予防線は張っておいて損はない
「クレーノ家が没落したのは、今から三十年ほど前です。当時の当主であるノナルカ・クレーノ・ドコサ殿は、貿易によって不正な利益を得ていました」
「不正な利益、ですか?」
ミレーナ侯爵によれば、クレーノ家が没落したのは、当主による不正のためらしい。
「はい。輸入した品物の量を少なく申告することで、関税を少なくしていたのです」
「関税?」
「海外からものを輸入する際に、国に支払うお金です。例えば、海外の極端に安い作物がオガーニへ輸入されれば、作物の相場が暴落します。そうなれば、主にトレハの方たちは生活が立ち行かなくなるでしょう」
「あー、確かにな」
ミレーナ侯爵の例えに、オクサは納得したように頷いた。彼女もついこの前までトレハ住民だったので、実感が大きいのだろう。
「それも、彼一人ではなく、一族ぐるみでの不正であることが判明しました。それが悪質だと判断され、クレーノ家は爵位剥奪、没落となりました」
関税を不正に削り、その分、相対的に利益を得た。それがクレーノ子爵家没落の経緯だった。
「当時は私もまだ幼かったものですから、父から聞いたままですが、私が存じていることは以上です。……シアナさん。あなたのご両親は、このことをあなたにお伝えにならなかったようですね」
「はい~。両親は三年前に他界していて~」
「そのようですね。……申し訳ありません。無神経な話題でしたね」
「いいえ~。お気になさらず~」
ミレーナ侯爵相手でも、いつもの調子を崩さないシアナ。死んだ両親の話をされても笑顔を曇らせることはなかった。
「それで、元クレーノ家の方たちが沈没事故に関わっているという予想ですが―――私は、正直あり得ると思います。当時だけでなく、今でも復権を狙っている様子ですから」
「そう、ですか……」
彼の予想に、ハイドラは悲しそうに目を伏せた。……元貴族である彼女からしても、貴族に戻るために船を沈めるというのは理解できなかった。彼女の場合、貴族の立場に未練がないせいかもしれないが。
「となれば、早急に対策しなければなりません。一刻も早く、事態を収拾しなくては」
「はい。……ですが、その場合、一つだけ懸念することが」
「何ですか?」
「シアナ様は、クレーノ家の血筋です。今回の件を摘発した場合、彼女が巻き添えで濡れ衣を着せられてしまう可能性があります」
ミレーナ侯爵に、懸案事項を話すハイドラ。そもそも、彼らがここまでやって来たのは、シアナを守るためなのだ。
「なるほど。分かりました、その件については配慮しましょう。私としても、シアナさんを巻き込むのは本意ではありません」
「ご配慮、感謝致します」
彼女の話に、ミレーナ侯爵は快く頷いた。町の有力者がバックについてくれるのは心強いな。
「では、元クレーノ家の方たちはこちらで捜索します。あなた方には、シアナさんの傍にいて欲しいのですが……」
「承知しました。シアナ様は必ずお守りします」
こうして、ミレーナ侯爵との面会は終了したのだった。
◇
「それで、これからどうするの?」
ミレーナ侯爵邸を後にして。彼らはシアナの家まで戻ってきていた。家に着くなり、エーテルは誰にともなくそう尋ねた。
「シアナの護衛は当然だが……それだけでは不十分だ。ミレーナ侯爵はクレーノ家の連中を探すと言っていたが、俺たちでもできるだけのことはしておくべきだろう」
「というと?」
「奴らの目的は間違いなくシアナだ。だが、だからといって家に篭っているのは得策じゃない。シアナにはいつも通りに仕事をしてもらったり、普通に生活してもらう。俺たちはシアナの近くに交代で張り付く」
グラの案は、シアナへの負担を考慮したものだった。出来る限り彼女の日常に配慮している。
「ま、そうなるわよね。人目があるほうが向こうも手出ししづらいはずだし」
「ですが、それだけですか?」
「その間、俺たちは沈没事故の詳細を調べる。それに、シアナを外に連れ出せば、クレーノ家の人間が何かアクションを起こすかもしれない。そこを掴むぞ」
更には、そこを起点に事件解決を図る。……シアナを囮にする行為ではあるが、理には適っている。それに、全員でシアナの傍に居続けるのは困難だし、その間は独自の調査をするべきだと考えたのだ。
「シアナもそれでいいか?」
「ええ~、問題ないわ~」
「なら、とりあえず二手に分かれるか。片方はシアナの近くで護衛だ」
「了解だぜ」
シアナも了解し、こうして彼らは動き始めるのだった。
◇
……翌日。
「いらっしゃいませ~」
ウェイター姿のシアナは、職場である喫茶店で接客に勤しんでいた。……グラたちの方針通り、彼女にはいつも通りの生活を送ってもらっている。
「にしてもさ。うちら、こんな感じで、ほんとにいいのかよ?」
「仕方ないじゃない。シアナを一人に出来ないし、今はグラたんとハイドラが頑張ってるから、私たちはゆっくり待ちましょう」
そんな彼女を、エーテルとオクサがテラスから眺めていた。……グラとハイドラは沈没事故の調査に出ており、その間は彼女たちがシアナの護衛に回っているのだ。
「けどさぁ、いくらなんでも暇じゃね? ずっと景色眺めてんのかよ?」
「ほんと、堪え性がないわね……」
しかし、この二人はあまり馬が合いそうになかった。男勝りでがさつなオクサと、ビッチではあるが感性は普通の女の子であるエーテルでは、会話が弾まないのも当然である。そしてそれ以上に、彼女たちはまだ短い付き合いだし、打ち解けるだけの時間もなかったのだ。
「―――あなたたち、シアナちゃんのお友達?」
そんな二人に、女性が話しかけてきた。ここの店長だ。
「ええ、そうよ」
「それがどうかしたのかよ?」
「そう……良かったわ。シアナちゃん、色々と複雑な事情を抱えてる子だから、傍にいてくれる人が必要なのよ。私も出来る限りは気に掛けてるけど、店のこともあるから付きっ切りってわけにはいかないし」
答えるエーテルたちに、店長はそう言った。……彼女も、シアナの事情を把握してるのかもしれないな。
「だから……シアナちゃんのこと、お願いね」
「ええ、当然だわ」
「言われるまでもないよな」
店長の言葉に、エーテルたちは力強く頷いた。元より、彼女たちはそのためにここにいるのだから。
「あら、心強いわね。……それじゃあ、ゆっくりしていってね」
そんな二人を見て安心したのか、店長は店の奥へと引っ込んでいった。




