生きる。それすなわちせ―――なんでもないです
「ん……?」
一方、地上では。窃盗団のアシドとエーテルを捜索していたグラは、いち早く異変に気づいた。
「……ここか」
僅かな物音。それが下のほうから聞こえてきたため、グラは辺りの床を探り、そして見つけた。厨房の床にある、床板が浮いた箇所を。
「ハイドラ、オクサ」
「どうしました?」
「もしかして、見つけたのか?」
グラが二人の名を呼ぶと、二人は奥のほうから彼女たちが現れた。二人は奥の部屋を中心に捜索していたのだ。
「ここだ。見ろ、床板が浮いているだろ」
「あっ、確かに……」
「なるほど。よく気づいたな、こんなん」
グラに言われて、彼女たちも床板の異常に気がついた。互いに頷き合うと、グラは床板に指を掛けた。
「俺が先陣を切る。オクサはハイドラの護衛を。ハイドラは合図をしたら魔法で援護してくれ」
「ああ」
「はい」
頷く彼女たちを確認して、グラは床板を持ち上げた。そして内部に体を滑り込ませ、突入する。
「エーテル……!」
地下室は想像よりも明るく、中の様子もはっきりと分かった。広い部屋中には多くの野菜が収容されており、ギアの光によってそれらを乾燥させているようだ。だが、それらの様子は見て取れても、エーテルの姿はない。
「そこか……!」
グラは階段を駆け下りると、人の気配がある部屋に入った。壁も床も真っ赤に染まった部屋には、男が十名ほど集まっていた。そして、その中心には、床に横たわる一人の少女が。
「エーテル……!」
グラは男たちに突撃し、手前の男を薙ぎ払った。頭に血が上っているのか、容赦や手加減は一切ない。
「この野朗……!」
「ハイドラ……!」
「はいっ……! オロチ……!」
そんなグラに男たちが襲い掛かるが、彼の合図で駆けつけたハイドラが魔法で返り討ちにした。
「エーテル……! 大丈夫か……!?」
「げほっ……! な、何とかね……」
男たちを蹴散らして、グラは少女に―――倒れているエーテルに駆け寄った。彼女を抱きかかえると、エーテルは咳き込みながらもそう答えた。
「……ったく、手間掛けさせやがって」
「ふふっ、心配してたんだ」
「とりあえず生きてるって確信はあったな」
「……それ、照れ隠しになってないわよ」
「ほっとけ」
エーテルに言われて、グラは顔を背けた。……彼女の無事を信じていたものの、本心ではやはり心配していたのだろう。おまけに、部屋が血で真っ赤に染まっていたため、最悪の事態を想像してしまったのかもしれない。
「実際、結構危なかったしね。危うく殺されるところだったわ」
「んじゃあ、かなりぎりぎりだったってことか」
「申し訳ありません、エーテル様……駆けつけるのが遅れました」
「ま、結果オーライってことでいいんじゃない?」
男たちを倒し終えたオクサとハイドラも、エーテルの元へとやって来た。心配する彼女たちに、エーテルは笑いながらそう言った。……死に掛けたというのに、彼女の態度は意外なほどに明るかった。
「とりあえず、こいつらを縛っておくか。また起きてきたら面倒だしな」
「そうね。折角縛っておいたのに、全部解かれちゃったから、また縛り直しだわ」
そうして彼らは、倒した窃盗団を拘束していくのだった。
◇
……その夜。
「痛った~……! ちょ、グラたん、もうちょっと優しくできないの?」
「我慢しろ。調査は頼んだが、無茶をしろとまでは言っていないぞ」
「あら、もしかして、そんなに心配してくれてたの? そういえば、助けに来てくれたときも凄い慌てようだったし」
「ふざけるのもいい加減にしろよ」
「あっ、ちょ、そこは痛いってば……!」
オクサの家にて。グラはエーテルに包帯を巻いていた。……あの後、窃盗団をヘクスニア男爵に引き渡したのだが、エーテルが全身の痛みを訴えだしたため、そのまま病院で治療を受けさせたのだ。その後、この家まで戻ってきたのは少し前。けれども、彼女は戻るなり、体を清めたいとシャワーを浴び、包帯も外してしまった。故に、グラが包帯を巻き直しているのだ。
「でも、今回はほんとに焦ったわ。この程度で済んだのが奇跡みたいなものよ」
「全くだ。ドジ踏んで見つかって、集団リンチとか、笑えないぞ」
男たちからの暴行によって、エーテルの腕や腹には大きな痣が出来ていた。顔にこそ傷をつけられなかったものの、紫に変色した肌が痛々しい。
「女の子の体に傷をつけるなんて、ほんとに許せないわ。あの連中、後で痛い目に遭わせないと」
「顔が無事なだけマシだろ。この程度の怪我、数日で治る」
「でも、これじゃあ男漁りもまともに出来ないじゃない」
「怪我したばっかなんだから、少しは自重しろ」
嘆くエーテルに、グラは溜息混じり突っ込んだ。……あんなことがあったばかりなのに、もう男漁りの心配をする神経には、呆れるしかなかった。
「……じゃあ、グラたんが責任取ってよ」
「はぁ?」
「グラたんに頼まれた調査で怪我して、死に掛けたんだから。私の性欲処理は、グラたんに頼むから」
「ちょ、なんでそんな話になって―――」
エーテルの言葉に、グラは最後まで反論できなかった。エーテルが、グラにもたれかかってきたのだ。
「お、おい……」
「いくら私だって、死に掛けたらさすがに怖くもなるわよ。そうなったら……どうしても、したくなっちゃうのよ。生きてるって、助かったんだって実感がないと、今にも震え上がって消えちゃいそうなの。だから、お願い、グラたん。私を―――抱いて」
彼の胸に顔を埋めて、珍しく弱気な声でそう言うエーテル。そんな彼女に、グラは戸惑いながらも、こう言った。
「……よしよし」
「グラたん……?」
彼女を抱きかかえ、頭を撫でるグラ。そんな彼に、エーテルは困惑しているようだった。
「怖かったんだろ? だが、もう安心していい。たまには、俺に甘えるといいさ」
「ふふっ、年上ぶっちゃって」
「実際、年上だからな。何の問題もないだろ」
エーテルを撫でるグラは、多少恥ずかしがっていたようだが、それでも手を止めたりはしない。彼女も悪い気はしないようで、されるがままになっていた。
「……ナッタも、よく泣き出しては、俺が宥めたもんだ」
「えぇ……? その妹って、最後に会ったときにまだ四歳だったんでしょ? なんでお母さんよりもお兄ちゃんに泣きつくのよ」
「最近、思い出してきたことなんだが……どうやら、両親は仕事で留守にしがちだったみたいなんだ。近所の人に預かってもらってたんだが、ナッタからすれば俺が一番長く一緒にいた家族なんだろうな。そして、俺にとっても」
郷愁の念に駆られるかの如く、そう語るグラ。……最早、色っぽい雰囲気でもなくなってしまったな。




