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19 人質交渉

永禄四年 三月


飛車丸たちは駿河の吉原城で兵をまとめ、相模との国境線に布陣。武田の準備を待って攻め込めるらしい。

もちろん、オレは参陣していない。

坊主のオレになにしろって言うんだよ。弓も槍も持った事ない非戦闘員だ。多分、ナギナタとか持った武家の奥方様とかの方が戦闘力が高いと思う。


そんなわけでオレは駿府で見送りをして終了。

しばらく暇をして、このまま臨済寺に帰ろうかと思っていると、居候先の庵原元政が、書状をもってやってきた。一応、飛車丸に許しをもらって元政も参陣せずにオレの頼みを聞いてもらっている。

もちろん、手柄を得る機会を奪うと言う鞭のかわりに飴も与えている。父親が飛車丸と出兵している間の居城(実家)の防衛だ。あえて追記しておくと、先月念願の第一子が生まれたところだ。

毎日家に帰って生まれたばかりの子供と一緒にいる生活。まさに、地獄に落ちろだな。


臨月時に、初産ゆえに大変だったらしい。深夜にやってきて「どうしたらいい?」とかおろおろ聞いてくるので、「産婆か、母ちゃんに聞けよ。オレが子供生んだことあるように見えるのか?」と助言している。

ちなみに、生まれる時にはなぜかオレまで駆り出され、生まれるまで一晩中「不安だから一緒にいてくれ」とか言って、帰ろうとするオレを引き止めやがった。

ちなみに、幼名「長太郎ちょうたろう」。命名者はオレだ。この名前を決めるために、初孫で脳内アドレナリンを垂れ流すほどフィーバーする庵原忠胤と、2日かけて相談と言う名の苦行を続けての命名である。

なお、今回元政の変わりに北条家への救援で出陣していった忠胤様が死んだ目をしていたのは内緒だ。


そんなわけで、オレの庵原一族への対応は塩対応だ。さっさと帰りたい元政を嫌がらせ半分に「書状の返事を書くから待っていてくれ」と留め置いて煽る。


「ぶっ飛ばすぞこの野郎」

「この十英承豊。貴様に嫌がらせをする努力を惜しむつもりはない!」

「よくいった。歯を食いしばれ」


暴力反対。

まあ、主なき館で居候している肩身の狭さからくるささやかな抵抗と思ってくれ。もちろん、イジメられたりしているわけではないし、残っている女房衆(女中さん)もちゃんと世話をしてくれる。

でもなんというか「働かないで食べるご飯は美味しいか?」と聞かれているような、そんなお代わりをするのも躊躇ためらう居心地の悪さを感じるのだ。


とりあえず、飛車丸から送られてきた書状をよむ。


先月の二月末。三河松平家が鵜殿氏を攻撃。上ノ郷城を落とし、さらに牛久保城や八幡城などの計3城を落城させた。実際は5城を同時に攻めたようだが、内2つは落としきれずに撤退している。松平家による今川家への攻撃。すなわち独立と宣戦布告。

タケピーもちゃんと動いたわけだ。多面展開のいくつかは陽動の偽兵だと思うが、それでも城を奪取する大戦果は、独立したての松平家だけで賄える数を超えている。

織田家からの支援があったと見るべきだろう。まあ、それを知っているのは織田家に支援を求めるように促したオレ達だけだ。

それを知らない他の勢力に、松平の卓越した器量によって武威を示したと見えるだろう。そうなれば、周りの三河の国人衆たちの目の色も変わる。


だがその前に、松平家には実行しなければならない二つのイベントがある。人質交換と織田家との同盟だ。今回の大戦果を支える為に力を貸した織田家は、早急に目に見える利益を要求するだろう。

まあ、それについては勝手にやってくれ。

で、もう一つの方。


「人質交換の交渉をオレにしろってさ」


氏真の花押入りの公式書類で、人質交換の交渉を委任する命令書だ。

「メンドクセー」と思ったけど、確かに他に人がいない。

交渉が出来そうな今川家の重臣は、部隊を引き連れて北条家への支援をがんばっている。駿河に残っている人達は、留守を守る重要な役目があるし、そうでない者では権限が軽い。

険悪だった今川家と松平家の関係はこの戦いで敵対状態になっており、一触即発の状況だ。今川家は松平家を裏切者と見るし、松平家だってこれだけのことをした以上、もう後には引けない。

こんな状況で、適当な奴を行かせて交渉がこじれたらどうしようもない。

その点、オレは前回三河に詰問状を持って行った経歴がある。当主である松平元康とは臨済寺で共に学んだ学友の一人で面識もある。今川家中では新参者で、三河の地元勢力に恨まれるような因縁もない。


