15 御用商人友野屋
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ありがとうございます。
庵原館を出て、駿河の町へ。
元政も「暇だから」という、うらやましい理由で同行してくれた。財布代わりにこき使ってやろう。そういえば、オレ金ってぜんぜん持ってないや。アレだな、「今川さんちにツケといて」だな。
他人の信用で買い物。最高だな。
そんなわけでやってきたのは、今川家のツケの最大手(偏見)。駿河港でも最大規模を誇り、今川家の御用商人でもある商家友野屋だ。
「今川館の方から来ました」と伝えたところ、商家の主友野宗善に面会する事がかなった。本当は、一緒にいた庵原元政のお陰だと思う。
奥の部屋でオレの顔を見ると、友野宗善は深々と頭を下げて挨拶をする。
「お噂はかねがね」
最近、自分の知名度調査をしたくて仕方ない十英承豊です。
「私のような者をご存知とは…」
「商いは情報が命ですから」
オレの情報でなにをするのか、はなはだ疑問である。
「して、本日の用件は」
「当商家は、多くの船を持ち海運が盛んとか」
「ええ、半手(他国間交易許可証)を受け、西は京の都から多くの商いをさせていただいております」
「そこで我々も一枚かんでみようかと思いまして」
「座に参加される?」
座とは、特定の商品を独占あるいは寡占にする為の商業許可証みたいなものだ。
最大手である友野屋は、駿河の座長(商業組合会長)も兼ねている。
眉をしかめる座長に、首を横に振って懐から一枚の紙を出す。
「いいえ。これを」
「…船を貸与?」
そこに書かれているのは今川家の家紋入りの手形。ようは借用書だ。大型の交易船。および中型の高速船の製造依頼。その際の費用は今川家が持つという物。
しかし、それだけではただの製造依頼でしかない。そこに書かれた一文は、その船舶を友野屋に貸し付けるという内容だ。
「船を用立て、それで商いをしてもらいたい。ただし、儲けの1割を今川家に収めてもらいたい」
「それは?」
オレの言葉に友野屋がいぶかしむ。
「高価な船の代金はコチラで用意します。それでどのような商いをするかはそちらの自由。儲けの9割はそちらのもの。儲けです。損をしたのなら、いくらもいりません」
「…」
ようするに、コレで船を作れば商家は、船の製造費をかけないでよくなる。その後、儲けの1割を上納する義務が発生するが、それだけだ。何も無くても9割の収益が自分達にもたらされる。
この時代の航海とは危険が付きまとう。
まず、平船。大航海時代の外洋船のような竜骨が無く、船底の平らな船だ。水深の浅い海でも接舷できるが、海が荒れるとすぐにひっくり返る安定の悪さ。さらに治安は言うに及ばず、海賊が横行するような危険な場所でもある。
規模の拡大は損害というリスクを負う。儲かると判っていても、慎重にならざるを得ない。
高価な船を失う事による損を減らす話だ。魅力的に映るだろう。だが、だからといってうまい話にほいほい食いつくようでは御用商人にはなれない。
「なぜ、このような話を?」
「私に商売はわかりません。しかし、わかる事もあります。米は時間を置けば悪くなります。米は食えば減ります。しかし、銭は時を置いても悪くはなりません。そして、銭は使うものが使えばいくらにでも増えます」
「…」
向こうも、この話のうまみに気がついただろう。商売の手を広げる際の初期費用が大幅に消える。後は段階的にこの船を増やしていけば、向こうは儲けが増え、こちらも得られる額が増える。
「ただし、二つ条件があります。一つは、コレによって作られた船は、今川家の物。ソレをどんな商売に使ってもかまいません。しかし、有事の際、今川家にて使用する事を理解してもらいます」
まあ要するに、所有権はこちらという話だ。今川家が所持していても有事でなければ使わないなら、何の利益も生まない。ならそれを交易に使ってもらう。ちなみに、儲けの1割という事は、そこには船の修繕費は含まれていないわけで、そちらは商家持ちだ。
「もう一つは、自由に使って良いとはいえ、博打的な扱いをされて沈められても困ります。先の1割の話もあります。取引の内容に関しての確認と、状況によっては口を挟ませてもらうかもしれません」
もちろん最終的な判断は友野屋側だけどね。向こうだって商売だ、商人である以上、利益を求めるし、損をしたくはないだろう。
だが、こっちだって、商人に食い物にされるわけにはいかないのだ。
だが安心していい。武士にとって、重要なのは商売の利益ではないのだ。
「こちらとしても長期的な商いを望んでいます。どうでしょう。一定額の利益を出し続けた場合、その船の利益提供を免除するなんてどうでしょう。励みになりませんか?」
「は、はあ…」
にこやかに話すオレにたいして、友野屋は困惑したように返事をする。
あとは、あえて明言しなかったけど、わざと船を沈めたことにして、船をパクるような悪いケースが考えられる。
まあ、コレに関してはたいした問題ではない。なぜかって?この世界にはまだ民法はないんだ。じゃあ、そうなった場合の解決方法は?
