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12 駿府の妖怪館 その2

ああ、やっぱり。

寿桂尼様とあんな会話した後に「この方と誼を通じるのは決して損にならぬだろう」なんて言われて出向いた先が、只者なわけがないんだよな。


「ふむ。お主が承豊殿か」

「ハハッ。このたび殿に抜擢され、御伽衆としてお側に侍る事となりました。まずはご挨拶をとうかがわせて頂きました」


本日二人目の妖怪である。一日に二回も妖怪に出くわすなんて、父さん事件です。


武田信虎。

先代の武田家当主にして、現当主武田信玄の実の父親である。

まだ、武田信玄が武田晴信だった頃に国から追放されたのだ。何で今川家にいるのかといえば、先代今川義元の正室が武田信玄の姉。つまり、この武田信虎の娘なわけだ。飛車丸にとっては、寿桂尼は父方の祖母。信虎は母方の祖父になる。


「して、龍王丸はでておるのか」

「ハハッ」

「おぬしは行かぬのか?」

「ハッ。拙僧はまだ未熟者。家中の機微を知りませぬ。それゆえに、城に留め置かれました。そこで、皆々様にご挨拶を申しあげております」

「なるほど、でワシに頼みとは?」

「頼み、と申されますと?」


不信な言葉に、頭を上げて信虎を見ると、大きなぎょろりとした目をむけて言葉を続ける。

視線が合わさった瞬間、背筋が一気に寒くなる。まるで恫喝されるような雰囲気がオレを包む。


「わざわざ寿桂尼殿を介してまで、ワシに会いに来たのだ。何か、用件があると思うのが普通であろう」


……あのクソババア。心の中で好々婆の顔をする寿桂尼に悪態をぶつける。何て事はない。あの祖母とこの祖父は、駿府において政敵なわけだ。

そして、そこにオレを放り込んだ。紹介状なんぞ持ってのこのこやってきたオレを、敵である為に無視できない。援護射撃兼威嚇射撃みたいなものである。一発だけなら誤射かもしれないけど、受け方を間違えたら致命傷だぞ。

オレはババアのメッセンジャーか。ただのゴマすりか。それともババアから目付け役としてあてがわれたのか。そういう探りなわけだ。


挨拶回りしたと思ったら、派閥争いの波に飲まれたでゴザル。

まさに駿府は地獄だぜフゥハハハーハァー。

心の中の悪態と軽口で、心に余裕を持たせてから口を開く。


「慧眼御見それ致しました。今後、信虎様の力をお借りする事を考えれば、このご挨拶はなんとしてでもと……」

「……ほう」

「先も申しましたとおり、それがしは戦に出ても役には立ちませぬ。であるならば、よりよい助力を願うのが定石」

「それでワシか……」

「ハハッ」


そういって頭を下げる。


「そこまで駿府は危ういか?」


そんなオレを見て、妖怪爺が聞いてくる。もちろん、素直に答えるのがオレの役目だ。


「はい。冶部大輔様(今川義元)亡き後、国内は動揺しております。すでに三河の離反は避けられず、また、遠江にも不穏な動きを見せております」

「で、ワシに何を望む」

「家中で事を納められないなら、外より助力を仰ぐ他ありません」

「武田の力か?」


顔を上げ、たたずまいを直して言葉を続ける。


「三国同盟により和平を結んだ今、北の武田家は、東の北条家に比べ地の利があります。関東の相模伊豆から、遠江あるいは三河に行くには、本拠地である駿河を通る必要がございます。古書には「道を借りて草枯らす」などという話もあり、危険がともないましょう。しかし、信濃なら話は別です。国境を接する遠江、あるいは三河へ行けます。いや、なにも兵を出してもらうまでもない。北から睨みを利かせるだけで、その武威に不埒者は肝を冷やす事でしょう。あとは、古巣に戻るよう胸襟を開けば、血も流れませぬ」

「ははは。武田を張子の虎にするか」

「今の武田家を信用するには、いささか不安が残ります。あまり頼りにし過ぎると、余計な欲を刺激しかねません」


オレの言葉に信虎は笑うのをやめる。そして、じっとオレを見る。


「しかし、それでは武田に益がない。東海の海。甲斐にとっては喉から手が出るほど欲しかろう」

「確かに。ですが、今川に与する事で武田家が得るべき物が、もう一つあります」

「ほう」

「信用です。目の前に利があっても、約束を守る。その行いは今の武田家にはないもの……いいえ。今の武田信玄にはないものでございます」


この爺さんは自分を追放した武田信玄の敵である。しかし、甲斐の味方でもある。何が言いたいか。間違っても彼は「力のない老人」ではないのだ。

その証拠に「武田の力を借りる話」に興味を持った。それはつまり、この爺さんは武田家を動かせる影響力があるという事だ。

まあ、先代当主だ。いくら追放されたからといって、旧家臣を皆殺しにしたわけではない。

甲斐にツテが残っているわけだ。ましてや、現在同盟中だ。裏でどこまで関係強化をしているかわかったものじゃない。


「武田家の益という意味なら、いかがでしょうか」


今川仮名目録を見れば、この時代の支配体制というのがわかる。あくまで、仲良しグループの延長なのだ。国人衆という集団の中心人物が大名と呼ばれているだけにすぎない。だから、武田信虎のように追放されることもある。

そしてそれは、今の武田家当主にも言える。


彼は甲斐武田家の利益になる事はする。それが今川の為であろうとなかろうと。同時に、武田信玄にのみ利益を与する事はしない。彼にとっては敵なのだから。


ニヤリ


先ほどとは違う笑みを浮かべる武田信虎。

オレもまた同じ笑みを浮かべる。


敵の敵が味方であると限らないように、味方の味方も味方と限らないのだ。


まさに、駿府は地獄だぜ。フゥハハハーハァー。


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