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25 信虎の暗躍

御伽衆という名目上の役職をもらってはいるが、固有の領土運営や仕事があるわけではない。出仕しても暇をもてあます上にタイムカードもないので、今日も今日とて庵原館で居候生活である。

あれ?コレって正真正銘ニー……いや待て!僧職として瞑想し悟りの道を目指す。そうコレは臨済宗の坊主としての正道だ。臨済寺では写本などの仕事がない時は書物を読むか瞑想するくらいしかすることがなかったが、それとそう変わってはいない。

あれ?現金収入のための写本をしていない以上、今のオレの生活基盤は……いやいや。今のオレは主君である今川氏真の命で、鵜殿家の子息である新七郎と藤三郎を指導している。

教育は立派な仕事だ。一日の半分以上ヒマだが、それはそれで立派な仕事なのだ。


座禅を組み瞑想しても、まったく悟りに近づけていない事だけはよくわかった。


「承豊」


そういってやってくるのはフジちゃんこと庵原元政だ。

初めての子に腑抜けた顔ではなく、神妙な表情をしている。何か問題でもあったのだろうか。



「遠江だ」

「ふむ…」


庵原元政の言葉を聞いてあごに手をやる。

北条家への救援要請があって以来、元政に頼んで駿府にいる武田信虎から武田家への連絡状況の監視をお願いしていた。

その中で、遠江へ向うものがあったのだ。

地理的に、信虎のいる駿河の北に隣接するのが武田家の本拠地である甲斐だ。遠江を回る必要はない。

そして重要な点は、武田家が信濃を支配下に置いたのは、信虎の子である武田晴信(今の武田信玄)の時代であり、当然、武田信虎が追放された後の話だ。

つまりは、遠江との繋がりは、甲斐追放後に始まった事を意味している。


「なぜだかわかるか?」

「武田信虎が動き出したという事だ」


オレの言葉に、ギョッとした表情でこちらを見る元政。

縁も所縁ゆかりもないはずの信虎による遠江への連絡。その目的は信虎の利、すなわち武田信虎の勢力拡大のためだ。それは二つの可能性がある。

一つは、今川家中の派閥の強化を図っている場合。コレは特に問題ではない。派閥の切り崩しや取り込みは日常茶飯事。ましてや、一応は信虎は今川家の血縁。当主の祖父だ。一族とのやり取りを掣肘される謂れはない。

もっとも、この可能性は極めて低い。

理由はオレだ。オレは信虎に今川家の今後の方針をリークしている。飛車丸もそれを理解して行動している。元とはいえ甲斐の当主であった戦国大名だ。今川氏真の行動からそれを推測するのは可能だろうし、その為にオレが与えた情報がそれを後押ししている。

だからこそ、今川家から見捨てられ、落ち目となっている遠江を派閥に取り込む意味がない。


となれば、もう一つの可能性。おそらくこれが本命。武田信虎による独自勢力の確立だ。

三河松平家の独立は、近い将来遠江にも影響を及ぼす。駿河に力を入れ遠江をおろそかにする今川家の代わりに、遠江の豪族はこの問題を解決できる新しい庇護者を見つける必要があるのだ。

問題は、武田信虎は固有の戦力を有していない事。追放されたとはいえ他家の大名だ。今川家だって危なくて軍事力なんて持たせられない。

遠江の豪族にとって、武田信虎は何の力も保障も持っていないのだ。口車にのって、今川家から乗り換えるメリットが信虎個人にはない。

あくまで信虎個人にはだ。

遠江の北に隣接する信濃は武田家の領土だ。そして、信虎には武田家を動かすだけの影響力がある。もちろん、その影響力は武田家に利益あってのものだ。

その利益が、武田家が喉から手が出るほど欲する遠江の海であるなら。

武田信虎は、武田家を動かして遠江に自勢力を確立できるのだ。


「承豊。今なら、抑える事ができる」

「だめだ」

「一刻を争うぞ」

「確かに今動けば最悪の事態は避けられる。だが、遠江に懸念は残ったままだ」


早期に動く事で、問題を事前に解決させる事は出来る。だが、まだ全容を解明したわけではない。運び手を押さえ、信虎を抑えたところで、遠江に不穏分子が残る事に変わりはない。


「今の武田家は上杉家との戦いを前に、遠江に手を出す余裕はない」


信虎の思惑通りにするには、武田家の武力が必須である。

何も考えないで独立すれば、今川家から攻撃されるし、三河を統一した松平家からも攻撃されるだろう。それを抑えるためには武田家の武威が必要になる。

しかし、先の関東への援軍において、越後へ侵攻した武田家はすでに上杉家を殴りつけた後だ。反撃する上杉家との戦いは避けられず、この状況で、遠江に戦力を向ける事は不可能だ。

言い換えれば、上杉家との戦いが終わらない限り、この計画が動くことはない。


「そして、武田信虎さえ抑えておけば、この計画が成功する見込みはない」


武田家を動かせる力を持つのは武田信虎だけ。だからこそ、遠江の勢力の頂点に信虎が立てるのだ。逆に言えば、信虎がいなければ、遠江の豪族はただの遠江の豪族でしかない。


「全容を解明する時間的余裕はまだある。その節目はおそらく上杉との戦いになるだろう。そこまでは監視にとどめる」


必要なら、コレを抑えることで甲斐武田家に譲歩を求める事が出来る。追放したとはいえ武田家の元当主だ。ましてや、三国同盟違反に抵触する今回の信虎の行動は、武田家も無関係とはいえない。信虎が武田家を動かせる可能性があるならなおさらだ。

もちろん、武田家はシラを切るだろうし、明確な違反ともいえない。武田家からは追放しているのだし、信虎の公式の立場は、今川氏真の祖父にして親族の一人だ。

だが、もし将来北条家と敵対するなら、武田家の協力は必須だ。その際の譲歩を引き出すために、武田家がシラを切れなくなるまで、この事態を進行させてもらう必要がある。

武田信虎に甲斐武田家を動かせる影響力があるのなら、動かしてもらおうじゃないか。


元々、信虎が動かない可能性はなかったのだ。

桶狭間で今川義元が死んでから、今川家の武田派閥の衰退は確定していた。その場合に選べる方法は二つ。一つは、派閥が衰退しても最大野党として、意見を言えるだけの力を持って今川家に政治的土台を残す方法。将来的に武田家の動向次第では帰り咲く可能性もあった。

だが、武田信虎はそれを選べない。武田家の前当主であるから。今川義元なくば武田派閥を維持できないという、自分が武田派閥の看板でしかないという現実を直視できない。

自分こそはと考えてしまう戦国大名だから、自分を追放した武田信玄の活躍なくば、存在意義を見出せない傀儡の派閥の長である事が許せない。

だから、武田派閥の長としての立場を誇示する為に、自勢力の確立という逆転の手を示せばそれに手を出す。

下克上の申し子である戦国大名であるがゆえに、もう一つの選択肢を選ぶ。


最初から決まっていたのだ。

武田信虎。お前が武田家への足がかりであると。

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