新たなる旅立ちと不穏な陰
◇
……翌日。
「そうですか。もう、発つのですね」
「ああ。あたしの都合で、あんまり出発を遅らせるわけにも行かないからな」
ジクロ男爵邸前にて。オクサはヘクスニア男爵に別れを告げに来ていた。無論、グラたちも一緒だ。
「ご家族とは、もう?」
「別れは済ませた。後は叔父さんだけだぜ」
「そうですか」
彼女からそう言われて、ヘクスニア男爵はグラたちへと目線を向ける。
「オクサのこと、頼みます」
「よく言うぜ。……オクサに脅し方まで教えやがって」
「可愛い姪のためですから、念には念を、ということです」
頭を下げるヘクスニア男爵に、グラは小声で文句を言うが、彼は全く悪びれたりしなかった。
「ったく……まあ、安心しろ。俺がいる限りは、オクサに万が一のことはねぇよ」
「頼もしい限りですね」
グラの答えに、ヘクスニア男爵は満足そうに頷いた。
「じゃあな、叔父さん。また、会いに来るからな」
「そんなに頻繁に帰ってこなくても良いんですよ?」
「んだよ、冷たいなぁ……」
「入るのは簡単ですが、出るのは大変なのがこの町の悪いところです。折角抜け出したのに、態々戻ってくる必要はありません」
「……そうかよ」
突き放すような、しかし思いやりの篭った言葉に、オクサは目を伏せるしかなかった。―――そうしなくては、目から溢れる涙を誤魔化せなかったのだ。
「さ、行くぞ」
「……ああ」
そして、オクサはグラたちと共に、ヘクスニア男爵の前から去るのだった。
「……お待たせしました」
「もう、済んだのかね?」
「はい」
オクサと別れたヘクスニア男爵は、屋敷に戻っていた。そして、応接室に入った彼を、パーヘ公爵が出迎えた。……どうやら、こちらに訪ねてきていたようだな。しかも、彼の態度は先日とはまるで違う。親しい友人と接しているようだった。
「しかし……君も解せないな。貴族ともあろうものが、自分の家を断絶させようと思うなど」
「当然ですよ。……ジクロ男爵家は陸乙女を輩出する家系です。であれば、ジクロ男爵家は断絶するべきです」
「ふん……王国建国伝説、か」
ヘクスニア男爵の言葉に、パーへ公爵は吐き捨てるように呟いた。……ここでも、王国建国伝説の名が出てきたか。彼らが言っているのは、一般に広まっているものか、それとも王族に伝わるほうなのか。
「あれを気にしすぎではないのか? 所詮は伝説であろうに」
「ですが、最近の動向は決して無視できるものではありません。国王の件もですし、そうでなくても不穏な動きが見られます。セルロやスチレ、アシッドにて、暗躍している人間がいたようですし」
「キレート、とかいう男か? こちらにも噂程度には情報が来ているが……それほどまでに危険な人物なのか?」
パーへ公爵に言われて、ヘクスニア男爵は懸念を示した。……キレートという名前が、ここトレハにまで知れ渡っていたとは。貴族のネットワークということだろうか?
「例の話も、与太話の類ではないのか?」
「与太話のために、貴族の令嬢を拉致しようとしたり、手の込んだ方法で少女一人を囲うと?」
「……頭のいかれた連中ならば、十分にありえると思うが」
「だとしたら、それはそれで問題です。……ただでさえ、乙女は厄介な問題なんです。それに目をつける連中がこれ以上増えては敵いません。セルロのエタール子爵家や、ドコサのクレーノ子爵家も、家を断絶させる方向で動きました。であれば、こちらも追随するべきでしょう」
疑問を呈するパーヘ公爵に、へクスニア男爵はそう答える。
「……どうあっても、考えを変える気はないのだな?」
「はい。乙女という災厄の種は、ここで終わらせます。オクサは町の外ですし、私がジクロ男爵家を断絶させれば、今後は変な連中も現れづらくなるでしょう」
「……そうか。それは残念だ」
ヘクスニア男爵の決意は固く、パーへ公爵は諦めるように溜息を漏らした。
「だが、それなら彼らに話すべきではないのか? ハイドラ嬢がいるということは、彼らが例の―――」
「今回ばかりは、それも考えました。ですが、これも彼らの試練でしょう。であれば、こちらとしてはあまり余計な真似はしたくありません」
「……自分の目的に巻き込んでおいて良く言うな。今回だって、君はその気になれば私を止められただろうに、彼らに全て丸投げした。それも、オクサ嬢を彼らと親しくするためなのだろう?」
「確かにそれは心苦しいのですが、そこはそれ、これも試練と思って頑張ってもらうしかないですね」
「……ふん」
ぬけぬけとそう言うヘクスニア男爵に、パーへ公爵は不満そうに鼻を鳴らした。
「それに、このことを話したせいで、彼らの目的が変化しては困りますから。それは私の望むところではありません。それと、グラリアクト君には少々残酷すぎますから」
「……まさか、君は全てを知っているというのか?」
「いいえ、ただ推測しただけです。……ですが、恐らくは、彼の旅は無意味なものでしょう。そしてそれは、私が教えるべきことではありません。自分で気づき、そして取り戻さなければ」
疑念を抱いたパーへ公爵に、ヘクスニア男爵は首を振ってそう言った。……彼は謙遜しているようだが、その言葉は推測というよりも予言に聞こえてならなかった。
「そうか……もし、君の言う通りならば、私のしたことは無駄だったというわけか」
「そういえば、あなたは彼のことを気に入っていらっしゃるようですね。彼の妹君を探されたことといい」
「まさか。ただ、不憫に思っただけだ。君のような人間に利用される、若くて情熱に満ち溢れた青年のことが」
「そういうことにしておきましょうか」
顔を背けるパーへ公爵に、ヘクスニア男爵は微笑みながら答えた。
「それよりも、ご自分こそ、いい加減いい人を見つけられては如何ですか? 彼女のことを今も引き摺ってらっしゃるのでしょう?」
「何を言うか。私の場合は、当時他の継承権がある者達が皆幼かったから継いだだけだ。それこそ別の人間に継がせればいい。完全に独り身の君とは違う」
「同じことですよ。あなただって独り身ですし、跡継ぎを残すという役目を放棄しているのは変わりないですよ」
「……余計なことを口走るところも、相変わらずだな」
そして、唐突に自分のことについて言われ、パーへ公爵は悪態づいた。
「では、余計ついでにもう一つ」
その彼の言葉に、ヘクスニア男爵はこう返した。
「彼らの頑張り次第では―――貴族なんて、意味がなくなります。この国そのものが、滅んでしまいかねませんから。ですので、先々のことであまり悩みすぎないでください」




