谷に突き落とすだけでは飽き足らず、積極的に殺しに行くスタイル
……その頃、ジクロ男爵邸では。
「オクサ。今回はご苦労様です」
「ったく。叔父さんってば、無茶させやがって」
ヘクスニア男爵の執務室にて。ヘクスニア男爵は、オクサを労っていた。……グラたちが戻った後、彼女はヘクスニア男爵に呼び出されていたのだ。
「こちらとしても、出来ることならば自力で事態を解決したかったのですが……何分、兵士たちが買収されていたのでは、こちらとしても動きづらいですから」
「……って、兵士が買収されてたって、知ってたのかよ?」
「ええまあ。推測の範囲ですが」
ヘクスニア男爵の言葉に、オクサは呆れたように問い掛けた。……窃盗団と兵士の癒着も、彼には予想通りだったのだ。しかし、彼はそれを伏せ、結果的にエーテルは危険に晒されたのだ。
「無論、事前に教えることも考えました。ですが、そもそもこの件は彼らが自ら調査をすると言い出したのです。であれば、多少の危険は彼らが負うべきでしょう。大人が口を出すべきではありません」
「ぶれないな、叔父さんも……」
どんな状況であっても揺るがないヘクスニア男爵に、オクサは苦笑した。エーテルには悪いが、この大人はそういう性格なのだからと、諦めてもらうしかない。
「それはそうと。オクサ、明日はパーヘ公爵との会談です。内容は当然、窃盗団について」
唐突に、ヘクスニア男爵は話題を変えてきた。……グラたちが窃盗団を捕まえたことで、パーヘ公爵にもその件を報告しなければならないのだろう。彼は窃盗団を執念深く追い続けていたし、そうでなくてもトレハを治める貴族なのだ。情報共有は大切なはずだ。
「その会談には、あなたたちにも出席してもらいます。彼らにも伝えてください」
「いいのかよ? うちらがそんな大事なときにいて」
「寧ろ、出てもらわなくては困ります。あなたたちは、窃盗団逮捕の立役者なんですから。それに、彼らだって自分たちの目的を果たしたいでしょうから」
会談に出ろと言われて戸惑うオクサに、ヘクスニア男爵はそう言った。……そもそも窃盗団の捜索は、パーへ公爵の圧政を止めるためだった。であれば、特にグラたちは出席するべきだ。余所者が事件を解決した、という事実こそが、パーへ公爵の心を動かす鍵となるはずだからだ。
「それに、丁度いい機会です。後顧の憂いも絶てますし、あなたの目的も達成できそうで何よりです」
「でもさ、叔父さん……本当に、いいんだろうか?」
微笑むヘクスニア男爵に、オクサは不安げな表情でそう問い掛けた。
「何がですか?」
「だってさ、あたしがいないと……」
「オクサ」
俯くオクサに、ヘクスニア男爵は言葉を遮るように彼女の名を呼ぶ。
「あなたはまだ若い。それに、私のように窮屈な身分でもない。てあれば、あなたはもっと世界を知るべきです。さしあたっては、彼らに同行するといいでしょう。きっと、あなたにとっていい経験となるでしょう」
「あいつらと、か……けど、あいつらがいいって言うか分からないぞ?」
「それなら大丈夫です。あなたの言うことを、何でも聞かせられる、魔法の言葉がありますから」
ヘクスニア男爵は、その言葉をオクサに伝えるのだった。
◇
……翌日。
「なんか、緊張するわね……」
「お前が緊張とか、明日は雨じゃないか?」
「失礼ね。私だって、初体験とか凄く緊張したんだから」
「……今、その話、必要なのか?」
ジクロ男爵邸にて。グラたちは、ヘクスニア男爵に呼び出され、ここまでやって来ていた。パーヘ公爵との会談があるため、ここまで呼び出されたのだ。……しかし、言葉とは裏腹に、エーテルは緊張感など欠片ほどもない様子。
「エーテル様、はしたない発言は控えてください」
「もぅ、ハイドラったら、照れなくてもいいのに。自分がまだだからって」
「今からパーヘ公爵との会談なのですよ? 浮ついた気持ちで臨めば、相手に付け入る隙を与えることになります」
「分かったわよ……全く、相変わらずこの手の話に耐性ないんだから」
けれども、ハイドラに怒られてしまった。……実際、相手は貴族である。貴族同士の交渉ごとには長けているだろうから、油断ならない相手というのは確実だ。
「お前ら、何の話をしてんだよ?」
「お前は知らなくていい」
「?」
彼らの前を歩くオクサが、振り返りながら尋ねてきた。彼女はグラたちを案内しているのだ。
「それより、まだなの?」
「ん? ああ、それならここだぜ」
そうこうしている内に、彼らは目的の部屋まで辿り着いた。オクサは、その扉をノックする。
「叔父さん、連れてきたぜ?」
「入りなさい」
中からの応答に、彼らは部屋に入った。部屋の中では、ヘクスニア男爵とパーヘ公爵が向かい合う形で応接セットに腰掛けていた。
「二人は私の隣へ。そうですね、グラリアクト君とハイドラさんがいいでしょうか。申し訳ありませんが、エーテルさんはオクサと一緒に私の後ろへ」
「了解」
ヘクスニア男爵に言われて、彼らはそのように動いた。……グラは彼らのリーダー格であり、ハイドラは貴族の交渉ごとに慣れているため、パーヘ公爵と対峙することになったのだろう。
「……そちらが?」
「ええ。姪のオクサと、今回の功労者たちです」
「ふむ、オクサ嬢は存じていたが……余所者か」
グラたちのことを事前に聞いていたのだろう。パーヘ公爵はあからさまに顔を顰めた。大方予想通りなので、それについては誰も反応しなかったが。
「それでは、役者も揃ったことですし、具体的な報告と参りましょうか」
そしてヘクスニア男爵は、手元の書類を捲りながら、パーヘ公爵に事件の内容を説明していく。
「まず、今回の調査で明らかになったことから。容疑者たちは繁華街の閉店したバーに潜伏し、地下室にて盗品の貯蔵、加工などを行っていました。また、複数の兵士たちとの癒着も確認できました。現在、癒着していた兵士を洗い出していますが、幸いにも数は多くないようです」
「南は君の管轄だというのに……失態もいいところだな」
「それに関しては釈明のしようがありません。一応、言い訳をさせてもらえるのならば、兵士たちは私の管轄ではない、ということくらいでしょうか」
ヘクスニア男爵の報告に、パーヘ公爵は苦言を呈した。
「そして、もう一つ。大切なことが判明しました」
「何かね? 勿体つけずに話したまえ」
「はい、それでは。……連中の中でも古参のメンバーから、このような証言を得ました」
ヘクスニア男爵は一度言葉を切って、こう続ける。
「三年前、彼らの窃盗の際、死亡した女性について」




