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32 名目だけの戦は裏で決まる

三河に入ったオレが滞在しているのは三河豊川にある「善住寺」。別に縁があるわけではない。前にも言ったが臨済宗の寺と言うだけだ。


ここが、松平家の領土である以上、敵対する今川家の家臣であるオレは敵だ。敵国の家臣が領内をウロチョロしていれば、待っているのは捕縛投獄からの斬首コンボだ。

そんな危険地帯での生き残り方法は、決まっている。

いつの時代でも最強の力。つまり「コネ」である。



「お前と言う奴は……」

「またなって言ったろ」


困り顔できたのは、助さんこと石川数正である。うろうろ歩くのはあまり良くないので、手紙を送って寺に来て貰ったのだ。

来てもらう理由は単純明快。今川家と松平家の双方にとっての利益のためである。


そもそも、今川家にとって現在はまだ雌伏の時だ。人質交換で減った人員回復にめどが付いたと言っても、かれらはまだ仕事を始めたばかり。きちんと機能するには圧倒的に経験が足りない。さらに、駿河を中心に領地維持をしたために、遠江からの忠誠心は下がり、遠江からの援助は期待できない。

それを取り返すには、今川氏真がきちんと実績を示す必要があるのだ。


「1月末から2月に今川軍が三河に入る」

「……」


オレの言葉に、助さんは不審な目をオレに向ける。

おいおい。オレがお前にウソを言った事があるか?こう見えても聖職に身をおくもなんですよ。


「ここで戦うのはお互いのためになるまい」

「どうしろと?」

退け」

「……」


一方的なオレの物言いに、助さんの顔から感情が消える。お、コレは本気になった顔だ。

まあ、ここで退くデメリットを理解しているのだろう。松平家による三河統一は悲願だ。そして、織田家との同盟後、松平家の三河侵攻は連戦連勝の快進撃だ。ここで、退くと流れを失う。そう見るのだろう。


「数は?」

「五千」


数正の質問にオレは正直に答える。

松平家にとって、ここで後詰め五千の相手は厳しいだろう。

最も、それは今川家にも言える。ここで松平家と決着をつけるべくぶつかると、負ければめでたくゲームオーバー。勝ったとしても、遠江からの援助が期待できない状況で、駿河から連れてきた虎の子軍団に被害が出る。


今川家も松平家も、ここで無用な被害など出したくないのだ。

だからこそ、オレは三河に来た。

勝つ必要の無い戦いで、最も被害の少ない戦い方をする為に。

ようするに、台本を決めての「なんちゃって戦」だ。


「松平が引けば、それ以上は今川も進みはしない」

「その保障は?」


オレの言葉に数正が聞く。まあ、騙し討ちではないが、松平家が退いたところで今川家が進めば被害は甚大だ。一刻も早く三河を取りたい松平家としては、三河の領土をとった取られたという足踏みは避けるべき状況だろう。


「今川軍の内部にある。氏真様が出陣する今回の戦。その本陣に組み込まれた旗本は、先の人質交換で今川家に身を寄せた元三河勢力の者達だ。仮に三河に進み領土を得たところで、それは誰の土地になる?」


あくまでも、今回の今川家の軍事目的は『三河の反松平家の援軍』だ。

ここで松平家を退かせ、三河に侵攻した場合、侵攻した土地はどうなるのか。

この戦い、当事者は三河の反松平勢力である。当然、“結果的に松平軍を退けた”彼らは自分達が攻め取った領土だと主張するだろうし、それは当然の権利だ。

では、そこに援軍に着た今川家本陣を守る旗本の元領地が含まれていたら。当然、その場所の所有権を求めてもモメる事が確定する。

もちろん、今川家の力で強制的に召し上げることはできるが、そうなれば反松平勢力に反感を買う事になる。そこまでして旧領を家臣に返した所で、松平家と反感を持った反松平勢力に挟まれているとか、罰ゲームどころか遠まわしな処刑である。

かといって、今は今川家の家臣なのだからと、反松平勢力に渡せば、先祖伝来の土地を他人に与えるという、援軍に出た意味すらなくなる本末転倒。当主のもっとも身近にいる旗本衆の忠誠に皹を入れる事になるだけだ。

ちなみに、タケピーの祖父の死因は、本陣にいた側近(三河武士)に殺されたのである。


武田家のときにも言ったが、この時代の一般的な組織形態は町内会である。タケピーの父親も祖父も、三河の国内で殺されている。両方とも犯人の共通点は三河武士である。

正直、三河統一と言う実績を持って三河豪族を支配下に置こうとしているタケピーは、現在進行形で武田信玄と同じ間違いをしているともいえるのだ。

まあ、そこはタケピーの問題だ。


話がそれたが、今川家にとって、この戦いで三河を侵攻するメリットが無いのだ。そもそも、反松平勢力に助力するうまみのないのだから当然ともいえる。

目を伏せ考え込む助さん。う~ん。すこし助け船を出すか。


「助さんや。最近タケピーと話をしているか?」

「は?」


主君ごとあだ名で呼んでやると、事態を想定していなかった数正は、われに帰ったようにこちらを見る。


「忙しいとは思うけど、たまにはタケピーとゆっくり話してみるといい。面白い事教えてあげよう。人質交換の前に、歌を送ろうとしたろ。あれ、こっそり瀬名の方に告げ口したのオレだから」

「はぁ!?」

「人質交換の後に何て言われたか、ぜひ聞いておいてくれ」


まあ、どんな返事だろうとオレの答えは「地獄に落ちろ」しかないけどな。


ネタを振りつつ笑って雑談を続ける。

何せ、タケピーに選択肢などないのだ。松平家の目的は三河統一であって、今川軍の撃破ではない。今後の三河統一のために、自軍に被害を出したくない松平家には退く以外の選択肢などないのだ。

そうでなくても、オレの提供する今川家の援軍五千は、松平家にとっても重要な情報だ。それを黙っておく必要性も、理由も石川数正にはない。

つまりは、松平家にこの情報を持って行く時点で、この戦いの趨勢は決まっているのだ。


信虎にもいったが、タケピーは利を見逃すような男ではない。

だからこそ、オレは利を示しに来たのだ。


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