01 腐れ縁の始まり
戦国時代に生まれ変わったら。
普通の人間は「よっしゃ、戦国時代だから殺し合いだ。刀砥ごうぜ!」とはならない。そんな奴はウォーモンガーかバトルジャンキーである。
だが時代は血で血を洗う乱世。「ノーモアーライフ泥棒」と踊った所で、農家の子倅だ。世間はそんな事を許しはしない。わがままを言って許されるのは子供の間だけだ。
しかし、そこに一縷の望み。解決の糸口がある。
そう子供なら許される。つまり、子供の間に回避する方法を模索し、実行すればよいのだ。
問題は、基本的人権とか義務教育とか「なにそれ?美味しいの?」という戦国時代。ネットもテレビもラジオもない。情報伝達は口コミという時代だ。
そんな中で子供でもできる戦争回避策を模索する。
その1、死なないように体を鍛える。
いやいやいや。戦争に行きたくないのに、戦争に行くステータス上げてどうするんだよ。本末転倒だよ。
その2、逃げ出す。
戸籍も何にもない世界だから、逃げ出すことは不可能ではない。とはいえ、金もコネもスキルもない状況でノープランで逃げだしたところで、待っているのは野垂れ死にだ。
で、最後の手段その3。
戦争に行かない職に就く。
デフォルト修羅の世界で、そんな安全な仕事があるのかって?あるんだよ。
それが神社仏閣。確かに、戦国時代では坊主や神主も武器持ってヒャッハーしていたけど、それは出来るっていうだけで、しなければならない義務があるわけでもない(多分)。
基本的には、神社仏閣などは殺し合いを専門とする武将にとって不可侵領域だ。
降伏した敵将が頭丸めて寺に入るというのは「もう出てくるなよ」って意味だ。つまりは世俗からの隔離。そこに最初から隠遁すれば殺し合いを回避する事ができる。
というわけで、前世の記憶大公開。
「夢枕に光り輝く仏様が現れた!?」と言って、農民のガキが知るわけもない知識や話を所かまわず披露した。
出る杭は打たれるというけど、打たれるべくして出てみたので、誘い受けみたいなものだ。案の定、オレを持て余した実家は、近くの寺へ片道切符で送り出したのである。
ミッションコンプリート。
こうして成人前に転職する事ができたオレは、24時間365日アットホームな職場で、年中無休かつ給料無給の生活を送る事になった。ブラック待遇ですが、これが戦国時代の労働条件のデフォルトです。
寺に入って3年。9歳になると、日々の仕事(雑用)にも慣れて暇な時間ができる。周りに面白い物でもあればいいのだが、オレの放り込まれたのは寺だ。頭部が目立つヘアスタイルをしているオレは、用事もなく寺の外を歩くわけにもいかず。無給である為に遊ぶ金もない。
なので寺の中で暇つぶしを探す。なぜか目に付く刀とか槍とか弓とかは無視。うっかり振り回して『戦場でGO』なゲームのスタートボタンを押してはマズイ。
そんなわけであちこちを探しまわり、危険性皆無な暇つぶしを見つけることが出来た。
書物である。
なんで宗教施設でこれが目に付くところにないのか疑問も出るが、まあ見つけたので良しとしよう。今後、オレが寺の坊主になる際にもこれらの知識が役に立つはずだ。少なくとも、剣や槍を振り回すよりは役に立つはずだ。
最大の問題点は、オレ自身が文字の読み書きができなかった事だった。
まあ、これも「文字を教えてもらう」という暇つぶしになる。
なので、暇そうにしている寺のお坊さんに文字の読み方を教えてもらった。
前世で習った古文の記憶を掘り起こす程度で結構簡単に覚えることができた。正直生まれ変わっても役に立つ知識を教える義務教育に感謝したくらいだ。
おかげで、暇つぶしにも目途が立った。
「豊念」
そんなある日。オレに文字を教えてくれたお坊さんに呼び止められた。
じつはただのお坊さん(職員)ではなく、この寺で一番偉い住職だったらしい。暇そうだったのは偉いからか?
運がいいのか悪いのか。一番偉い人に目をかけられ(つけられ)、頻繁に話しかけられる。
「孫子は読み終えたか?」
「アッ、はい」
前世でも知っている超有名書籍なので読ませてもらった。
この時代は印刷技術なんてないので、数百ページの書物なんてなかなかない。実際に訓示みたいなものが書かれているだけで、その内容や解釈に関しては「お前が勝手に考えろ」的なものが多い。正直半分もわかっていないと思う。まあ、理解できる記述とかもあるし「敵を知り、己を知れば~」とか、見つけるとテンションが上がる。
そういう意味では面白かった。
「読みましたが、内容に関してはわからない事も多く…」
「ほう」
…なんだか住職の視線が怖い。わざわざ本を借りて読んだ分際で理解できないとか無駄な時間過ごしやがって的なお怒りですか?
「半分もわかりませんでした。もうしわけありません」
「…」
相手はこの寺の一番偉い住職。放り込まれた小坊主なんて、指先一つで(社会的に)ダウンだ。とりあえず、そこまで悪いわけでもないけど頭を下げる。
「…教えてやろう」
「は?」
下げた頭を上げると、住職が鋭い視線でこちらを見ていた。
「いえ、暇つぶしなので結構です」なんて立場上言えるわけもなく。
「よ、よろしくお願いします」
そう言うしかないわけだ。
まあ、暇つぶしと思って頑張るか。
正直メンドクセーと思わないではないが、社会的高位の住職にゴマをすれると思えば悪い話ではない。呼ばれて部屋に入ると、部屋には先客がいた。ガキである。まあ、オレもガキなんだけど。同じ年齢くらいのガキだ。
「龍王丸様。この者は当寺の小者で豊念です。これから一緒に学んでもらいます」
「…そうか。よろしくな」
着ているものがちゃんとしている事と、住職が「様」付けで呼んでいる事から、どこかの武士の子供なのだろう。この寺のスポンサーの御子息とかだろうか。そうか、いつも暇そうにしていたり、長期で寺からいなくなる変な住職と思っていたけど、こうやって偉い人の家庭教師をしていたのか。なんかすごい納得できたよ。
大事だよな。コネとかコネとかコネとか。
「よろしくお願いします」
座って深々と挨拶。
この寺において、オレの社会的地位はぶっちぎりで最下位をマークしている。相手が同じ年齢だろうと年下だろうと、常に目上の人だ。
頭は下げるモノ。だから髪の毛を剃って軽くしてコストパフォーマンスをよくしているんだな。きっと。
「では、始めるとするか」
住職が講義を始めるので急いで座る。ちなみにノートなんて立派なものはない。黒板もない。口頭でいわれて記憶しろという、ナチュラル・スタディ・スタイルである。
他の生徒がいない事から、生徒二人の特別授業だ。
あれ?これって、オレが比較対照される踏み台キャラって事か?
まあ、プライドなんてないし、下手に武士の子供に劣等感植えるのもアレだしな。適当にあわせてやるか。
「豊念。聞いているのか?」
「は、はい」
いかん、こっちは怒られないようにしないと。
そう言って、現実に意識を向けたオレは愕然とした。
オレの新たなる学友Aはなんと、ウツラウツラと舟をこいでいたのだ。
対面授業で、初日に片方寝落ちでワンオペ!?なんで寝れちゃうの?なんで気が付かれないと思えるの!?
住職の視線が!?部屋の空気が!?
お、オレは聞いてますよ。ちゃんと聞いていますからね!住職!!