事態は収束し、発散する
◇
「分かりました。その場所に兵士を向かわせます」
ミレーナ侯爵邸にて。グラとハイドラは、発見したギアの場所をミレーナ侯爵に伝えていた。
「情報提供はありがたいのですが……こちらとしては、危険な行動は控えて頂きたかったものです」
「申し訳ありません……ですが、私たちもシアナ様のために動きたかったんです」
しかし、勝手な行動を咎められて、ハイドラはそう謝罪した。……元々危険は承知の上だったが、それでも、元クレーノ家の人間と鉢合わせる可能性はあったのだ。その場合のことを考えたら、ミレーナ侯爵が非難めいた口調になるのも無理ないだろう。
「……何故、そこまで彼女のためになれるのですか? こう言っては失礼ですが、あなた方と彼女はドコサで知り合ったばかりです。一宿一飯の恩だけで、そこまで出来るものなのですか?」
「うちの連れが、シアナのために出来ることをしたいって言ってるんだ」
ミレーナ侯爵の問い掛けに答えたのは、グラだった。……そもそも、シアナを助けたいと言い出したのはエーテルだ。無論、その思いは仲間全員のものだったが、やはり動機はエーテルなのである。
「仲間思いなんですね」
「普段は俺の我侭に付き合わせてるんだ。こんなときくらい、あいつの我侭に付き合ったって罰は当たらないさ」
「我侭、ですか……?」
「妹を探しているんだ。生き別れのな」
グラはそう言って、彼に背を向けた。
「行くぞハイドラ」
「はい。それでは、失礼致します」
そうして、ハイドラと共にミレーナ侯爵邸を後にする。
「……なるほど。持ちつ持たれつ、というわけですか。ならば、こちらも考えねばなりませんね」
そんな彼らを、ミレーナ侯爵は感慨深そうに見送るのだった。
「お仕事終了よ~」
その頃。仕事を終えたシアナは、エーテルたちと共に帰路に着いていた。
「グラたんたちも戻ってる頃だと思うし、お夕飯の買い物をして帰りましょう」
「だな。……うぅ、ずっと座りっぱなしで体痛ぇ」
今日はずっと大人しくしていたせいなのか、行動派のオクサは体が鈍ってしまった様子。肩をぐるぐる回している。
「まあ、ミレーナ侯爵も動いてくれてるし、数日中には決着するはずよ」
「それまでシアナを守りきればいいわけだよな」
「ごめんなさい~……みんなに迷惑掛けちゃって~」
「何言ってるのよ。私たちが勝手にやってることなんだから、シアナは気にしなくていいわ」
雑談をしながら、彼女たちは買い物を済ませて、家まで戻ってきた。
「グラたん、ハイドラ、戻ってる?」
「思ったよりも早かったな」
「お帰りなさいませ、皆様」
グラとハイドラは先に戻っていた。ハイドラが彼女たちのために紅茶を入れてくれる。
「それで、そっちは変わりないか?」
「ええ。そっちは?」
「こっちは進展があった。それも、とびきりのな」
紅茶が運ばれてきたタイミングで、グラは今日の成果を話し始める。……沈没事故を引き起こしている魔法の発動地点を割り出し、ギアを発見したこと。そして、それをミレーナ侯爵に伝えて、兵士を寄越させたこと。
「じゃあ、もう一安心ってとこかしら?」
「まあ、まだ油断は出来ないがな。少なくとも、今後は沈没事故が起こることもないだろう。ハイドラがギアに細工をしてくれたことだしな」
ハイドラの手によって、アイスランスのギアは機能不全になっている。あのギアは容易に運べ出せないし、そうしようにも、今頃兵士たちが押収しているだろう。
「とにかく、うまくいってるといいわね」
◇
「……ここか」
夕方、例の洞窟では。ミレーナ侯爵の通報で駆けつけた兵士たちが、アイスランスのギアを発見していた。
「誰もいないようだな……」
「洞窟の奥にも人の姿はありません」
「よし、ならばギアだけでも運び出すぞ。これ以上の被害を出すわけには行かないからな」
リーダーの兵士が、部下に指示を出す。ギアは大型だったものの、使用時は洞窟から出すためか下部にキャスターが仕込まれており、数人掛かりであれば容易に運び出せた。
「途中、足元が不安定になる場所では魔法で補助しながら運ぶぞ」
「はいっ」
そうして、運搬は順調かに見えた―――が。
「なっ、海が……!」
「大変ですっ……! 海面が上昇しています……!」
「どういうことだ……!?」
満潮時には沈む道に差し掛かったところで、急に道が沈み始めたのだ。先程干潮になったばかりなので、潮が満ちるまでにはまだ大分あるはずなのだが……。
「くっ……今なら渡りきれるはずだ。ギアを海に捨てて、撤退するぞ……!」
「はいっ……!」
仕方ないと、兵士たちは運び出したギアを海に捨てて、沈み行く道を駆け抜けた。……そして、残ったのは、沈みかけのギアだけだった。
「……全く、危ないところでしたね」
兵士たちが去り、ギアだけが残された。その場所に、複数の人影が現れた。
「ああ。危うく、我が一族の悲願が永遠に成就しないところだった」
「まさか、うちらの存在に気づいた上、ここを特定する奴がいるなんて……あの忌まわしいミレーナの奴か?」
「さあ、それはどうでしょうか……どうにも、今は状況が特殊ですから」
ギアの元へと歩み寄る男たち。その中には、シアナの親戚もいた。……つまり、彼らが元クレーノ家の面々なのだろう。
「そんなことよりも、早くこいつを運び出さないとな」
「ええ。満ち潮の魔法が効いているうちに、船で運んでしまいましょう」
兵士たちにギアが発見され、彼らは仕方なく、魔法で兵士たちを妨害した。満ち潮の魔法によって海面を一時的に上昇させ、兵士たちがギアを手放すように仕組んだのだ。
「それはそうと、シアナ嬢はどうなってるんだよ?」
「今のところ、あまり乗り気ではないようですね。お誘いしても、ずっとだんまりでして」
「あんな奴、ちょいと強引にすれば簡単だろうに……」
「それがそうでもないんですよね。意外と芯がしっかりしているというか、中々折れてはくれません。それに、最近は見慣れない連中が付き纏っていますし」
ギアを引き上げながら、彼らはそんな会話をしていた。……どうやら、エーテルたちの存在は、しっかりと抑止力となっていたようだな。
「だが、そんなことに構っていられる状況でもなくなってしまった」
「ええ。……本当ならば、彼女が自分から協力してくださるのが一番なのですが。この際、仕方ありませんね」
しかし、今まさに、シアナの身に危険が迫っていた。そのことを知る者は、誰一人としていないのだった。




