30 なんか京都に行くらしい
永禄5年1月
武田信虎上京。
出奔ではなく、「そうだ京都へ行こう」的な上京である。マジかよって思うかもしれないけど、甲斐武田家は源氏の一門でその歴史は古い。ちなみに、戦国時代に数多ある「自称源平藤橘氏」とは違い、正真正銘の由緒正しい家系だ。足利将軍家と同じ河内源氏の一門と言えば、その由緒正しさがわかるだろう。
今川家とどっちが偉いかと言うと微妙だ。今川家は将軍足利家の名門。武田家は足利家と同門。
ボクシングで言う世界王者が足利家で、武田家は日本王者だ。そして、今川家は世界ランキング1位。(本来1位の吉良家は没落の為に繰上げ)。
足利も武田も立場は王者だけど、権勢を誇っているのは足利で、その権勢の上位が今川家。
まあともかく、甲斐武田家も由緒正しい名門なわけだ。
「目的は?」
「将軍家への年始のご挨拶だそうだ」
「許可したのか」
「しない理由がない。今川家からも進物を送る」
当たり前だが、将軍家や公家に話をする為には一定以上の身分というものが必要となる。
オレのような住所不定(居候)の坊主(無職ではないぞ)では、お目通りすらかなわないわけだ。だからこそ、将軍お目見えや宮内参内は名誉ある特権だ。
つまりは、甲斐武田家の血統は、天下御免の通行手形である。それを利用して宮廷や将軍家に地位や名誉を求める事は、戦国時代では当たり前の手段であった。
「そうなのか?」
「去年、オレは将軍家の相伴衆になっているからな。その礼もかねてと言う話だ」
「ああ、言っていたな」
「おかげで駿河の寺社や国人衆を抑えるのに役に立ったよ」
相伴衆は足利政権で管領の次くらいに偉い役職だ。当然、そういった権威に弱い寺社などには強い影響力を持つ。それを見越して、昨年足利将軍家に貢物を送って地位を得ている。
まあ、今川家が将軍家に貢物を送る理由はどうでもいい。
重要なのはそれに信虎が同行する事だ。
わかる事は二つ。一つは、甲斐武田家がまだ川中島の戦いによる被害から立ち直ってはいないと言う事。信虎に力を貸すという事は、三国同盟違反となり、最悪北条家と敵対する事になる。それに対抗する戦力を回復するには、現実的にも時間がかかるだろう。
もっとも、戦力回復に時間がかかるからこそ、駿府から離れると言う選択肢が出来たと推測できる。
つまりは、武田信虎の遠江勢力確立は、まだ先であると言う事だ。
とはいえ、このタイミングで上京と言う事は、遠江での勢力確立のための行動である可能性が高い。遠江独立に向けて足利将軍家の後ろ盾を得るための工作でもするのだろうか。だが、名目上は今川家の年始の祝いと挨拶のための上京だ。その実、今川家からの離反のための内部工作だったら、今川家から足利将軍家への対応が変わる。
先にも言ったが、武田家は同門だが今川家は身内だ。
そして、もう一つ。
この行動で、武田信虎が甲斐武田との新しいコネを確立したことを意味している。駿府と甲斐は隣り合っている。当然連絡のやり取りは容易だ。
だが、近畿京都まで出向くとなると話は別だ。物理的に距離が開き、駿府のように簡単に連絡することが出来ない。甲斐と駿河は同盟を結んでいるが、京都から甲斐までの大名は同盟を結んだ味方というわけではないのだ。
この世界のインフラは基本人力だ。京都へ行けば、遠江や甲斐と綿密な連絡を取る事はできない。
それでも京都へ行くと言う事は、武田家とのやり取りが一段落したと言うことだ。
川中島以降の頻度を増した連絡が目的を達したと言うわけだ。川中島よりも前から、武田義信と連絡を取っていたのかもしれないな。
まあ、それならそれで好都合。
「では動くか?」
オレの表情を見て飛車丸が聞いてくる。
「……そうだな」
すこし考えて返事をする。懸念として信虎がオレ達を動かすために、あえて隙を作った可能性は……おそらくない。
正確にはオレ達の存在を信虎が察知できていない。なにせ、オレ達は信虎の動きを察知しただけで今のところ何の行動もとっていないのだ。となると、信虎が警戒するのは駿府の家中ではなく外だ。
「飛車丸」
「なんだ?」
「三河に兵を出せるか?」
「三河に?たしかに、救援を求める書状はきているから出す事は出来るぞ。だが、そうすれば元康と戦う羽目になる」
昨年から、松平家の三河統一が始まっている。織田家との同盟によって、順調に三河を支配下に収めている。
当然、攻め取られる側はたまったものではない。唯一頼れる今川家に救援を求めているのだが、そもそも三河に残っているのは、今川派というよりは、反松平派という者ばかりで、松平家に敵対しているから今川家を利用しようとしている者達ばかりだ。
今川家も、そんな奴等のためにわざわざ援軍を出すつもりはなかったし、それを見越して松平家は最初に今川派を倒したのである。
「決着をつける必要はない。後詰めとして出兵し、松平家を退かせる程度でいいんだ」
「あくまで、牽制と示威行為か。それくらいなら出来なくはない」
「数は?」
「後詰めだ、5千ほどなら駿河だけで出せる」
「いつごろ出せる?」
「今からなら1月末から2月の初めか」
オレの言葉に視線を向ける。今までの話の内容から、オレが追加で要求した兵の使い道に察しが付いたようだ。
「それまでに準備は済ませておく。庵原親子を借りるぞ」
オレの言葉に、飛車丸は不満そうにこちらを見てため息をつく。
「最近気が付いたんだ」
「なんだ?」
「元政のところに、子供が生まれたろ」
「ああ」
「オレも子供が出来て実感したが、子供から離れて仕事させるのが不憫でしかない」
「なるほど、名君らしいすばらしい意見だな。地獄に落ちろ」
子供もなく仕事をしないといけない人間のほうが不憫だと気付け(血涙)。




