○遠い平和
聞こえてくるのは爆発音と銃声。あと、悲鳴。いや、悲鳴と言うか叫びと言うか……。どうでもいいが、居心地は最高に最悪だ。
私がいるのは戦場の中なのだから当たり前と言えば、そうである。戦場のど真ん中でもないのに、あちこちからは気持ちの悪い音ばかりが聞こえる。耳を塞ぎたくなる衝動を堪えていた。無音の世界は楽だが、そうなると永遠の無音世界に行ってしまう恐れが高まる。たった十何年しかこの世に存在していないのだから死ぬなんてまっぴらごめんだ。
戦いは嫌い。大嫌い。
ついさっきまで平和に暮らしていたはずなのに、ちょっとしたすれ違いで街は戦場と化した。何人もの知り合いを置き去りにして、命からがら戦場の端まで逃げて来た。もう少しすればこんな最悪になってしまった大好きな故郷を離れる事が出来る。
物理的にはどこも痛くないが、心は全く無傷と言うわけではないようだった。
建物の影から通りを覗き見る。人の気配はなく、このまま突っ切っていこうと一歩外に出る。しかし、その瞬間、私は強烈な恐怖を感じた。恐る恐る振り返ると、そこに立っていたのは虚ろな目の兵隊だった。兵隊の服を見るに、隣町の人間であることが分かる。そう、敵だ。気が付かなかったのは兵隊をみても生気を感じられないからだろうか。それとも、戦場から逃れようとする一般市民を今か今かと待ち構えていたからだろうか。
兵隊はぶつぶつと何かを呟いているようだが、全く聞きとることができない。違うだろ私。今はそんな事どうでもいい。一刻も早く兵隊の前から逃げないと。
私は近くの家の中に入り、息を潜めた。完璧に兵隊と目が合っているから、潜伏しているわけにはいかない。足音を立てないようにゆっくり家の奥へ進み、裏口を目指す。
通り過ぎるリビングのテーブルにはまだ手付かずの料理が並べられていた。
そして、乱雑に倒された椅子。
ちょっと時間を巻き戻せばそこには家族の温かな空間が存在していたに違いない。私は汗ばむ拳に力を込めた。
落ちているものを踏まないように。ゆっくりと進む。
裏口に到着し、ひんやりとしたドアノブを掴む。そして、開けようと扉を押し始めた時、ふと考える。
妙に静かだな、と。
ギィと鈍い音を立てて開けた扉の向こう。
眩しさに目を瞑るどころか、見覚えのある虚ろな目に、自身の目を見開いた。
「……もういいかい。……もういいよ」
私は扉を思い切り閉め、元いた方へと駆けて行った。




