○エース
はぁ、はぁ……。
廃墟となった埃まみれの建物の一室。
ひび割れたり、所々欠けたりしている窓から僅かに光が差し込んでいる。その中で私は呼吸を整えようとしゃがんでいた。
足ががたがた震える。まだ、太陽が顔を出しているといのに怖い。足音もなく近づく兵隊から私は何とか逃げている。しかし、行く先行く先に待ち構えており、自分の思考を覗かれているようで気持ちが悪かった。
最悪な事に逃げる事に必死で、どんどん街の外からは遠ざかってしまっている。……気がする。実際自分がどこにいるのか分からない。壊された街は元の姿とは違う。
さっさと私の事殺すなら殺せばいいのに、あの兵隊は追いかけるばかりで何もしてこない。何もしてこないだけで私の精神はどんどん疲弊していくのだが……。何もしてこないのに人を疲れさせるなんて、ずいぶんな才能の持ち主だな!
早く、逃れたい。
私は足の震えを押さえて立ち上がりその場から動く、筈だった。
「ふぇ?」
右腕が引っ張られ、間抜けな声が出る。床に尻餅ついて物音を立ててしまうかと恐れたがそれすらもない。ぽすん、と柔らかで温かいものに着地する。私は顔を上げると、それは男の人である様だ。は? 男?
私は叫びそうになったが、一歩手前で抑える。ここで声を出したら終わりだ。薄暗い為はっきりとは言えないが男はまだ若く10代の様な気がした。青年、と呼ぶのが丁度いいか。その青年は私を胡坐の中に納めるようにして私を抱えていた。それ以上何もしてこないところを見ると、この状況下で危険人物ではないような気がする。
しかし、恥ずかしいな。
しばらく様子を伺っていたのだが、青年は何も動かない。これは本当に人間か、と思うくらい動かない。確かに温かみもあるし人間の様な柔らかさもある。だが、ここまでピクリとも動かないのは何故だ。どんな鍛え方をしているんだろう。
私の視線に気が付いたのか、青年の顔が動いた。薄暗い為に良く分からないが、多分、目は合っていると思う。青年は頭をぽりぽりと掻いておもむろに懐から何か出して、何かしていた。よく分からないので、私は青年から視線を外して待つことにする。
とんとん。
疲れからかうとうとしていた私は目を開けて青年の顔を見上げた。差し出されたのは一枚のメモ。
『まずはこんな状態になってしまってごめんなさい。僕はエース。君の敵ではない事は分かって欲しい。奴を撒くには今日はとひとまずここに留まった方が良い』
こんな状態、とは今の体勢の事を言っているのだろう。わざわざ謝っている所に私は好感を持つ。
確かに私は疲れているし、これ以上動き回ると大変そうだ。青年、エースと言ったっけ、のいう事も一理ある。焦っては良くないだろう。
メモから顔を上げると、青年は首を傾げた。
いつの間にか日が傾いてきており、オレンジ色の光が青年を照らす。無表情で整った顔。オレンジ色に輝く髪の毛と瞳が、素直に綺麗だと思った。
私は頷き、メモを取った。ペンをジェスチャーで要求する。
『私はピア。一緒にここから脱出しましょう』




