守るべき強さ
一つの小さな集落では、強さが必要だった。その集落では、男も女も強さを競い村を守る為幼い頃から戦う為の力を鍛えたれる。
小さな集落は、すぐに他の村や、賊に狙われやすい。強さは、大切なものを守る為の大切な力だった。
だが小さな集落は深い深い森の中にあった為か、ここ最近は狙われることはなかった。今の祖父の代に小競り合いがあった程度で、村から出て買い物に出かける時の護身用の為に強くなる程度のものになっている。村の長であるオガンダは、その事を危惧しつつも今ある平和を願っていた。
村から出て買い物に行くのは、腕が立つ男の仕事となり必然と女は村に残る様になっていた。今でも男の強さは村での必須でもある。その中でも絶対の自信がある一人の男、ガイバは肌黒く短髪の理想的な体を持った村一番の力を持った男だった。その次に強かった男は見た目は優しそうに見えるが、男から見ても美しく体は細めではあるがバランスのとれた体の男、ゼン。どちらも村の女性にとてもモテた。
そんな中、昔は強さが何よりの宝だった村も、女に関しては美しさを重要視されるようになる。その年に成人を迎える女の中で、美しいとされる二人の女がいた。一人はその村では一番美しいが、強くなく守られなければ生きてはいけないだろう女と、もう一人は美しさはもう一人に劣るが、村の女の中でも一番の強さを持つ女。最も美しい女の名は、ハラと言い、最も強い女の名をベリと言った。
強さに自信がある男達は、弱くても美しいハラに夢中だった。保護欲というものがその代の村の男たちの価値観に生まれていたのだ。勿論、ベリもモテてはいたが彼女の強さが、男達には邪魔になっていた。
小さな集落でそんな若者たちの成人の儀が行われる事になった。その村の成人の儀は、男たちによっての強いものを決める為の戦いの儀でもあった。
一番強いものから順番に女を選び、妻と出来る。村中の男たちの中で最も強かったガイバは、ハラを望んでいた。誰もがハラは、ガイバのものになるだろうと思っていた。だが、村中の誰もがハラを気の毒がった。その村の二番目に強かったゼンの事をハラは想っていたのだ。
成人の日の前日、ガイバの前にベリが二人で話があると顔を出した。あまり気分が乗らないガイバはベリとは話す事はなかったので断ったが、ベリがどうしてもというので渋々付き合った。案の定、気分のいい話ではなかった。
「俺がお前を選べと?」
ガイバの声が殺気立ったのがベリにも分かっているだろうが、そんな事お構いなしに話を続ける。
「明日、ガイバが一番強い男として必ず選ばれるわ。そしたら貴方はハラを選ぶのでしょう?」
「当たり前だ!俺はハラを愛している」
「そのハラが愛しているのが違う男であっても?」
ガイバは言葉なくベリを睨み、ベリから出る次の言葉を待った。
「私は強いわ。必ず貴方の大切なものを守って見せる。私を選んで損はさせないと誓う…だから」
「私を選んで」そう言い残し、ベリはガイバを残し去って行った。ガイバだって分かっている。ゼンはとてもいい男だ。ガイバにとって良きライバルであり親友でもあった。それに比べ自分は愛するハラの障害でしかない。だからと言ってゼンに負けるつもりもなかった。その時のガイバに選択する余地はなかった。
成人の儀、その結末は呆気ないほどだった。誰もガイバを倒せるものはいなかった。二番目に強いとされたゼンも、ガイバには傷一つつけられなかった。誰もがガイバはハラを選び、ゼンはベリを選ぶものだと思っていた。だが予想を裏切り、ガイバはベリを選らんだ。そしてハラはゼンの妻となった。村中の誰もが、ガイバの選択に歓喜した。誰もが勝利したガイバとベリではなく、ゼンとハラを祝福した。
その祝福にハラはうれし泣きの涙を、拭いもせず流している。その横顔にガイバは虚しさを感じつつも魅了されていた。隣でただ微笑んで立っているベリの存在など見向きをせずに。その祝福を止めたのはゼンであった。最も祝福されるべきは、ガイバとベリであると村のものを一喝した。
村の者は我に返り、忘れていたガイバとベリに祝福を贈ったが、ガイバはその付け足されたような祝福を冷めた目で見るだけだった。
ガイバとベリとの生活は、ガイバにとって何の問題もなく進んでいった。一年目にすぐに子宝に恵まれベリは双子の男の子を生んだ。子は神からの贈り物とされていたこの村で、双子を産んだベリは村中からの祝福と賛美の声をかけられていた。ガイバにとっても初めての子供は可愛く、守るべきものが増えた事でますます強さを磨いた。
しかしゼンとハラにはまだ子が出来ていなかった。それでも二人は仲睦ましく暮らしていた。村人はそんな二人も温かく見守っていた。ガイバもハラが幸せならと、密かに見守っていた。