「適任じゃないか」

「あのね。向こうがコッチの城を攻めた以上、今川家とは敵対しているの。臨戦態勢を整えた敵対勢力に行けって、下手すれば死ねって事だろ」

「下手をしなきゃいいんだろ。大丈夫だって。お前なら何とかなるよ」


なんという根拠のない保証。

まあ、オレは坊主だし。交渉という意味でも適任なんだろうな。

となると……


「なあ元政」

「ん?」

「病気になる薬とかってある?」

「何を言っているんだ?」


仕方ない。タケピーの世話になるか。




「よっ。助さん」


三河に到着した船から降りると、港にいた男に声をかける。もちろん、他に誰もいない事を確認してだ。オレの言葉に、助さんと呼ばれた男が困った表情で近づいてきた。


「お待ちしていました。十英承豊殿」

「……固くない?」

「あのさぁ……」

「いいじゃん。人がいるときはキチンとするから。今なんて名前なんだっけ?」

「石川数正だ」

「団子食う?」

「いらん」


呆れてそう言うのは、幼名助四郎こと石川数正君。

タケピーこと松平元康(幼名竹千代)が駿府時代に臨済寺で教育を受けていた時の近習でよく一緒にいた関係で顔見知りである。

正直学友の中で一番仲が良いと言うか、一番親しみを感じた人間だ。

脳筋ばかりの武士の子息の中で、礼儀を忘れない……というか、他人行儀……というか、養育してもらっている主君(竹千代)のために、こちらへの配慮を忘れなかった出来た性格の奴だという事にしよう。

飛車丸がやった悪戯のフォローで何度か力を借りた事もある。当初は、竹千代が巻き込まれたからだと言って力を貸してくれたが、後のほうになると竹千代とは関係なくフォローに力を貸してくれるようになった。

これは良いツンデレというやつだ。


「人質の方は気にすんな。全員戻すから」

「だから、そういう話をここでするな……」


タケピーもそうだけど、助さんも苦労性だよね。




そんなわけで、三河松平家の岡崎城の一室。

外交交渉というと、いきなり圧迫面接よろしく対談をする事もあるが、双方下手に拗らせたくない交渉の場合、事前に話し合って結論を調整しておき、最終的に評定の間で、お芝居のようにやり取りをするという方法がある。

まあ、最後の公式な場で騙し討ちのように有利な条件を引き出す裏ワザもあるのだが、それをすると今後の印象が最悪になるのでやめよう。

……やめろよ(念押し)。


そんなわけで、オレは助さんこと石川数正と、打ち合わせを行っている。


「人質の交換だが……」

「4月末から5月初頭でいいか?」

「……いいのか?」


数正の言葉に笑顔で返す。

現在はまだ3月初旬。両者が望む人質交換だ。最速でまとめれば、今月末にも人質交換は成る。それをあえて引き延ばすのには理由があった。

北条家の援軍に向かっている今川家二万の軍勢だ。

長尾軍が撤退すれば、当然今川家の軍勢は駿河に帰る事になる。

問題は、その前に人質交換が終わっていた場合だ。人質交換により松平家と今川家は完全に手切れとなり、明確な敵対関係となる。

そんな時に手元に二万の軍勢がいたら、そのまま敵対した三河を攻めようという話にならないとも限らない。

当たり前だが、二万の軍勢は大軍団である。桶狭間で尾張一国を治める織田家の兵力が5千程度だった事と比べれば、独立したてで三河の半分程度しかない松平家が対応できる数ではない事がわかるだろう。


そういうわけで、北条家の問題が解決し兵が戻った後に人質交換を行えば、敵対関係になったとしてもいきなり二万の軍勢がやって来るという懸念は消える。

もちろん、敵対した以上いつかは対峙する事にはなるのだが、兵を集めるのには時間がかかる。今川仮名目録で迅速に動員できるといっても、あくまで常識の範囲内だ。数が多くなればなるほど集めるのには時間がかかる。

その間に対策を取る余裕ができる。

そういう意味で、今川家が全力で関東に対応している時に独立し、その上でその全力の矛先が向かないようにする。難しい交渉が必要になったわけだ。

まあ、わかっていればそれまでだ。


「明日から十日ばかり風邪ひくから」


あいにく病気になる薬はなかったので、仮病になる事に決めた。こうすれば、悪いのはあくまでオレ個人。他に人員はいないので後任が来る事もない。松平家側でもせっかくの交渉相手に病死とかされると、今回の話自体が消える可能性もあるので無理はさせられない。

交渉が遅れる分には願ったりかなったりなので、松平家が使者生還のスタンスを崩すこともない。


そして、オレ個人のメリット。

働かない理由がある上で食える飯は美味い。正規の休日に食うご飯がまずくなる要素はないからだ。しかも他人の金である。かみしめる味もワンランクアップするという物だ。


「仕事しろよ」

「しているだろ」


病人は病気を治すがお仕事。

数正のツッコミに笑顔で答える。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] この時点では遠江は完全には掌握できておらず駿河は石高が少ないので2万は無理。 集められて1万がやっとだと思います
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