そんなときの頼れる駿河の味方『仮名目録』。そしてソレを使って訴訟を解決するのは、今川家である。
検事と裁判官が同じで、さらに弁護士を雇わせないとか最悪だな。
流石に、今までそんな話がなかったため、友野屋は即答を避けた。まあ、どんだけ考えても損がないんだから、最後には受け入れるだろう。
もし躊躇うようなら、織田と松平の同盟の裏話をリークすればいい。同盟によって尾張三河で囲む津島湾の交易が盛んになれば、その利益は当然その東海地方に流れ込む。その為の交易船の強化は、東海地方有数の大商人である友野屋の利益に直結するのだ。
「なあ豊」
日が傾き夕焼けになること、友野屋を出たオレに元政が話かけてきた。
「なんだ」
「今の話ってなんだ?金を払って作った船を、あげちゃうのか?」
「まあ、そうだ」
「もったいなくないか?」
「……いいか」
オレがやろうとしていることは、銭儲けではない。いや、銭儲けもしたいがそれは根本理由ではない。
目的は軍事力の増強だ。船の所有権は今川家。つまりは、今川家の戦で使う船が増える事を意味している。
そして軍事力が増強すると当然増えるものが維持費だ。足軽のように、通常は農民で米作って自給自足してくれるならいい。養える数を増やせるように内政すれば増えるだろう。
だが、水軍はちがう。船が壊れてしまえば、熟練の水兵でも役には立たない。そんな時に、使える予備の船があれば、それは立派な戦力の増強だ。
通常時に使わない船ほど無駄なものは無い。補修に修繕。それに掛かる費用。当然だが、船があるだけでは金にはならない。
治安維持に駆り出すといっても、使えば減るのが兵器だ。がんばって使い潰した結果、有事の際に使えませんでしたでは意味が無い。
だから、あくまでも予備で使える船の増強をしているんだ。船が壊れても、水兵さえ回収すれば、また戦える。
「さらに、毎年交易の利益を吸い上げられる。通常なら船の維持に銭が掛かる所に、銭が入るわけだ。こんなお得なことはあるまい?」
「なるほどな」
オレの言葉に元政も、理解したようにうなずく。
…まあ、それだけじゃないんだけどね。
今川水軍を強化する事を一番警戒するのは誰か。海でつながり、水軍が軍事力として重要である勢力はどこか。目の前であからさまに海軍増強をすれば、要らぬ刺激をする。そうでなくても、桶狭間以降勢力が減少しているのだ。
派手にやって相模の獅子の目が向けられる愚は犯したくない。
この方法なら、あくまでも「駿河港の交易の活性化」という名目で動ける。
先の織田家との密約により、津島からの交易を活発化させる助言をした。尾張と三河が同盟を結べば津島港から東へ出る交易路が安全になる。三河と駿河が争うには、三河松平家が遠江まで侵攻しなければならない、そうなるのにはまだ時間が掛かる。
安全な航路に、交易路の強化。増える需要と供給による商業の活性化。
有事の際の今川家の使用は口頭での説明。書状に書かれているのはあくまで「貸与」の二文字だ。その理由は商売をする毎に支払われる1割の収益と映るだろう。
カモフラージュもばっちりだ。