二年目にはベリは女の子を産んだ。ガイバは女の子が生まれた事でそれはもう目に入れても痛くないというほどに可愛がった。その頃になっても、ゼンとハラには子供は出来ていなかった。少しづつ二人を見守る空気が変わっていった。ガイバは自分だったらもっとハラを守ってやれるににと、心の中でゼンを責めていた。
三年目にはベリは男の子をもう一人産みすでに4人の母になっていた。誰もが彼女を選んだガイバを褒め称えた。村一番の男に村一番の女だと。村一番の美しかったハラは、子を儲けない事で肩身が狭くなっていた。村で二番目だとはいえ、強いとされるゼンの子を産めないのは強さを残そうとする村では、子を産めないハラの立場が悪くなる。ガイバはそんなハラの様子を見て、俺だったらハラが気にしなくていいように村を出るのに…と考えていた。
そんな時、ゼンは新しい妻を娶るべきではないかという話が上がっていた。ゼンは頑なに否定していたが、このまま子が出来ぬのでは時間の問題ではないかと村中誰もが思っていた。ガイバはもしかしたら、ハラを妻に迎える事が出来るのではないかと考えた。自分にはすでに子供が4人もいる。ベリもまだ若い。子供がいないゼンの妻に丁度いいのではないかと。
村の買い物に行くため、ガイバとゼン二人がいく事になった。買い物をした街で、賊の噂を聞いた。ゼンはその話を聞いて急いで村に帰ろうと言った。ガイバも嫌な胸騒ぎをし、二人で走って村まで戻った。
村に戻ればいつもとは変わらず何事もなかったことに安堵し、念のため村の長に街で聞いた噂を報告し、早く家に帰って子供に会おうと村の長の家を出れば村の者が騒いでいた。
「大変だ!!賊が出たらしい!!トーレとベリとハラが薬草取りをしていた時に襲われたそうだ!!今、トーレがここまで走って知らせに来た!」
「なんだと!!それで!二人は!!」
ゼンが急いでトーレに話しかける。ガイバはその話を聞いて、最も弱いハラを心配した。ベリは強い…何とか頑張ってくれる…だがハラは…。
「姉さんが残って…戦って…だから」
息が切れ切れになりながらも、必死で説明しているトーレが武器を構え戻ろうとしている所でハラの走ってくる姿が見えた。良かった…何とか逃げ出せたんだと安心していれば、ベリの姿が見えない…。
「ハラ!!ベリは、ベリはどうした?!」
ハラがゼンに駆け寄り抱き着こうとしたのをゼンは拒絶する。その様子にガイバはイラッとした。俺ならば、怖かったであろうハラを抱きしめて安心させてやるのにと。
「ベリが逃げろって…」
「何故、残って一緒に戦わなかったんだ!!」
「何故って…私は弱いから…」
「君の言ってる弱さは力の弱さではない!自分が可愛いだけだ!」
ゼンがハラに問い詰めるが、ハラは何故自分が無事に帰ってきたのに歓迎されていないのか分かっていない様だった。
そんな二人を余所にトーレは武器を片手に走り出す。村人は止めようとするが、トーレは走りながら叫んだ。
「今なら、姉さんを助け出せるかもしれない!!守る為に強くなったのに、何もしないなんて事できない!!」
相手が何人いるか分からない…しかも罠かもしれない。いきなり襲われ怖かったであろうトーレが、一番に動き出した事により村の戦えるものすべてが、武器を手に走りだした。
ガイバは一番移動くべき自分が動かなかったことを、恥じた…。強いとはいえ、ベリは一人で戦っているのだ。ガイバの妻であるはずの彼女を、何故一番に心配しなかったのか…。だがそんな場合でもない事は分かっている。武器を手にただただ無心で走った。嫌な予感を抑えるように…。
森には似合わない血の匂いが充満した場所へと近づく。見た事もない服装の男達の死体が転がっていた。奥ではまだ戦っているのか叫びにも似た声が響いてきた。村人達の気配に気が付いたものが、こちらにも襲ってきたが、強さを誇る村人でもある者たちにとって相手にもならなかった。その事でガイバはベリが無事ではないかと、まだ間に合うのではないかと足を進めた…が目の前に見えた光景にガイバは唖然とした。
四方から剣を刺され人形のほうにぐったりとしたもの…ベリの姿だと分かったのは、トーレが彼女を呼んだからだった。トーレが雄たけびのような声を出しながらベリを刺していた男達の腕を落としていく。ガイバは怒りか悲しみなのか分からない感情のまま、その場にいた男達を滅多刺しにしていった。ゼンが止めるまで、死んだ人間さえも切り刻んでいたガイバは、我に返ったようにベリの元へ駆けつけた。他の村人たちは、逃げる者たちを逃がすまいと、追い詰めて殺していく。この奥にこの賊の拠点があるのだと、誰もが推測する。
