険しくも最短の道のり
「ほら、そこに座りなよ」
「……ああ」
牧場主の男性は、テーブルの上に積まれた書類を部屋の片隅に放り投げると、グラたちに椅子を勧めた。その乱暴な様には呆気に取られたものの、突っ込んだら負けだと思ったのか、誰一人として口にする者はいなかった。
「それで、今日はどうしたんだ? そっちからだと、関所を通らないと来れないだろ?」
「ちょいと事情があってな。……こいつらに、北のほうがどうなってるのか、教えてやってくれよ」
「はぁ?」
首を傾げる男性に、彼らは事情を話していく。グラが妹を探して旅をしていること。その妹がトレハにいるかもしれないこと。そして、トレハの現状を聞いて不安になり、可能であればこれを解決したいこと。それらを聞いて、男性は徐に口を開いた。
「そうか……まあ、なんとかするのは難しいと思うがな。あの公爵様の狂い様は、尋常じゃないからな……」
「そんなに酷いのか?」
「ああ。うちは全員土着の人間だからまだいいが、他は本当に酷いな。余所から来た奴は、人手が足りない畑か牧場で過重労働だ。昼夜問わず働き通しで、少ない食事とちょっとの睡眠しか許されず、無理が祟ってぶっ倒れようもんなら、ぶん殴られて無理矢理働かされるか、ボロ布みたいに捨てられる。……それも、働かせてる奴が悪いんじゃない。そうしないと、公爵様から罰せられるんだよ」
彼が語ったのは、予想以上の話だった。……余所から来た人間は、重労働を強いられ、待遇も酷い。更には、使用者もそれを強要されているという始末だ。
「そんなことが……」
「ああ。余所者が多いところほど公爵様の監視が強いからな。ちょっとでも余所者を優遇すれば、「余所者に絆された、トレハの恥晒し」だと言って、罰金を科してくる。それでも従わないと、自分たちまで同じ目に遭わされる、とまで言われちゃなぁ……」
パーヘ公爵の余所者嫌いは、明らかに常軌を逸脱していた。余所者を取り締まるために、土着の人間まで虐げようとする。それは最早、血統主義云々を超えている。
「けどまぁ……あんなことがあったら、ああなるのも無理ないんだろうな」
「あんなこと?」
だが、男性は気になることを漏らした。どうやら、パーヘ公爵の暴挙に心当たりがある様子。
「ああ。……窃盗団だよ。公爵様が躍起になってる理由は」
「窃盗団?」
彼が口にした言葉に、グラたちは首を傾げた。……ただ一人、オクサを除いては。
「おい、まさか……」
「ああ、そのまさかだよ。公爵様は、窃盗団のせいで余所者嫌いに火がついたんだよ」
「どういうことだ?」
オクサは彼の言いたいことが分かったようだが、グラたちは話が見えてこず、そう尋ねた。すると、男性は説明を始めた。
「このトレハでは、昔から作物を盗む連中がいるんだ。要するに、畑泥棒だな。それ自体はよくあることだが……一時期から、盗人が異様に増え続けてるんだよ。作物だけでなく、家畜や、家の金まで盗まれるようになった。どうやら、町の外から沢山の人間が入ってきていたらしい。そいつらが組織立って盗みを働いてるってのが、兵士たちが調べた結果だった。それが窃盗団だよ」
畑泥棒がより深刻な窃盗事件に発展し、その犯人は窃盗団を結成しているという。だが、それと公爵の余所者嫌いがどう繋がるのか。
「あれは確か、三年前か。窃盗団の活動が一段と活発になって、公爵様も本格的な対策に乗り出したんだ。だが、その甲斐もなく、被害は収まることを知らなかった。それどころか、遂には死者まで出る始末だ」
「死者、だって?」
「ああ。ここまでくると最早強盗だけどな。それも、死んだのは公爵様の恋人だったって専らの噂だ。……その頃から、公爵様の余所者嫌いは激しくなったんだ。それまでも余所者には厳しかったが、自分の領地に移れないようにするだけで、既にこっちで暮らしてる奴まで虐げたりはしなかった。だが、年々取締りが厳しくなって、ここ最近は余所者を奴隷扱いさせるようにまでなったんだ」
「そう、だったのか……」
牧場主の話に、グラは驚くしかなかった。……ただの暴君だと思っていたパーヘ公爵にも、それなりの事情があったのだと、改めて思い知らされた。
「それで、その窃盗団はどうなったの?」
「公爵様の取締りが厳しくなったもんで、最近はかなり大人しいな。それでも、窃盗団自体は捕まえられていないんだが。たまに下っ端が何人が捕まるが、ほんとに下っ端だから、何も情報が得られないみたいだな」
「そうか……」
しかも、その窃盗団は未だに野放しなのだ。そうなれば、パーヘ公爵の怒りも収まらないだろう。
「―――要するに、その窃盗団を捕まえれば、余所者虐めはなくなるんだな」
「グラたん?」
だが同時に、グラは己のするべきことを見出した。外部から入ってきた窃盗団を、余所者である自分が捕まえることが出来れば―――パーヘ公爵を改心させることも可能なのではないかと。
「おいおい、本気かよ? 公爵様が物凄い執念で、血眼になって探してるのに、未だに見つからない連中だぜ? 無謀にも程があるだろ」
「確かにな。だが―――恐らくはそれが、一番確実な方法だろ? なら、やってやるさ。どの道、その窃盗団はなんとかしなきゃならないんだ。これで一石二鳥だろ」
「おう、よく言った! やっぱそうこなくっちゃな!」
窃盗団を見つけ出し、捕まえる。それが困難であることは、当然グラにも分かっていた。だが、それが北トレハ住民にとって最善なのだ。故に、彼はその道を選ぶ。オクサも、ハイテンションなノリでグラを支持した。
「んじゃあ、早速今日から始めるぞ! どうせ時間が掛かるのは分かってんだ、始めるなら早いに越したことはねぇ!」
「ああ。……だが、それならまずは南に戻るぞ」
「へ……? こっちじゃねぇのかよ? 北に来るのは難しいんだぞ?」
勢い良く立ち上がったオクサに、グラはそんなことを言った。それがあまりにも予想外だったのか、オクサは思わず冷静な口調になって尋ねる。
「少なくとも活動拠点は南だろうな。北はパーヘ公爵家の領地だ。そんなところにいつまでも隠れられるわけがない。それに、南なら人の出入りが激しいし、パーヘ公爵家でもそう簡単に手出しは出来ない。俺だったら、断然そっちを選ぶな」
「なるほどな……うっし。だったらすぐに戻るぞ。おっさん、そういうわけだから、戻るわ。またな」
「へいへい……オクサがこうなったら止まらねぇからな。気が済むまでやんな」
そういうわけで、グラたちはウィルストン牧場を出るのだった。




