疲れてるときに無理するとろくなことにならない(体験談
「おい、開けっ放しじゃねぇかよ」
「……!」
窃盗団のアジトを発見し、脱出を試みようとしていたエーテル。だが、上からそんな声が聞こえてきて、慌てて中のほうへと駆け込んだ。
「んなドジ踏みやがって……万が一ばれたらどうするんだよ?」
「まあ、大丈夫だろ。用心に越したことはないが、気を張りすぎるといいことないぞ」
「だな。あの男爵が、公爵の手を阻んでるって話しだし。全く、男爵様様だな」
どうやら、窃盗団の一味が戻ってきたらしい。……物音を嫌ったのと、彼らが戻ってくるのを察知できるように蓋を開けておいたのだが、それを不審がられてしまったようだ。おまけに、アジト発見で気分が高揚していたためか、彼らの接近に気づけなかったという間抜け振りである。彼らも足音を忍ばせていたとはいえ、致命的と言わざるを得なかった。
「こうなったら……」
となれば、エーテルは奥のほうへと逃げ込むしかない。狭い入り口を無理に抜けようとするのは、いくら姿が消えていても、容易ではないだろう。最悪、窃盗団の連中に見つかってしまう。
「ひぃっ……!」
だが、奥の部屋に入ったエーテルは、思わず悲鳴を上げてしまった。……そこはどうやら、盗んだ家畜を捌いて加工する部屋だったらしく、床も壁も真っ赤に染まり、血塗れの器具がいくつも並んでいた。ホラー以外の何物でもない光景である。
「……これ、見つかったら解体されたり、しない、わよね?」
もしも見つかってしまった場合、命が危ない。そんな危機感を抱いたエーテルは、体の震えを抑えるので精一杯だった。
◇
……翌朝。
「エーテルが戻っていない?」
「はい……昨夜から戻られていないようです」
朝食の席にて。ハイドラは不安げな表情を浮かべ、そう言った。……エーテルは昨夜、窃盗団を探すため、繁華街へと繰り出していた。しかし、彼女は未だに帰ってきてないという。
「まあ、あいつのことだから、調査をそっちのけで男漁りしてる可能性もあるが……」
「ええ、それは否定できませんが……」
「ありそうだな……」
「お前ら酷ぇな……」
グラの呟きにハイドラと―――そしてオクサの兄は同意するように頷いた。それを見て、オクサは呆れるようにそう漏らす。
「とりあえず、探しに行くか。あいつなら大丈夫だとは思うが、万が一ということもあるからな。それに―――もしかしたら、見つけたのかもしれないからな」
「では、私もご一緒します」
「じゃあ、あたしも―――」
「ちょ、オクサ、いい加減にこっちの仕事も手伝えよ!」
「そうだよ姉ちゃん、昨日、俺たちがどんだけ働いたと思ってんだよ」
「うっ……」
エーテルの捜索に、オクサも当然のように同行しようとしたが、兄弟たちから反対意見が噴出した。……昨日は北部のウィルストン牧場まで行った後、グラと一緒に窃盗団の捜索をしていた。その前日にも、彼らをヘクスニア男爵に会わせていたため、一日半も仕事を休んでいたことになる。
「け、けどさ、元はといえばトレハの問題なんだぜ? あたしが行かなくてどうするんだよ」
「こっちだって仕事があるんだからな。こっちのことも考えくれよ」
「姉ちゃん、いつも人に仕事サボるなって言ってるくせに、自分はサボるのかよ」
「うぐっ……」
それでも食い下がるオクサだが、兄弟から集中攻撃を受けて、ぐうの音も出なかった。
「オクサ、そんなに行きたいのか?」
「……え?」
そんな中、オクサの祖父は、彼女にそう問い掛けてきた。
「確かに、今回の件はうちらの問題だ。けれど、お前がやる必要なんてない。お前は別に兵士でも貴族でもないんだ。―――それでも、やりたいのか?」
「爺ちゃん……ああ。あたしは、自分の手で、不届き者を成敗したい。それに、あのお嬢さんはうちらのために働いて、そして帰ってこなくなったんだ。あたしが行かないでどうすんだよ」
祖父の言葉に、オクサはそう答えた。その瞳に迷いはなく、ただ力強い意思だけが宿っていた。
「そうか……なら、好きにしなさい」
「本当か……!?」
そんな彼女に、祖父は許可を出した。まさか許してもらえるとは思っていなかったのか、オクサは身を乗り出して驚いている。
「ちょ、爺ちゃん……!」
「いいんだ。……今まで、うちのことばっかで、愚痴は吐いても我侭なんて言ったことがないオクサが、初めて自分から言い出したことなんだ。思う存分やらせてやりなさい」
「爺ちゃん……」
抗議してくるオクサの兄に、祖父はそう返した。……身勝手な話であるにも関わらず、それを受け入れてくれた祖父に、オクサは感謝の念しかなかった。
「話は纏まったな」
オクサの参加も決まり、グラはこう切り出した。
「この後、繁華街でエーテルを探す。……場合によっては、危険も伴うはずだ。それでも、もしものときは俺がお前たちを守る。だから、どうか力を貸してくれ」
「当然です、グラ様。必ず、エーテル様を見つけましょう」
「へっ、言うじゃねぇか。けどまあ、守ってもらうだなんて軟弱なことは言わねぇよ。自分の身くらい自分で守る。―――だから、お前はお嬢さんを見つけることに集中しな」
「ああ」
そうして彼らは、エーテルを探しに行くのだった。
「……さすがに、くたびれたわね」
その頃。エーテルはすっかり疲弊していた。……窃盗団のアジトで一夜を過ごすことになった彼女。入り口付近には常に窃盗団のメンバーが居座り続けていて脱出が困難であり、見つからないようにと隠形を維持し続けて精神的疲労も大きい。そうでなくても、見つかれば終わりという状況と、血生臭い部屋に隠れているというのも相まって、普通の人間なら耐えられないほどのプレッシャーを受けているのだ。これで疲弊しないほうがおかしい。
「もうそろそろ朝よね? ……グラたんたち、心配してるかしら?」
仲間に迷惑を掛けているという自覚があるため、エーテルの気持ちも沈み気味だった。……もしこのまま戻らなければ、彼らは自分を探しに来るだろう。その場合、真っ先に怪しいであろうこの店に来ることは明白だ。だが、その場合、窃盗団と鉢合わせて襲われる危険がある。
「グラたんだけなら、大丈夫だと思うけど……」
無論、グラが窃盗団如きに後れを取るとは思っていない。だが、窃盗団は数が多い。彼女が確認しただけで、アジト内にはまだ十人以上もいた。外に出ていた者達も戻ってきて、その人数になったのだ。しかも、どうやら彼らは刃物などの武器を装備しているようだった。それだけならばどうとでもなるのだろうが、捜索の際にハイドラを同行させていた場合、彼女の身にも危険が及ぶ。加えて、ハイドラを庇いながら、十人のも男を相手に無事でいられるか、不安で仕方ない。
「こうなったら、ちょっと無茶するしかないかも」
そうなる前にと、エーテルは脱出を試みるのだった。