ガイバは、ベリの傍によりゆっくりと体を抱き上げた。冷たくなっていく体から暖かい血があふれて止まる事がない。何度も何度もベリの名を呼べば、やっと目がうっすらと開いた。
「ベリ!!ベリ!!」
「ガイバ…なのかしら?ガイバでなかったなら…ごめんなさい…」
「俺だ!!ガイバだ…」
力なく動かされるベリの手を、ガルバは力強く握り返す…が返ってくる力など殆どない。
「ごめんなさい…もう目も耳も、駄目みたい…ガイバに伝えて…」
「なんだ…」
「大切なもの守れたかしら?って…ガイバの妻になれて、ガイバの子供が産めて…私ばかり幸せだったから、罰があたったのね…」
「なっ…それは…!」
「ガイバに…後はお願いします。どうか、幸せになって…」
ベリの体中から力が抜けていく…。ガイバは自分の妻が言った言葉の意味を噛み締めているように動かない。弓矢がこちらに向かって放たれた始めた。賊の仲間が援軍を連れてやってきたようだ。この森を知り尽くす村人にとって飛び道具であろうが何であろうが、有利でしかない。すぐにどこから飛んできたのかを把握し木の陰に隠れた…が、ガイバは一向に木の陰に逃げようとしない。
「くっ…」
ガイバを一筋の矢から守ったのは、ゼンだった。ゼンはガイバの巨体を、木の陰に引きづるように隠す。ガイバはベリの体を離そうとしないまま、放心しているようだった。
「すまない…ベリ。すまない…ガイバ」
ゼンがガイバに何か話しかけても、反応が返ってこない。それでもゼンは話を続ける。
「俺は、ガイバが羨ましかった…。強くて、かっこよくて、子供も沢山できて…ベリを妻に迎えられて…」
ゼンは受けた矢の羽を折り傷をそのままに立ち上がる。矢を打った方向を確認して何かを考え始めた。
「必ずベリが守ったものを守って見せる…だから…どうか、ハラを…」
多くの矢が飛び交う中、ゼンは走り次々と矢を放つ者たちを倒していった。矢が飛び交わなくなくなり賊の長を打ち取ったという声が歓声となり森中に響いた。賊の長を打ち取ったのはトーレ…ベリの妹。皮肉にも、女性の美しさが重要視さてている今、力を求めたトーレとベリという女性がこの村を守ったのだった。
村を守るための犠牲になったベリと、矢をうけながらも最後まで戦ったゼン。犠牲者は、二人だけだったのは奇跡のようなものだ。だが村は、それ以上の衝撃を受けたように静まり返っていた。ゼンの亡骸に縋ってハラは泣いていたが、誰も彼女を慰めようとはしない。ゼンの思いを組んで、ハラを責める事もなかった。
ガイバは自分のせいで、ベリはハラに逃げろと言ったのだと、ベリの言葉で知った。ガイバはベリを妻に迎えていたにも関わらず、彼女に思いを寄せていたのだから…。だからこそ、ベリはハラを守ったのだ。ガイバにとって守るべきものは、子供達と愛しきハラだけだった。ベリには分かっていたのだ…。ガイバの中の守るものに、自分が入っていない事を…。
今更ながら、ガイバはベリの存在の大きさに気が付いてしまった。ガイバはベリの夫で、妻を守る事が自分にとっての一番だったのに、ベリの優しさにずっと甘えてしまっていた。ゼンに縋りついて泣いているハラを見ても何の感情も生まれない。
ゼンはハラの代わりに死んだのだと、皆は分かっていた。その事を、ハラに理解できるのだろうか?ガイバが守りたいと思っていたものは、いったい何だったのだろか?ガイバはこの村で一番強かった…だが何一つ守る事は出来きなかった、誇れる強さなど何一つもっていなかったのだ。
目の前の妻の姿を見ても今にも目を覚まして、名を呼んでくれるようにさえ思えてくるのに…きっとこれは夢だ…。明日になれば、ベリは子供達と一緒に朝起こしにくるに決まっている。
「ママは…ねんねしてるの?」
眠るように横たわっている自分の母親に、いつものようにじゃれつく子供達。ガイバはその姿で、自分が彼女を殺したのだと…。子供たちの母親を奪ったのだと、ガイバは人目をはばからず泣いた。
その年の成人の儀では、トーレを妻に迎える為の戦いの儀となっていた。小さな集落では、男も女も強さを求める。争う為の強さだけではない。相手を思いやる強さ、大切なものを守る為本当の強さこそが、この集落での何よりの宝という価値観に戻る。村の長であるオガンダは、平和である事を願いつつも、大切なものを守る為の強さを求めた。
守るものを守れなかった男は、残された守るべきものの為に生き、守られる事しかしなかった女は、やがて集落から出て外の村へと嫁いだ。
…一つの小さな集落では、守るべき強さが必要だった。