人間は、簡単なことに気づけない生き物
「それは、まさか―――」
「はい。三年前に死亡した、ミストラリアという女性―――あなたの、婚約者だった方です。確か、当時も具体的なことは分からず仕舞いでしたね」
ヘクスニア男爵から聞かされた話に、パーヘ公爵は愕然とした。……噂に聞いていた、パーヘ公爵の婚約者。窃盗団のせいで死んだらしいが、その詳細が今になって判明したのだ。
「ああ……ミストラリアは窃盗団の所業を目撃してしまい、そのために殺されたと聞いたが」
「その詳細が、今回判明したんです。こちらがその内容になります」
ヘクスニア男爵はレポートの束をパーへ公爵に渡した。それがその内容とやらなのだろう。パーヘ公爵は、レポートを捲り、読み始めた。
「……ご苦労だった」
レポートを読み終えて。パーへ公爵は、そう言ってレポートを片付けた。……そこに書かれていた内容は窺い知れないが、彼にとってはとても重要なことだったのだろう。
「報告は以上です。……続けて、例の件について話したいと思うのですが」
「ふん……余所者虐めは止めろと言うんだろ?」
「はい」
話題は変わって、パーヘ公爵の圧政についてへと。……どちらかといえば、ヘクスニア男爵やグラたちにとっては、こちらが本命だ。
「今回の件で、窃盗団は無事に確保されました。まだ残党が残っているのは確実ですが、それもじきに片がつきます。……もう、彼らを虐げる意味はないのでは?」
「……」
「それに、今回は外部の協力者のお陰で窃盗団を捕らえることが出来ました。……彼らに対する行いは、筋違いにも程があります。どうか、お考えください」
ヘクスニア男爵の言葉に、パーヘ公爵は押し黙った。……ヘクスニア男爵の言い分は理解できるものの、いくら窃盗団が捕まったからといって、そう簡単に態度を変えられないということだろうか。理屈では間違っていると分かっていても、感情は、怒りをぶつける矛先を欲しているのだ。
「……そこの君」
「俺か?」
すると、パーヘ公爵はグラに声を掛けてきた。
「君は、何故窃盗団を捕まえようと思った? トレハの事情など、君には関係ないことだろう? まさか、義憤に駆られただけで協力したわけではあるまいな」
「……それもある」
窃盗団を捕らえた理由を問われて、グラは慎重に答える。
「だが、一番の目的は―――妹が、いるかもしれないからだ」
「妹、だと……?」
「ああ。俺は妹を探して旅をしている。そして、トレハに妹がいるかもしれない、しかも酷い目に遭ってるかもしれない、と聞かされたんだ。何とかしようと思うに決まってるだろ」
「妹、か……なるほどな。いるかどうかも分からない妹のために、そこまで出来るというのか」
彼の答えに、パーへ公爵は賞賛するように呟いた。
「……これで失礼させてもらおう」
そして、立ち上がって一礼すると、そのまま部屋を出て行ってしまった。
「……あれは、大丈夫なのか?」
「問題ないでしょう。ちゃんと改めてくれるはずです」
そんなパーヘ公爵を不安に思うグラたちだが、ヘクスニア男爵は安心している様子だった。
「けど、叔父さん。どうしてあれで大丈夫だなんて言えるんだよ?」
「理由はいくつかあるのですが……確実にいえるのは、ちゃんと気づいたということでしょうか。善人と悪人の違いに、出身地など関係ないということに」
「……?」
ヘクスニア男爵の言葉に、オクサは首を傾げた。他の者達も同じ心境だった。
「まず、彼に渡したレポートには、窃盗団から聞いたミストラリアさんのことが書いてありました。―――実は彼女、窃盗団の中に知り合いがいたのです。というか、彼女の知り合いが窃盗団に所属していたのですが」
「え、でもそれって……」
「はい。窃盗団は完全に外部の人間だけでなく、トレハの人間も含まれていました。しかも、彼女の命を奪ったのは、その知人です。自分の素性を知っていたから、仕方なく、とのことでした」
「そうだったのか……」
パーヘ公爵が余所者を嫌っていたのは、窃盗団が外部の人間で構成されていたからだ。しかし、彼の恋人を奪ったのはトレハの人間だったのだ。
「そして一方、余所者であるグラリアクト君は、いるかどうかも分からない妹のため、ただ立ち寄っただけの町で窃盗団を捕まえました。……窃盗団のせいで、余所者は悪人だという固定観念が出来上がっていたようですね。ですが、それも消えました。トレハ住民でも悪人になり、また余所者であっても善人になり得る。そんな当たり前のことに、ようやく気づいたのですよ、彼は」
「そういうことか……」
「叔父さん、それを全部察した上で仕組んでないか……?」
「まさか。そこまで見通せてたら、私も苦労していません。トレハの人間が窃盗団に与しているのは予想していましたが、確証はありませんでしたし」
オクサの言葉に、ヘクスニア男爵は首を振った。……だが、そう思わせるほどに、彼は色々なことが見えすぎている。
「何はともあれ、これで一件落着です。ご苦労様です、皆さん」
そんなこんなで、トレハでの一件は、これで終了だ。
◇
……二日後。
「ナッタはいない……?」
「はい。今朝、パーヘ公爵から連絡がありました。ナタリーアクトなる少女は、トレハには存在しません」
昼頃、グラはジクロ男爵邸に呼び出されていた。……あの後もオクサの手伝いを続けていたグラだったが、急な知らせに驚いている。
「あちらからの要望で、失礼ながら君の妹君の情報を流しました。そして、この短い期間に、ご自身の領土内を調べ上げてくださったようです」
「そうか……」
どうやら、パーへ公爵が気を回してくれたらしい。案外、気に入られたのかもしれないな。
「これから、どうするんですか?」
「まあ、次の町で探すだけだろうな」
ヘクスニア男爵に問われて、グラはそう返した。……最初から、トレハが空振りに終わることは想定していた。故に、いないと分かれば次の町へと移動するだけだ。
「そうですか……では、最後に一つ、頼まれてくれませんか?」
「……何だよ?」
ヘクスニア男爵の言葉に、グラは不審そうに続きを促した。
「何、簡単なことですよ。君がトレハを出ると、オクサにちゃんと伝えて欲しいんです。出来ることなら、今すぐにでも」
「それだけでいいのか?」
だが、彼の要望は、本当に簡単なことだった。グラは、オクサに別れを告げるのは当然のことだと思っていたのだが。
「はい、それだけです。……ただ、場合によっては別のお願いをしなくてはならないでしょうけれど」
「はぁ?」
意味深なヘクスニア男爵に、グラは首を傾げるのだった。




