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31 船の上での騙し合い

ザザ~ン。ザザ~ン


「よき日和ですな」

「左様で」


潮風に吹かれながら、船べりから一緒に太平洋の水平線を見るのは武田信虎だ。

年始の挨拶に上京するというので、無理を言って同行させてもらったのだ。といっても、オレは京都に向うわけではない。東海道から船に乗って近畿へ向う船に同乗し、途中で寄航する三河の港で降ろしてもらう予定だ。


現在、今川家は松平家と敵対している。その先の尾張織田家とも良好な関係とはいえない。そんな敵地の海を安全に航海できる機会と言うのは少ない。

「敵側の船だから沈めてしまおう」という考えが出るのは戦国時代では普通の発想だ。

だが、この船はその攻撃対象からはずされる。

なぜなら、この船は「将軍家への献上品を積んだ船」なのだ。つまり、この船を襲って略奪すると言う事は、将軍家に敵対した事になるのだ。

そんなわけでこの船は現在もっとも安全な船ということだ。危険な敵地である三河松平家へ安全に向いたいオレにとって、まさに渡りに船だ。

もっとも、その船旅が和気藹々と言うわけではないのはお約束だ。


「十英殿は三河に縁がおありなのか?」

「ええ、臨済寺にいた際、松平元康殿も机を並べておりました。ほかにも元康殿に同行する三河の武士が何人か知己を得ております」

「そういえば、先の人質交換のおり活躍なされたとか」

「少しでも氏真様のお役に立ててうれしい限りです」


あからさまにヨイショをされたのだが、悪い気はしない。まあ、信虎も突然の同行者に不信がっているのだろう。もしかしたら暇なだけかもしれないが、出港以降結構な頻度で同席を求められる。


「しかし、この時期に三河へのう」

「松平家との関係は良くない状況ではありますが、それゆえに落とし所を探る役目でもあります。そもそも、三河は松平と今川家が友好な関係であった時期もありました」

「織田家と同盟を結んでいてもか?」

「なればこそです。不倶戴天の敵であった、織田家と松平家の同盟は、両者に利があっての事。いいかえれば、利があれば今川家とも手を取り合えると言う事です。そういう意味でも、松平殿は情ではなく利を取れる人ですよ」

「利をのう・・・」


オレの言葉に信虎はつぶやくようにそういうと、水平線のかなたに視線を向ける。

まあ、師匠の薫陶もあるしタケピーなら利を取ることはできる。まあ、戦国大名としてそれは出来て当然の事であって、それ以上の何があるかが器量と言う奴だ。

そこは、有るか無いか、それがどのようなモノかもわからないけどな。


「三河の豪族もすべてが松平家の威光に従うわけではありません。東三河。あるいは三河一国で手打ちという落としどころもありかと」


落としどころを見つけるのも外交の仕事である。少なくとも、今川家は先代今川義元の時代の勢力が最盛期となっている。逆に言えば、その状態まで盛り返せば内部にも外部にも今川家の復活を印象つけられるわけだ。

もっとも、それは信虎の策を根底からつぶす事でもある。

さて、どう出るかな……


「しかし、御身が危険ではないかな?」


オレの話を聞いて面白そうに笑みを浮かべながら信虎が聞いてくる。


「見てのとおり、拙僧は僧職の身。敵地とはいえ信心深い三河の地です。そこまで危ういわけではありませぬ」

「いやいや・・・」


そういうと、信虎は扇子で口元を隠し内緒話をするように声を落とす。


「三河と近すぎると言う事は、主家に対して懸念が生まれると言うこと。余計な讒言がないともいえませぬぞ」

「!!」


……この、クソジジイ。

心の中で悪態を付きつつ、とっさに動けなかった自分の失敗に軽く表情をゆがめる。

信虎の不意打ちに、オレは素で対応してしまった。信虎の言葉に驚けばよかったのに、飲み込んでしまった。

オレの真意を見た以上、ここから信虎の甘言に応じたフリをする事は出来ない。

裏切りとはいつだって欲だ。だが、欲を見せるのに失敗した以上、オレの行動原理を情と定めねばならない。

ため息を一つつくと、水平線の向こうを見るように遠い目をする。


「そうなればそれまでの事。拙僧は僧職ゆえ、権勢も持ってはいません。わずかな知己と友人のみが我が財産。その友人から切り捨てられるなら、それもまた定め・・・でしょうか」

「ははは。太原殿の弟子とは思えぬ高潔な考えですな」

「不肖の身ゆえ」


コレで、信虎の手駒として入り込む事が不可能となった。

今まで氏真の情報発信源として近づいていたのだが、オレが飛車丸に情で仕える以上、信虎はオレを取り込もうとはしないだろう。あくまで情報発信者としての役割以上を信虎は求めない。

そういう意味では、今回の同行の失敗と言えるだろう。やっぱり一筋縄ではいかないな、このジジイ。


とはいえ、本来の目的はかなった。

オレと言う異分子の参加で、この道中で遠江への余計な行動を控えさせる事ができたし、オレの目的が三河であると信じ込ませる事も出来た。


だからこそ、オレがこれから行う行動はわかるまい。

駿河の隣が遠江ではあるが、三河の隣もまた遠江なのだ。


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