23 鵜殿兄弟と弟子
「よろしくお願いします」
石川数正と分かれて、駕籠に戻ると二人の少年に挨拶される。
幸か不幸か、人質交換においてオレは交渉の顔だ。つまり、遠江の護衛の元に返るまで、一番偉い人になる。
そんなオレに挨拶をする少年が、今回の交換する人質の主目的。鵜殿家の嫡男である新七郎とその弟の藤三郎だ。
ちなみに、二人とも元服前の子供である。
彼は三河で討ち取られた鵜殿長照の息子である。三河で松平家が独立する中、三河の今川派の重鎮だ。母親が今川義元の妹で、飛車丸とは従弟の関係にある。瀬名の方と結婚して今川家の一族に連ねる松平元康よりも、今川家に近い家柄だ。
故に、松平家に最後まで抵抗し上ノ郷城で討ち死に。その子供は捕虜となった。
先にも言ったが、タケピーこと松平元康よりも今川家に近い家柄だ。その子供だって親族である。故に、今回の人質交換となったわけだ。
「駿河に帰るぞ」
「はい!」
オレの言葉に兄の新七郎が元気に答える。弟の藤三郎は兄の後ろでこちらを見ているだけだ。父親を失ったのに気丈な事だ。
生まれ故郷を失い、父親を失い、名ばかりの親類縁者しかいない駿河の地で、きっと心細い生活を余儀なくされるのだろう。
こんな小さいのに、がんばれよ。強く生きるのだぞ。
「任せた!」
「お前は、なにを言っているんだ?」
いい笑顔でそういう飛車丸に、眉間に皺を寄せながら聞き返す。
「大丈夫、ばあちゃん(寿桂尼)の許可は下りている」
「だから、なんでだよ」
鵜殿の遺児である兄弟をどうするかという話をした際に、飛車丸から言われたのである。お前が教育してやれと。
なんでやねん。
「無茶言うなよ。オレに曲りなりにも今川家の一族を預かるとか出来るわけがないだろ」
オレは譜代の家臣でもなければ、天下にその名を轟かせる高名な僧侶というわけでもない。当主の学友の御伽衆その一だ。
今回の人質交換の目玉である鵜殿家の嫡男を預かれるわけがない。
「ああ、そこは大丈夫だ。一応、庵原家に預ける事になる。駿府の庵原館にお前がいるんだ好都合だろ。元政にはお前から言っておけ」
「丸投げかよ」
教育。教育ねぇ。臨済寺で師匠がいなかったときに、代わりに講義をしたりしたが、あんな感じでいいのかね?でも相手は武士の子だぜ。槍とか弓とかオレは知らねぇぞ。
「家臣達の目を誤魔化せる今なら、お前の手駒が増やせる」
駿府今川家に影響力を持たない三河豪族。それは、駿府の各勢力とも縁が薄いといえる。どこの影響もない部下というのは、今後の今川家(の中のオレ)には重要な意味を持つ。しかも、元服前ということは今から教育を施す時間的余裕もあるという事だ。
「最悪、庵原家に丸投げかな」
「お前もか」
「お前が言うな」
ツッコミを入れる飛車丸にツッコミ返しを決めつつ、居候が居候を受け入れる事を承諾する。
まあ、今川家中もてんてこ舞いなのを目の当たりにしているからな。
今回の人質交換は、実を言うと駿府にいる松平元康の家族と、今川家の一族である鵜殿の嫡子との交換と言うだけの話ではない。
三河が抱える反松平家の捕虜と、駿河にいる三河重臣達の人質交換と言うのが実情だ。
三河松平家による三城同時攻略によって得た人質は2人や3人の話ではないのだ。そこには、戦の中で捕まえたものをはじめ、降伏した者やその家族も含まれる。
そのすべてを交換したのだ。駿府にやってきた彼らの対応で、おおわらわなのだ。
彼らの住まいを用意し、彼らの役職や仕事にあわせて仕事を割り振らねばならない。
当初からの計画通りに。
桶狭間によって今川家は多くの側近を失った。人員を確保するには、今川家以外から補充するしかない。しかしそれをすると、引き抜かれる豪族の反感を買うのは必至だ。
だからこその人質交換。三河の豪族であるために、駿府での派閥に染まっていない。帰る場所のない彼らはまさに背水の陣。手を尽くして命を救ってくれた今川氏真への忠誠心は言わずもがな。そして、帰る場所を失った彼らを当主直轄の側近として補充する事で、忠誠心をさらにあげられる。
今川家の当面の敵は、3国同盟を結んでいる北条家武田家ではなく、自分達の故郷を奪った三河松平家だ。彼らのやる気も増すと言う奴だ。
管理者不足と言う問題に対して、三河の武士を手に入れるための捕虜交換というわけだ。
