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26 早川殿面会

「お初にお目にかかります。十英承豊と申します」


駿府今川館の奥にある豪華な一室で頭を下げる。

その先には、長い髪に豪奢な服を着た女性が微笑んでいた。

相手は、今川氏真のご正室早川殿。飛車丸のノロけの対象であり、奴の地獄直行便の片道切符だ。ちなみに、北条家のご息女で、現北条家当主とは兄妹になる。


「いいえ、氏真様からよく伺う十英様とは、一度お話をしたいと思っていたのですよ」


言われて頭を上げる。

まず一目見て思ったね。


飛車丸よ。貴様には地獄すら生ぬるい。


どう見てもお姫様だよ。坊主めくりで言ったらラメの入った黄金色でキラキラ輝いているレベルだよ。SSRだよ。気合の入ったエフェクトでゲットされるべきレベルだよ。


「臨済寺では幼い頃から、競い合いましたからね」

「あら、そうでしたかしら」

「他にありましたかな?」

「崇孚様の吸い物に、大量のお塩を……プッ、クククク」

「はて、そんな事もありましたかねぇ……」


いたずらを見つけたように笑う早川殿。外に視線を向けつつ曖昧に返事をする。


あれは飛車丸が悪い。師匠の吸い物に大量の塩を入れて驚かせてやろうというイタズラを試みやがったのだ。師匠の仏頂面を崩してみたいと話を振ったのはオレだし、止められなかったのもオレだが、オレは悪くない。

寺での食事の際、吸い物に口をつけても、師匠は眉毛ひとつ動かすことなく。おれ達二人がいぶかしむ中、食事を食べ終えた。

地獄はその後やってきた。こちらも食事を終え、茶碗に白湯を注ぎ、残った米粒ごと口に含んだ瞬間、口が曲がった。白湯に大量の塩が放り込まれていたのである。


「どうした?」


いつもの無表情でそう聞いてくるのだ。飛車丸ともども何も言えるわけがない。

確かに、オレ達より前に食い終えた師匠のほうが、先に湯のみを使っていた。そこはいい。だが、いつの間に塩を入れた!?いつ用意した?

とても飲みこめない塩水に動きを止めていると、師匠は「しばしまっておれ」といって席を立つ。オレ達はその隙に高濃度塩水を吐き出して捨てる。

やがて戻ってきた、師匠の手にあるのは、二つに割った饅頭だ。


「さあ、食うがよい」


そういって饅頭を手渡されるオレと飛車丸。気分は切腹用の脇差を渡される心境だ。「なにが入っているんですか?」なんて聞けるわけもなく、先に食えよというお互いのアイコンタクトをスルーして、無表情のままオレ達の死刑執行が行われるのを見守る師匠。

逃げ切れないと理解し、覚悟を決めてお互い饅頭を口に入れる。

口の中に甘い餡子の味がした。


「策とはかくあるべし」


そう言って、師匠はオレと飛車丸に拳骨をひとつ落としたのである。



その後も、早川殿の口より、オレと飛車丸の楽しい幼少期時代くろれきしの話題が出てくる。

・来客直撃虫焙烙事件

・臨済寺幽霊騒動

・模擬合戦拡張版~本殿の戦い~

etc etc

おい、飛車丸!!自分の失敗談を面白おかしく話のはいいが、オレを巻き込むな。しかも、自分の失敗をオレの失敗として話していやがる。訂正しようにも相手は上司の嫁さん。当人も(一応は)オレの上司当人だ。「それでもオレはやっていない」と言いたいが、100%潔白なのか?と問われると、ちょっと理解を得られる自信がないので黙っておく。

そんな話を女房衆(早川様の側仕えの人たち)の前で披露するもんだから、もう気分は「笑ってはいけない今川館24時だよ」。ちなみに、女房衆は早川殿含めて全員アウトである。


もうヤケになって、改めて詳細の話をしたり、その後の顛末を話したせいで、いやもう、ひどいことになったね。あまりの騒がしさに2回ほど本館の近習が様子を見に来たくらいだった。




「十英様」


話も一段落付き、息を整えた早川殿が、まじめな顔をして此方を見る。


「このたびの北条家への働きありがとうございます」


え?何の話?


「氏真様より聞きました。北条家への援軍も、その後の駿河からの援助も、十英様の進言とか」


え?いや、あれは今川家の規定路線だよ。まあ、飛車丸と相談して決めたことだが、決まっていたことに追従したに過ぎないんだけど。


「今川家のために行ったことです。気にする必要はございませぬ」

「それでも、北条家の助けとなったのは事実。北条家の縁者として、お礼を言わせてください」


そういうと軽く頭を下げる。主君の部下でしかないオレに対して過ぎた対応だ。

そこまでしてもらって断るのも無礼なので、此方も深く頭を下げる。


「恐悦至極に存じます」


飛車丸にはもったいないくらいいい人だな。

はぁ。出来る限り避けていたけど、やっぱり、まだ会うべきじゃなかったかもしれないな。




客の帰った部屋で、早川殿は肩の力を抜いた。

それを見た古参の女房が、喉を潤すために白湯を差し出す。


「十英様はどのような人かと思いましたが、太原様と違い明るい方でしたね」


三国同盟によって今川家に嫁入りしてきた早川殿は、当然その立役者である太原雪斎とも面識があった。その弟子であるという評判から構えていたものの、想像とはまるで違う人物であった。

それを好ましいと思う女房とは別に、白湯を飲んで一息入れた早川殿の表情は曇る。


「十英様と会うに当たり、お婆様に言われました」

「寿桂尼様にですか?」

「ええ。信頼してもよいが、決して味方だと思うな。と」

「寿桂尼様がそのような事を……」

「私も、なぜかと聞いたところお婆様はこう言いました」


そういうと、来客の出て行った戸を見ながら口を開いた。


「太原様は容赦なく相手を討ち取る御仁。十英様は笑ったまま相手を切り捨てる御仁。頼るのはよいが、ゆめゆめ心許すでない。と」


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