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28 今川家の切り札

敵を武田と定めた。


「で、そのために必要な事は?」

「ないな」

「ないのかよ」

「今はな」


ここで、軍を率いて甲斐に攻め込むのは愚か者のする事だ。三国同盟違反で北条家にすら攻撃される大義名分を与える。逆に言えば、北条家を味方につける方法は簡単だ。

武田家に今川家を攻めさせればいい。三国同盟違反。隣接する武田家が強大になることを看過できない北条家は、同盟国の支援という正当な理由をもって、妨害してくれるだろう。

では、武田家が駿河を攻めるにはどうしたらいいか。

武田が攻めたくなるほど弱くなればよい。それも、北条家に文句を言われるよりも早く攻め落とせるほどに。

つまり、


「松平が今川領を攻めるのを待てばいい」

「なるほど。時間の問題だな」


最初から決まっていた事だ。もし、北条と敵対する事になっても、武田家に擦り寄る理由に松平家の遠江侵攻を絡ませればいいだけだった。

武田家と北条家が手を組んで今川を手に入れると言う最悪のシナリオもあったが、それを抑える為の、松平家による今川領侵攻だ。戦国大名が協力する上で最も重要な領地の分配を、協調する前から松平家が奪っている状況だ。つまり、自分の取り分を確保するには、相手を出し抜かねばならない。

その為に松平家の目を西に向け、その為に織田家の手を借りて、同盟を結ばせた。もはや松平は今川家を攻める以外の選択肢はない。


「後は、取り込まれないようにするだけか」

「そうならないためにオレがいる」


すでに種はまいてある。雨はこれからあふれんばかりに降るし、刈り取る鎌は用意した。

北条家でも武田家でもどちらでも良いのだ。三国同盟が崩れる事は確定している。だからこそ、そのどちらかと敵対することを想定して動いていたのだ。


「武田に勝てるのか?」

「無論だ」


人員は激減し、国土は奪われ、配下が独立して攻め込んでくる状況で、勝ち筋はすでにあった。

武田家よりも、北条家よりも、この日本にあって今川家がひいでている能力。


「今川家には武田家にも北条家にも勝るものがある」


そういって見せるのは、おなじみ「今川仮名目録」

今川家の最後のよりどころ。

戦国大名がもっとも評価しない力の根源。

国力でも勢力でも兵力でもない、今川家の持つ最強の武器にして切り札。


治世である。




戦国大名の(ほぼ)すべてにいえる事だが、組織体制がお粗末過ぎるのだ。


武田家を例に挙げてみよう。

武田二十四将なんていわれているが、彼らは武田家に給料をもらっている集団ではない。

自分達の勢力を持ち、自分の領土を持ち、それを武田家に認められ協力している集団に過ぎない。

甲斐の地元勢力の連合が、たまたま甲斐源氏の血統を盟主としているだけだ。

社長がいて社員がいて会社組織を形成しているわけではなく、複数の自営業が集まった町内会であり、武田信玄はその町内会長でしかないのだ。

近くに大型スーパー(外敵)ができるなら、彼らは一致団結して反抗するだろう。だが、区画整理だ町内規則だという話になると、とたんに自分の店の利益を考える。


ようするに、彼らにとって武田家とは代表者ではあっても支配者ではないのだ。

その証拠が武田信虎だ。甲斐を支配した武田家当主であるはずの武田信虎は、家臣によって息子の武田晴信(武田信玄)を立てられ追放されている。

嫡男ではあるが家督継承がすんでいない晴信が、甲斐の当主としての準備が出来ているわけがない。

言っておくが、今川家の飛車丸バカとのこと今川氏真だって、桶狭間の前に父親の今川義元から家督を譲られている。

先代当主を追放し、正式な家督相続が出来なかった武田晴信が、武田家の当主になれた理由は、一目瞭然で彼を押し立てる重臣豪族達の力だ。

支配者ではなく、指導者でしかない証明として、これほどわかりやすい例はない。


そして、それは武田晴信自身がもっと痛感している事だ。つまり、信虎追放後の自分は傀儡でしかないと。

故に、武田晴信は自分の勢力の拡大を計っていた。

武田家の重鎮であり信虎追放の立役者であった板垣、甘利の戦死に始まり。山県、高坂、馬場などの家名を直属の家臣に与えて、家中の勢力拡大を計っている。それが、古参の部下の不満を買うのは当然であった。ただ、武田信玄の名声と実績がソレを抑えていただけだ。

力と実績を持って部下を掌握する。

正しく戦国大名の支配体制といえるだろう。


そんな組織体制を、お粗末といわずなんと言うだろう。

何せ、本人のカリスマ性でしか維持できないのだ。

もともと、今川仮名目録は今川氏親が、若すぎる後継者の統治の助けとなるために作った分国法だ。仮名目録という指針がある為に、誰が後継者であっても共通認識を持てるのだ。

だからこそ、そこに組織体制の明確化を追加した。

支配体制の維持を目的とし「自分達で守るルール」にした事で、コレに逆らうという事は、自分たちの支配体制の根拠もなくす事を意味している。寄り親寄り子。その関係を保障するのが「仮名目録」だ。

仮名目録によって、他よりも多くの力を持つ事ができたからこそ、仮名目録を失うことは得た力の喪失だ。それを解決する方法はない。

駿河において、仮名目録を行使する権利は、名門今川家以外持ち合わせていないのだ。


仮名目録を読んでいて「他国はどうなっているの?」を確認して、なんだコリャと思ったね。寄合所帯を大きくしていった結果がこのコレだ。

オレが即座に組織形態に移行した理由がわかるだろう。



「で、どうやって武田家に駿河を攻めさせる?」


飛車丸が聞いてくる。武田が三国同盟を破棄してまで駿河を攻める理由だ。

その言葉に、オレの笑みが消える。

しばらく黙って飛車丸を見てから口を開く。


「武田の未来を奪う」

「……」


飛車丸の顔から表情が消える。バカ殿ではあるが、こいつの空気を読む能力はピカ一だ。オレとの付き合いも長い。オレの言葉で、なにを言いたいか察したのだろう。

返事をためらうように口をつぐむ。


「どちらを選ぼうと変わりはしない」


犠牲は必ず出る。出さないという選択肢はない。その選択は自分が犠牲になるだけだ。

オレの言葉に返事を封じられ、飛車丸は目を閉じた。

せめてもの慰めは、オレが手を汚してやる事だ。だが、例えそうであっても、実行させるのは、他でもない今川家当主今川氏真の意思だ。

しばらく沈黙が続いた後、飛車丸は目を閉じたまま口を開く。


「よきにはからえ」

「……御意」


そういって、オレは一礼すると退室しようとして、一言告げる。


「嫁さんと仲良くしろよ」


せめて今日くらいは、呪わないでおいてやろう。


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