134 今川家の参戦
駿河に戻って、北条家との話を報告。
オレが小田原城で交渉している間に、徳川家と織田家の婚姻が行われていた。
さすがに、浅井家朝倉家との戦争中の織田家であった為、予定していたほど派手には出来なかったようだ。
ただ、無理にでも婚姻を行ったのは、反織田勢力との戦いに徳川家の援護を求める為だろう。
だからこそ、こちらの手も動かす事が出来る。
「先手を打つぞ。織田家との婚姻を進める」
「…だめか?」
「だめだ」
私室で手紙を書いていた氏真に告げて、それでも未練たらしい主君をバッサリと切って落とす。どこまでも往生際が悪い奴である!
最後の抵抗らしく、失敗したらしい手紙をくしゃくしゃに丸めて、後ろに座るオレの方に放り投げる。袈裟に当たって勢いを失ったゴミを受け取って、この話は終了だ。
「岡部を岐阜に送り話を進めよう」
「『白建て』もつれて行け。味方との連携を求める信長は必ず乗ってくる」
「確かに、織田家から援軍の打診は来ているな」
「こちらから押しかけてしまえ。公方様の許可は後付けでいい。なにせ織田家は、将軍家を支持する忠義篤い家だ。今回の件で義理の息子となる家の安寧の為となれば、それこそ公方様にも否定する理由はなくなる」
元々、今川家の精鋭部隊『白建て』の使用には、将軍家の許可を求めることを前提としていた。だからこそ、あえて許可をもらう。
同時に、それを拒否するには拒否する理由が必要になる。それも、今川氏真の子としては初めての嫁入りであるなら、それ相応の理由が必要になるだろう。間違っても、お世話になっている織田家と反目するからなどという恥知らずな理由では断れない。
さらには、軍を動かしてしまえば反目を匂わせたとしても「配慮」で中止する事も出来ない。不自然に軍を引く理由を示さなければ、名門今川家としても退くことはできないのだ。
「本願寺からの手紙には?」
「織田家と本願寺との対立に関しては無視させる。織田家と浅井家朝倉家との対立にのみ力を貸すようにすればいい。朝倉家は幕府の認めた討伐対象たる賊軍。将軍家連枝の今川家が協力する事に、仏門から掣肘されるいわれはない」
本願寺(一向宗)が織田家に敵対したことについて、本願寺として理由があるのだろう。だが、今川家とは関係ない。同盟国である織田家と協力する事に、浄土真宗本願寺の意向をうかがう必要が今川家にはないのだ。
そして、今川家が織田家に協力する事で、本願寺の矛先を限定化させることができる。
三国同盟を結び、近隣諸国と和平をむすび、戦国最強の武田信玄を打ち破った今川氏真。将軍家に忠誠を誓う東海地方の盟主でもある。
織田家と敵対した本願寺にとっても、その間を取り持つ公方にとっても、今川家は織田討伐の切り札ともいえる大名家だ。
ここで今川家と敵対すれば、両者の戦略は瓦解する。
それを避けるために、本願寺は極力今川軍と戦おうとはしないだろう。その為「一向宗が敵対したのは織田家であって、今川家ではない」というスタンスを取る筈だ。
本願寺と織田家との個人的な関係に、第三者の今川家は入ってこないで下さいと牽制するわけだ。
今川家としても一向一揆との泥沼の戦いはごめんだ。精鋭部隊である「白建て」故に、消耗戦となりうる一揆との戦いは、相性が悪すぎる。
だから、それを織田家に伝える。
武士と武士が兵馬にかけて決着をつけるというのなら、義によって助太刀いたす。だが、武士でもない者との騒動に、今川家が協力する義理も理由もないというスタンスを取るわけだ。
被害を出したくないというこちらの意図が読めたとしても、少しでも援軍が欲しい織田家はこれを断れない。
「本願寺との戦は向こうが避けてくれるか」
「そうだ。となれば、戦う相手は浅井、朝倉、三好、六角。その中で三好と六角は除外していい」
六角家は上洛時に織田家に敗れて残っているのは所詮残党だ。当然、その戦い方は正面対決ではなく、ゲリラ戦のように邪魔をするだけ。数が少ない白建てが相手にするには適していない。
次に、三好家はそもそも狙いが京都の足利将軍家である。そして、織田信長と足利義昭の関係を考えれば、今川家の勢力を将軍家を守るために使うわけにはいかない。
織田家と足利家であれば、地位は当然将軍職の足利家が上である。当然、今川家は織田家ではなく将軍家の下で戦う事になるだろう。
関係が悪化する将軍家に、足利家連枝の今川家が近づきすぎる危険性を織田家は許容しない。
結果、今川家の白建てが戦うのは、純粋に織田家の敵であり武家である浅井家朝倉家となる。
さらに、今川家が味方に付く事で、本願寺に対して効果がある事を理解すれば、無理に白建てを使う事はできなくなる。被害を出して自国に帰られてしまっては、本願寺へのメリットが消えてしまうのだ。
「となれば美濃尾張ではない。近江の防衛に適した場所になるか」
「白建ては総勢で3000程度。単独で動かすには数が少ない。織田家の家臣と協力して対処することになるだろう」
被害を出させず、しかし、浅井朝倉家ににらみを利かせ、さらに精鋭兵であることを脅威に思わせる場所。当然、防衛に適した場所となるだろう。
「まあ、こんな戦いで被害を出すのもバカらしいから、無理はしないように釘を刺しておいてくれ。代わりに今川家の威勢を大きく広めて、近隣の領民に分からせよう」
「反織田に動こうとしている公方様にとっては、苦い話だろうな」
「それはそのまま、本願寺や浅井朝倉にも言える。幕府は本当に味方なのかと疑問を持つ」
「なるほど。で、そこまでは信長も読むだろうな」
氏真の言葉に、笑みを浮かべる。
ああ、それくらいは理解する。合理的に今川家白建てを使うだろう。本願寺を牽制しつつ浅井朝倉と戦わせるような、そんな戦になるはずだ。
だからこそ、理外の利益を今川家は手に入れる。
「それ以上のものを今川家は手に入れる」
「ほう。それはなんだ?」
「義は今川にあり」




