感謝して損はない
「それで、今日はどちらへ?」
「そうだな……」
その頃。グラとハイドラは、事件の調査に出ていた。港付近の道を、北へ歩いている。
「とりあえず、こいつを役に立てないとな。今日中に目星をつける」
グラは手元の地図を叩きながら、ハイドラの質問に答えた。
「それは?」
「俺とオクサが調査をしたときに作ったんだ。船が沈んだ地点が書いてある。これを使って、船を沈めた魔法の発動地点を割り出す」
地図には、無数の×印と、日付や時刻が書かれていた。これで、魔法が発動した場所が分かるのだろうか。
「確か、使われた魔法は特定できるよな?」
「はい。恐らくはアイスランスだと思われます」
「魔法の特徴を教えてくれるか?」
「アイスランスは、氷の槍を生成して射出する魔法です。海属性と月属性の複合魔法で、ドコサの貴族であったクレーノ家であれば開発できるはずです。軍事用に開発された魔法で、軍艦へ搭載されたこともあります。主として、海中から放って敵艦を攻撃するために用いられます」
グラに尋ねられて、ハイドラはすらすらと魔法の詳細を口にしてみせる。彼女がいたエタール家は月属性魔法の開発を行っていたので、なおのこと詳しいのだろう。
「その魔法を使うのに、必要なギアは?」
「個人で扱う場合ならば別ですが、船を沈めるほどのものであれば、やはり軍艦に搭載されているような大型のギアが必要でしょう。ブースターを詰め込んだ専用のギアでなければ、槍のサイズと速度を確保できません」
「となれば、そのギアはそう簡単には運び出せないわけだな」
アイスランス用のギアは大型であり、持ち運びは困難。となれば、魔法の発動地点にずっと置きっぱなしである可能性が高い。グラはそこに着目したのだ。
「そして、そんなギアを置いて置ける場所は限られる。人気がない場所なのは当然としても、ちゃんと隠しておけて、かつ遠目からでも見つからない場所。そして、船を沈められるポイント。しかも、それは一箇所だけだと仮定すれは、ある程度絞れてくる」
その条件に当てはまる地点を、グラは地図から割り出していく。
「ここが、一番の候補だな」
「ここ、ですか?」
そして、ある地点を丸で囲った。入り江の奥で、港からは見えず、そして船を沈められる地点だ。
「ただ……ここに行くのは考え物だな。奴らが潜んでる可能性が高いし、鉢合わせたら面倒だ」
「ですが、実際に行って見なければ、解決は……」
「ああ。……危険を伴うことになるが、それでもついて来てくれるか?」
「……はいっ! お任せください、グラ様!」
危険なのは承知の上で、それでも自分を頼ってくれるグラに、ハイドラは心強くそう答えるのだった。
◇
「……ここだな」
「そのようですね」
数十分後。グラとハイドラは、例の地点までやってきていた。潮が引いているときだけに現れる道を進み、切り立った崖に出来た道を通ってここまで来た。幸い、道は舗装こそされていなかったが、歩くのに支障はなかったため、ハイドラでも問題なくここまで来れた。
「この穴……この奥か?」
崖には大きな穴が開いていて、その奥に道が続いている。この洞窟の先ならば、ギアを隠しておけるだろう。
「ハイドラ、灯りを頼む」
「はい」
ハイドラはギアに点灯のカートリッジをセットして、周囲を照らした。
「足元が滑りやすいから注意しろよ。後、俺に触ると点灯の魔法が消える。その辺も注意しろ」
「分かりました」
そうして二人は、慎重に洞窟の中へと入っていった。
「……これか」
洞窟を進んですぐ、彼らは目的のものを発見した。テーブルサイズの鉄塊、奇妙な直方体だ。いくつかのボタンやレバーも取り付けられている。これが例のギアだろう。
「ハイドラ、確認を」
「はい」
ハイドラはしゃがみ込み、ギアを調べ始める。やがて、ハイドラは顔を上げ、こう言った。
「……間違いありません。これはアイスランス専用のギアです」
「そうか……なら、決まりだな」
ここにアイスランスのギアがあるということは、元クレーノ家の者達は、ここから船を沈めていたということだろう。
「破壊したいところだが、奴らと鉢合わせる前にずらかりたいな」
「グラ様、少々お待ちを」
ハイドラはヘアピンを取り出すと、ギアの隙間に差し込んで、動かした。すると、表面の板が外れ、内部が露になる。
「このタイプのギアは、メンテナンスのため、簡単に開けられる場合が多いんです」
「そうなのか」
「はい。尤も、最近のものは専用の鍵を使うので、旧式のギアにしか使えませんが」
そして、彼女はいくつかのパーツを取り出してから、ギアを元に戻した。
「これでギアは起動しなくなりました。パーツさえ戻せば問題ありませんが、少なくとも調達するまでは船を沈められなくなりました」
「でかしたハイドラ。よし、一度戻って、ミレーナ侯爵にこの場所を伝えるぞ」
「はい」
そうして彼らは、洞窟から脱出するのだった。
◇
「……しくじったな」
岐路の途中、彼らは立ち往生してしまった。……行きの際、彼らは干潮時だけ現れる道を通ってきた。それが、今はなくなってしまったのだ。調査をしている間に、満潮を迎えてしまったのだろう。
「この様子なら、奴らと鉢合わせることはないだろうが……どうするか」
「グラ様、もしかすれば、何とかなるかもしれません」
ハイドラはそう言うと、ギアを取り出して、カートリッジを取り替えた。
「……フリーズ」
彼女が魔法を発動すると、海面が凍り始めた。やがて、沈んだ道が氷によって再度形作られる。
「これで通れます」
「俺が乗っても大丈夫なのか?」
「魔法は既に止まっていますから、問題ないはずです」
言われて、試しに片足を氷の上に乗せてみるグラ。だが、氷が砕ける気配はなかった。表面だけではなく、内部もしっかりと凍っているのだろう。
「大丈夫みたいだな」
「はい。では、行きましょうか」
「ああ。滑らないように、慎重にな」
そうして、彼らは氷の道を歩いていく。最後のほうは若干融けて滑りやすくなっていたが、なんとか転ばずに渡りきることが出来る。
「助かった。いつも、ハイドラには助けられてばかりだな」
「いえ、そんなことは……私は、私に出来ることを精一杯こなしているだけです」
向こう岸について。そう言うグラに、ハイドラは恥ずかしそうに謙遜していた。……今日だけでも、魔法の知識、ギアへの細工、帰り道の確保など、いくつもの活躍をしていたハイドラ。これまでも、彼女には幾度となく助けられていた。
「いつもありがとう、ハイドラ」
「そ、そんな……照れてしまいます」
グラからの感謝の気持ちに、ハイドラは顔を真っ赤にして俯くのだった。




