故郷はいずこ
◇
……翌日。グラたちは宿場町を出て、トレハへと向かった。
「辛かったらちゃんと言えよ?」
「はい。昨日のようなヘマはしません」
グラに言われて、ハイドラは元気にそう答えた。……昨日の疲労は完全に消えたようで、彼女の足取りは軽かった。後は無理さえしなければ大丈夫だろう。
「それにしても、随分と緑豊かになったわね」
一方のエーテルは、辺りを見回しながらそう言った。……アシッドは鉱山都市であったため、岩肌が剥き出しの状態であった。しかし、宿場町に着いた頃には、周辺には緑が見え始めていた。道の隣には草原が広がり、或いは木々が生い茂るなど、トレハへ向かうにつれて、その割合は大きくなっていく。
「トレハは肥沃な大地を利用した農業都市ですから、その周辺も植物が育ちやすいようですね」
「自然が豊富なのはいいんだけど、虫が多そうなのがちょっとね……」
「あぁ……確かに、そうですね」
エーテルの言葉に、ハイドラは同調するように顔を顰めた。緑が多いということは、当然虫も多いということ。それを想像して辟易しているのだ。
「グラたんの田舎はどうだったの?」
「虫か? 確かに多かったな。羽虫なんかは当然として、害虫も多い。油断すると畑の作物が虫食いだらけになるから、こまめに駆除するんだ。俺も手伝わされた」
「うわぁ……」
グラの話を聞いて、エーテルは身震いした。自分もそれを手伝わされた気分になったのだろうか。
「グラ様が生まれ育った町のこと、もっと聞きたいです」
「町ってほどでかくはないけどな。村だ、村」
ハイドラの要望を受けて、グラは村のことを話し始めた。
「あの村は、魔神を隔離する場所だったから、当然ながら殆どは魔神か、その子供だったな。長老の話では、魔神を隔離するために貧乏くじを引かされたってだけで、元々の住民は魔神じゃなかったらしいが」
「そうなんだ」
「村の外周は塀で囲まれていて、勝手に抜け出したら死刑ものだって脅かされたな。ま、そのせいで抜け出したのはここ数十年で俺だけみたいだが」
魔神が村に隔離されるのは、ギアが与えられる五歳のときである。その時分では塀を乗り越えることなど出来ないし、乗り越えれば死刑と言い聞かされて育てば、滅多なことでは抜け出そうとはしない。尤も、グラの場合はその滅多ではなかったようだが。
「村ではみんな畑で作業するか、小さい子供の面倒を見るかだったな。自給自足が基本で、日用品は行商人が持ってきてくれるが、食料は自分たちで作るしかなかった」
「じゃあ、トレハみたいに農業してるってこと?」
「規模で言えば遠く及ばないだろうがな」
村での自給自足と都市規模での農業を同一視は出来ないが、根本的にやっていることは変わらなかった。
「村はどれくらいの人がいたんですか?」
「百人ほどだな。長老の話では結構多いらしいが、体感的にはそれほどだな。村の全員と顔見知りだし」
「じゃあ、歳の近い女の子とかもいたの?」
「五人はいたな。同年代の男が俺ともう一人しかいなかったから、どっちが誰を嫁にするかで大人たちが騒いでいたな。……尤も、俺は最初から村を抜け出すつもりだったからな。その気はなかったんだが」
村を思い出して、グラの口調は自然と穏やかに、寂しげになっていく。……抜け出すつもりだったとはいえ、長い間、そこで育ってきたのだ。愛着もあるのだろう。郷愁の念がないわけではなかった。
「じゃあ、グラたんは故郷の女の子たちに期待させるだけさせて、そのまま責任も取らずに捨ててきたわけね」
「人聞きの悪いことを言うな」
「そうですエーテル様。グラ様はエーテル様と違って、そんな無責任なことはしません」
「ちょ、ちょっと待ってハイドラ。それってつまり、私が無責任だってこと?」
「違うのか?」
だが、エーテルの台詞に突っ込んで、グラはいつもの調子を取り戻す。……彼女が気を利かせたのだろうが、それには触れないでおいた。
「まあ、今の生活は悪くないな。後はナッタを見つければ、完璧なんだが」
「じゃあ、気合入れて探さないとね」
「はい。私も微力ながら、協力致します」
気持ちを切り替え、彼らはトレハを目指すのだった。
◇
……夕方。
「やっとか……」
「はい。ですが、エーテル様はまだのようですね」
半日歩いて、彼らはトレハへと到着した。だが、入場審査で思った以上に時間を食ってしまった。……他の町ではここまで時間を取られたことはないのだが、ここでは何故か数時間も待たされたのだ。
「おまたー」
そうして、エーテルも合流した。彼女も大分待たされたようだな。
「いやー、こんな放置プレイをされるとは思ってなかったわ。何か問題でもあったのかと思ったわよ」
「こっちは冷や冷やしたぞ」
へらへらとするエーテルに、グラは溜息混じりにそう言った。……グラのギアは、エーテルが彼の身分を偽装するために製造したものだ。万が一、それがばれたらと思うと、気が気ではないのだ。
「それはそれとして、折角トレハに来たんだから、畑の見学に行きましょう」
「虫はいいのか?」
「え? う、うん……べ、別に、見てるだけなら害はないし、見つけたら即逃げればいいだけだし、大丈夫よ、多分」
グラの突っ込みにたじろきながらも、エーテルはそう提案した。そうして彼らは、畑のほうへと向かって歩く。……ゲートの近くは繁華街であったが、そこを抜ければ辺り一面が農場になっている。特に立ち入り制限もないので、見学することも容易だった。
「なら行くか。精々眺めるだけになるだろうが」
「ええ」
「はい」
そうして彼らは繁華街を北へと進んでいく。繁華街は予想以上に大規模であったが、南北方向には短いようで、すぐに抜けることが出来た。
「……でかいな」
「……ええ」
「……はい」
畑に到着して。その広さに、彼らは言葉も出なかった。……見渡す限りの地平線。それが彼らの抱いた感想だった。背後に広がる繁華街を除いて、地平線が一望できる。
「これを探して回るのは、気が遠くなりそうだな……」
「同感ね……」
「はい……ですが」
広大な大地に気が遠くなるグラたち。だが、ハイドラは微笑みながらこう言った。
「どれだけの時間が掛かろうとも、私はグラ様の力になり続けます」
「……ああ。頼りにしているぞ」
彼女の言葉に、グラは静かに頷いた。




