体力は大事
◇
……アシッド北西地区にて。
「それで、次はトレハに行くのよね?」
「ああ。あそこは広いし、一番時間が掛かるだろうからな。それに、ここからは一番近い」
カルバたちと別れて、グラたちは次の町を目指していた。……農業都市トレハは、オガーニ王国の北部から北西部にかけて広がる巨大都市だ。その七割以上は田畑や牧場であり、農作物の生産を行うために多くの人が暮らしている。妹の捜索には時間が掛かるが、その分早めに手をつけておきたいし、彼女がそれまでに暮らしていたアシッド北西部には一番近いので、見つかる可能性は高い。
「王国の西側は殆ど行ったことがないので、楽しみです」
「そうよね。トレハは当然として、貿易都市ドコサも、新鮮な魚介とか、海外の食べ物とか、色々美味しいらしいし」
貿易都市ドコサは、西沿岸部に位置する町だ。その名の通り貿易の要で、国交を結んだ諸外国と取引している。また、海辺ということで漁業も盛んで、獲れたての魚介類も楽しみの一つである。
「とはいえ、トレハまではそこそこ距離がある。……ハイドラ、大丈夫か?」
「は、はい……! 頑張ります……!」
「無理だけはしないでね」
言われて、ハイドラは緊張気味にそう答えた。……彼女はセルロからスチレまでの道中で、体力切れで苦しんだ経験がある。おまけに、その途中からスチレ、そしてスチレからアシッドまではバスでの移動だった。久しぶりの長距離移動に音を上げないといいのだが。
「あっ……」
「ん? どうした?」
すると、エーテルがふと足を止めた。彼女が見ているのは、通りの隅に並んでいる露店の一つだ。
「あれと同じ奴、お母さんがしてたなって思って」
「あれか?」
エーテルが指差したのは、露店で売られているアクセサリーだった。茶色の石があしらわれたネックレスで、質の悪い属性石を流用しているのか、値段は抑え目だった。
「ま、多分王都の安物市か何かで買ったんだろうけど。セルロほどじゃないけど、王都も色んなところの特産品を扱ってるし」
「なるほどな……」
それを聞いて、グラは露店まで足を伸ばした。そして、そのアクセサリーを二つ購入する。
「ほらよ」
「え」
「これは……?」
そして彼は、そのアクセサリーをエーテルとハイドラに手渡した。突然のことに困惑しながらも、彼女たちはそれを受け取った。
「日頃世話になってる礼だ。大した物じゃないが、受け取ってくれ」
「グラ様……! ありがとうございます、一生大切にします……!」
「グラたんにしては気が利くじゃない。ちゃんと汗水流して稼いだ真っ当なお金で買ったなら完璧だったんだけどね」
「お前が言うな」
彼のプレゼントは少女たちに好評だった。現金なエーテルも、グラに好意を抱くハイドラも、拒む理由などないのだ。
「さて、行くぞ」
「あ、グラたんもしかして照れてる?」
「うるさい」
「グラ様。私、一生グラ様についていきますね」
「そこまで言われるとさすがに重いだろ……」
そんな一幕がありながらも、彼らはアシッドを出た。目指すは農業都市トレハだ。
◇
……夕方。
「はぁ……はぁ……。も、申し訳、ありません……」
「気にするな」
アシッド近郊の宿場町にて。息を切らせたハイドラが、噴水広場に座り込んでいた。……案の定、彼女はスタミナ切れでバテてしまった。セルロを出たときと同じだ。
「でも、ハイドラは体力作りしたほうがいいわよ。これから行くトレハなんて、もっと長距離を移動しないといけない場合もあるんだし」
そんなハイドラに、エーテルはそう言った。……トレハは広大な面積を誇る都市だ。故に、内部での移動も必然的に大きくなる。彼女が言うように、この程度の移動で力尽きていては、先が思いやられる。
「あ、そうだ。ここは私とグラたんも一緒に、三人で夜の運動を―――」
「あんまふざけてるとしばくぞ?」
「ちぇー」
「まあ、体力をつけるべきというのは賛成だが。とはいえ、一朝一夕で身につくものでもないだろ。別に不眠不休で歩き続けるほどは必要ないから、自然と慣れていくしかないさ」
グラはそうやって、優しくハイドラに話し掛ける。実際、今から走り込みをしたところで、目に見えて体力がつくには時間が掛かる。それならば、旅を続けながら体力をつけていくほうが効率的だろう。
「それまでは無理するな。お前は頼りになる仲間なんだ、倒れられたら困る」
「はい、グラ様……」
グラの言葉に、ハイドラは嬉しいような、申し訳ないような、そんな感情の入り混じった顔でそう答えるのだった。
◇
……その日の夜。
「というわけで、夜這い行くわよ」
「何が、というわけで、なんですか?」
宿にチェックインして。気合満々にそう言うエーテルに、ハイドラは突っ込みを入れた。
「ほら、あれよ。夜の運動よ」
「はぁ……エーテル様の行動力は見習うべきかもしれませんね。毎回グラ様にお仕置きされているというのに」
エーテルの言葉に、ハイドラは溜息混じりにそう呟く。呆れながらも、彼女の根性に感心しているようだ。
「ハイドラ、あなたはもう少し積極的になるべきよ。前からずっと言ってるでしょ?」
「それは分かっています。ですが、エーテル様はもう少し節制というものを覚えたほうがいいと思いますよ」
「それは難しいわね。私って、半分以上は本能と欲望で生きてる女だから」
どこまでも対極的な二人は、グラに対する思いも違う。エーテルは彼を性的な目で見ており、ハイドラは彼を大切に思い慕っている。その辺の相違が、彼女たちの行動を分けていた。
「そうは言うけど、ハイドラはこのままでいいと思ってるの? そりゃ、私だってちょっとはやりすぎてると思うわよ? でも、男なんて最終的に下半身なんだから。ヤらせてくれない女には靡かないものなのよ。ま、グラたんはまだ誠実なほうだとは思うけど、あれだって分からないわよ」
「そ、そんなことは―――」
「ある。私がグラたんに相手にされないのは、私がグラたんの妹に似てるからだし。そうじゃなかったら、今頃私とグラたんは毎日ヤってたわよ」
エーテルは自信満々に、そう言ってみせた。……グラがエーテルを突っぱねるのは、別にそれだけが理由ではないと思うのだが。妹と似ているというのも、方便というのが半分だろうし。
「嘘だと思うのなら、ハイドラ一人で夜這いしてみれば? それでグラたんが抵抗しなかったら、私の言う通りってことになるけど」
「わ、分かりました……! エーテル様がそう仰るのなら、私が確かめてきます……!」
しかし、エーテルにそう言われれば、ハイドラも黙ってはいられなかった。売り言葉に買い言葉、というわけではないが、彼を信じる気持ちと、万が一を期待しながら、ハイドラはグラの部屋へと向かった。
「……ま、仕方ないから童貞は譲ってあげるわ。その後は玩具にさせてもらうけど」
エーテルに焚きつけられたことには、全く気づかないまま。