別にタケピーや瀬名の方の為だけにこんな話を持っていったわけではないのである。
まあ、教育期間があるからすぐに元通りとは行かないが、後は時間が解決してくれる。
その結果、結婚していないけど子持ちになったけどね。
これはさすがに計算外だ。
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「よろしくな」
そういって話しかけてくる男に、感じている不安も、寂しさによる涙もすべて胸にしまって作法に則って礼をする。
父上は勇敢に戦って死んだ。オレと弟は敵に捕らわれたが、駿河の殿様によって救い出された。しかし、父上はいない。生まれ育った上ノ郷からも離れた駿府にやってきた。
そんなオレに話しかけてきたのが、この僧侶。十英承豊というらしい。三河から出る時にもいた僧だ。
今川家の館を出る際、供の者が減った。女中が3人と父上の部下矢島勘十郎の一人だけ。
鵜殿家の嫡男として怖気づくわけには行かない。胸を張って前を見る。
だが、弟の藤三郎はそうでもないようだ。オレのそばから離れないし。夜もオレの布団に入る。今も、オレの服のすそをつかんだままだ。
「藤三郎?」
僧が弟に話しかける。弟の体がビクリと跳ねる。見れば、弟に笑顔を向けて話しかけていた。
「左の手を」
そういって差し出す右手。おそるおそる左手を差し出すと、ゆっくりとやさしくその手を取る。
「新七郎殿。右手を握ってやってください」
僧の言葉に、うなずくと弟の右手を取る。涙目でこちらを見る藤三郎に「大事無い」と小声でつぶやいて笑顔を見せる。
「さあ、行きますぞ」
両手を握られた藤三郎が少し困惑しながら、しかしそのまま駿府の町を歩き始めた。
庵原様の館での生活は、不自由なものではなかった。
午前中は勘十郎によって槍や弓の練習。
日が昇り休みを挟んで、承豊殿の座学が始まる。
驚いたことに、座学で使う書のすべてを承豊殿は覚えているらしく、勘十郎との訓練中に、文机で筆を滑らせると、その日の座学の書を書き上げてしまう。
「コレをすべて覚えているのですか?承豊様はどれだけの書を覚えておられるのですか?」
一度、藤三郎が承豊殿に聞いた事がある。
その時の答えがコレだ。
「覚えるのは基本だ。覚えているからこそ、それについて考え、学べる。まずは覚えなさい」
思えば、承豊殿が声を荒げるところを見たことがない。
一度、午後の座学の時間に藤三郎が昼寝をしてしまった事がある。あわてて起こそうとしたオレを押しとどめ、目が覚めるまで待つように言われた。
「よく学び、よく鍛え、よく休む。それは幸せな事だぞ」
それは甘いのではないのかと思ったが、承豊殿はその後にこう続けられた。
「起きたら座学を始める。座学が終わるまで夕餉は後だ」
正直、今すぐ藤三郎を叩き起こしたい気持ちを抑えるはめになった。
承豊殿はオレ達兄弟を連れて駿府の町を歩く。三河にはなかった珍しいものが多い。
港を見たり、街中で物売りを見たり、時には商家に入り店の主と話し込むこともある。
藤三郎などは「あれは何か?」としきりに聞いてくる。承豊殿はその多くに答えてくれる。
そして気がついた。
町を歩いた後、館に戻ると承豊殿は必ず聞いてくるのだ。
「何か気がついた事はあったか?」
オレと藤三郎は、見つけたものや気がついたことを話す。
たいていの場合は「そうか」で終わりなのだが、たまにこう続くのだ。
「なぜだと思う?」
いきなりそう聞かれて答える事ができない。しばらく沈黙すると「そうか」と言って話が終わる。
ある時、聞き返してみた。
「なぜなのですか?」
「ふむ。なぜだろうな」
それだけである。なぜかその顔が不満そうだったと感じ、一日中考えて、自分なりの答えを出してみた。
「そうか、なるほどな」
承豊殿はそういって笑うと、オレの頭を二度なでた。それがすごいうれしかった。
次も「なぜか?」と聞かれたら考えてみようと思う。
ある日、そう呼ぶのが正しいと思い呼んでみた。
「お師匠」
そう呼ばれた承豊殿は、しばし呆然とこちらを見て動きを止めた。最初、まずい事を言ったのかと口をつぐんだが、しばらくすると承豊殿は、喜んでいるような困っているような複雑な表情をすると
「“お”はいらん」
と言った。
だから、オレにとって承豊殿は師匠となった。




