それが、今川家の全力でない事は松平家も承知。その意味を見誤ることはありますまい」

「はっはっはっはっは」


オレの言葉に、信虎が高笑いを上げる。

まあ、松平家にとって敵対する今川家の力は、現在最も警戒する事だ。桶狭間以降、斜陽となる中で、それでも駿河の国力を重点的に回復し軍備を整えてる。

先の北条家への全力の二万と、今回の迅速な五千。今川家の回復を図る目安になる。


「なるほどなるほど。やりますな十英殿。松平を脅す為に、今川家に兵を出させるとは」

「いやいや…」


その言葉に、左手を前に出して否定する。


「拙僧は、氏真様より三河への後詰めの話を聞き、それを利用しただけの事です」

「しかし、後詰めの話を三河に漏らしたのであろう」

「それは……たしかに」


その言葉に、眉間にしわを寄せ言葉に詰まるオレと、それを見て意味ありげに笑みをうかべる信虎。

何を隠そうこちらの軍事行動を敵側に知らせる事は立派な利敵行為であり内通という。もちろん飛車丸も知っている事だが、それを知らない信虎は、オレを告発する弱みを握ったと思うだろう。

実際、信虎の上京に便乗する形で、三河に行っているのだ。その信虎の告発は真実味を増す。ましてや信虎の立場を思えば、今川家中で権力を持たないオレの言い訳など一刀両断できるだろう。

この時代の刑法は、真実より力関係である。戦国時代って最低だな。

とりあえず、言い訳をするように、視線を下に外し言葉を続ける。


「三河と友好を結べるとなれば、今川家と松平家で争うのは良い事にはなりません。戦によって禍根が生まれるならなおの事。それ故に穏便に済ませただけでございます」

「……まあ、よい」


信虎は笑みを消し、オレにかかるプレッシャーが増す。弱みを握られた後に、この行動だ。間違いなく虎だ。獲物に容赦をしない。

視線を下に外したまま、信虎の言葉を待つ。


「しかし、今川領となった三河を松平に与える。今川家中が許すと思うか?」

「そこは、先代義元公の遠望によるもの。松平殿の正室は今川家一門。つまりは、松平元康殿と今川家は縁続きにございます。それは、もともと義元公も三河を松平家に与え、東の備えにする心つもりであったという事」

「……そこまで松平は信じられるか?」


窺うように聞いて来る信虎。視線を上げ、我が意得たりと胸に右手を当てて答える。


「むろん。その為の備えも心得てございます」

「ほう?」

「まだ氏真様と協議の最中ではありますが、三河松平家に『三河守護』を与えるよう工作をと考えております」

「あれは一色家の!」

「左様。三河守護は一色家の役職。しかし、美濃一色家の前例もあります。今川家の口利きがあれば不可能ではないかと。そして、その名を継ぐとなれば、それは織田家との同盟の破綻も意味しております。織田家の狙いは美濃一色家となれば、織田と松平が共に手を携える事は難しくなるでしょう」


オレの言葉に、あごに手をやり考え込む信虎。


「三河を治める大義名分を与える事を条件に、再び今川家に与する。この度の三河の問題は収まりまする」


もちろん、そんな予定はない。飛車丸と相談してカバーストーリーを作り上げただけだ。

信虎が甲斐武田家の力を借りて、遠江に勢力を確立するには、甲斐武田家の力が回復する時間を稼ぐ必要があるわけだ。

そのための信虎の上京と見ている。

だが、その内容が分からない。今川領土の混乱か、甲斐武田家への支援か、あるいは他の何かか。

それを知る為に、信虎には動いてもらわなければならない。


こちらの張った罠の中へ。

三河への話はそのための布石。

信虎に三河へ交渉に行く事を知らせたし、三河との交渉が進行している事も伝えた。

信虎がどのような策を講じていたとしても、それは今川家が問題を抱えていることが前提だ。現在、表面化している今川家の問題は、松平家の独立だけ。

つまりは、信虎の策がなんであれ、松平家の問題が解決する前に、早急に計画を進める必要が出てくる。


虎よ。毒持つ獣を相手にする時に必要なのは、容赦しない強さではなく、臆病なほど慎重である弱さなのだ。

弱きが故に、強きを倒す。まさしく下克上という奴だ。


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