126 徳川元康の信濃侵攻
浜松城で徳川元信様にご挨拶して、事前工作を進めておく。
昨晩の内に、浜松城にいる井伊直親様経由で、徳川家の直臣である酒井忠次、平岩親吉と話をして、信濃の旧武田家家臣の降伏を今川家が仲介する提案を伝える。
そのまま、三河へ向かい岡崎城へ。
事前工作のおかげか、特に手間取る事もなく、岡崎城評定の間へ。
上座に座る徳川元康からは、甲斐での戦勝の祝いを。こっちは姉川での勝利と織田家との婚姻についての祝辞という建前の話をして本題へ。
「この度、お願いしたい点は、信濃に残る武田家残党に関することです。彼らが徳川家に対して強硬な姿勢を取る可能性は十分にあります」
そうなる理由は二つ。一つは、武田信玄が徳川元康に勝っている事。
今川軍による奇襲により、武田軍の大敗という形になったが、その前に武田軍は徳川軍を撤退に追い込んでいる。
さらに、甲斐で武田信玄を倒したのは、今川家と北条家の連合。そこに徳川家の名前はない。
武田家の人間にしてみれば、負けてもいない徳川家に頭を下げるのは難しいだろう。
さらに、家としての格もある。甲斐武田家は今川家に匹敵する名門だ。対して、三河徳川家は問答無用の地元豪族からの成り上がり。
負けてもいない格下相手に頭を下げられるかという話だ。
一応、徳川家に頭を下げさせる方法もある。もっとも、それは「武田家旧臣と一度戦って勝利する」という交渉のために戦争をするという本末転倒な内容だ。
それを回避するために今川家が仲介する。武田家は名家だが、それは武田家本家の話。今川本家からみれば、武田家家臣は名家の陪臣でしかない。
現在の甲斐武田家との関係を考えれば、仲介として武田家との縁をつなぐことに問題はない。
「徳川家と武田家との関係は、あまり良いものではありません。それは小笠原家を立てたところで変わりはしません。下手に追い詰めれば他国、例えば越後を頼るという事すらありえます」
勝てぬと分かれば、勝てる方法を探すのが戦国武将というものだ。中には、自滅覚悟で一矢報いようとする者とて珍しくもない。
その可能性を示唆したのだが…
「そこは問題はない。越後上杉家にいる豪族の村上家を、北信濃に迎えることで話はついている」
徳川元康の言葉に、驚いて顔を上げる。
越後上杉家との交渉。それは当然信濃を手に入れるめどが立ってからの話だ。つまりは小笠原家との婚姻による大義名分が得られる確証がなければ、越後との交渉は始められないだろう。
そんな事が出来るのは…
軽く視線が家臣達の中に座る石川数正を見る。
つまり、徳川元康は今川家と同盟を結び信濃を攻め取るだけではなく、その先を読んで、信濃侵攻の大義名分を手に入れると同時に信濃の北の越後との交渉も始めていたという事だ。
大義名分を手に入れ、東の甲斐で武田信玄が敗れ、北の上杉謙信との合意が取れており、西の織田家の支援がある以上、徳川家による信濃侵攻の問題は消える。
村上家を信濃に迎え、そのうえで信濃守護の小笠原家を徳川家の分家として管理する。信濃村上家が越後上杉家との縁を持ち、さらに、諏訪家が甲斐武田家との縁をつなぎ、大元である徳川本家は織田家と今川家と同盟関係にある。
力関係は徳川家だけが圧倒している。
信濃侵攻に関して、今川家はもとよりオレ自身手を出していない。つまりは、徳川家は己でここまで状況を整えたという事だ。
軍事的にも外交的にも信濃へ侵攻する状況を整えたのだ。
見事な采配だ徳川元康。
立派な戦国大名徳川家の当主だ。もうタケピーなどとは呼べないな。
上座に座る同盟国の大名に、手をついて頭を下げる。
「御見それいたしました。そこまで整っておられるならなおの事。此度の今川家からの話は渡りに船となりましょう」
もはや、オレの提案は徳川元康の信濃侵攻に、必要な要素とはなりえない。ならば、今のオレに出来るのは、今川家の提案が信濃侵攻の一助である事と認識させる事だけだ。
正しく提案だ。
「先にも述べた通り、信濃の武田家家臣にはもはや後がありません。破れかぶれになれば、窮鼠猫を噛むという事もありましょう。そこで、再度先の話となります。違うのは、甲斐に戻すのではなく、徳川様がそのまま召し抱えられる事も考えてみては?」
武田家の家臣を甲斐に送るのではなく、面倒な人員を信濃から排除する方向での提案に変更する。
内戦を終えた武田家と、三河遠江信濃に勢力を広げる徳川家では、国力の差は大きい。自分たちの安寧を考えるなら、徳川家に味方しようと判断する者もいるだろう。
だが、武田家の家臣として、一戦も交えることなく徳川家に降る事は武士として難しい。だが、今川家が説得をするという形なら、頭を下げる事も出来るだろう。
「武田信玄の家臣は名将猛将揃い。それは、武田信玄との戦を経験した徳川家の皆々様にはそれこそ骨身にしみておりましょう」
周囲の雰囲気が少し険悪化する。まあ、負け戦をした人間が、相手は強かったでしょうと聞かれたらカチンと来るだろう。
「なればこそ、その力を己のものとするのに、どんな問題がありましょう。しかし、先にも述べたように、現状でそれを選べる者はあまりにも少ない」
そして、誰もが徳川家に降るわけではない。それを望まぬ者もいる。武田信玄が武田家で力を持つために育てた家臣達。
武田信玄に取り立てられたり、英雄信玄に夢を見た者達だ。彼らは最後まで己の矜持に従うだろう。もちろん、彼らが反抗したとて脅威とはならない。
だが、邪魔にはなる。余計な被害が増えるし、禍根も残る。
それを避ける為に、今川家の力を利用する。
…いや、してもらう。
「何よりも重要なのは、信濃の武田家残党をおとなしくする事。その後甲斐へ送るか、三河で抱えるかは徳川様の自由になさればよろしいでしょう」
穏便に事が済むなら、徳川家としては望むべくもないいい話だ。小笠原家を追い出した武田家の配下として領地を召し上げ、そのまま今川家の仲介で甲斐に返してもいいし、徳川元康の裁量で三河か遠江に領土を与えて家臣に加えてもいい。もちろん、信濃にそのまま置いてもいい。
とはいえ、その主導権はあくまでも徳川家。
当初のオレが予定していた徳川家と武田家に恩を売る計画からは大きく後退する。
これで、今川家から資金を提供できるなら、調略の加速化をエサに降伏させる武田家家臣の処遇に口を出せたのだが、あくまでも現在の今川家が提供できるのは降伏への後押しだけだ。
誰を配下に収め、誰を甲斐に送るかは徳川家の手から離れることはない。
完全に徳川家の信濃侵攻に関しては後手に回った。
だが、それ以上に収穫もあった。
オレにとっての収穫だけどな。




