別れと真実と、そして別れと
◇
……翌日。
「グラたんハロー」
「……何でお前は、勝手に部屋に入ってくるんだよ?」
朝。グラの部屋にエーテルが入ってきた。いつものことであるが、突っ込みは欠かさない。
「元気になったかしら?」
「俺は元々落ち込んでなんかいない」
「強がりが言えるくらいはなれたのね」
グラの様子に、エーテルは満足そうに頷いた。……妹に関する手掛かりが失われてショックを受けていたグラだが、それをいつまでも引き摺るようなことはなかった。
「それで、これからどうするの?」
「言うまでもない。―――ナッタはアシッドにはいない。なら、探しに行くしかないだろ」
「言うと思った」
グラはあくまで前向きに、妹の捜索を続けていくつもりだった。……アシッドにいないということは、逆に言えば他の町にいるのだから、そちらを当たればいいのだ。そう考えれば、候補が絞られる分、やりやすい。
「次の目的地だが、流れ的にはトレハだな」
「農業都市トレハね」
彼らは今まで、オガーニ王国内を東から北へと回っていた。なので、今度は北西部にあるトレハへ行くことにしたようだ。
「可能ならば今日にも出発したいな」
「私は別にいいけど……いいの?」
グラの言葉に、エーテルは疑問の声を上げた。
「何がだよ?」
「だって、アシッドって、グラたんの生まれ故郷なんでしょ? しかも丁度北西地区なんだから、一日くらい見て回っても良くない?」
「構わんさ。通り道だから眺めるくらいはするが……俺が探してるのはナッタだ。故郷じゃない。ナッタがいない生まれ故郷になんて、何の価値もない」
「……そう」
そう言うグラに、エーテルは悲しそうに呟く。そして、彼に背を向けた。
「……ハイドラに言ってくるわ。昼前には出発しましょう」
「ああ」
グラが頷くと、エーテルは部屋から出て行った。その背中は、どこか寂しげだった。
「……あいつ、どうしたんだ?」
そんな彼女の様子に、グラは首を傾げるのだった。
◇
「さて、行くか」
昼前。グラたちは、アシッドを出発することにした。グラの行動パターンを読んでいたのか、エーテルやハイドラも既に準備を終えており、予定通りに出発できることとなった。
「もう、行っちゃうんですか……?」
「ええ。グラたんったら堪え性のない早漏だから、今すぐ妹を探すんだって聞かないのよ」
「スルホンちゃんもお元気で」
急な出発に、スルホンは寂しそうにしている。……彼女は当然ながら、こちらに残る。いずれはスチレに戻り、また学業に専念するだろう。だから、グラたちについていくことなど出来ないのだ。元々アシッドへの案内役で来ただけだったしな。
「グラ君……」
「カルバも達者でな」
「……うんっ!」
そしてカルバは、その瞳に寂しさを漂わせながらも、笑顔で彼らを見送ることにした。……彼女もアシッドに残る。ナフタリ伯爵は失踪して、少なくとも以前のような真似は出来ないのだから、これ以上一緒にいる必要もなかった。
「エーテルちゃん」
「何かしら?」
「グラ君のこと、よろしくね。末永く、お幸せに」
「ええ、当然よ。グラたんの童貞は私のものなんだから」
「おいこら」
そう言って、エーテルとカルバは握手を交わす。エーテルの台詞にグラは突っ込むが、カルバは笑い声を上げるだけだった。
「ったく……さっさと行くぞ」
「あ、ちょ、待ってー! そういうわけだから、今度会ったらよろしくー!」
「またお会いしましょう」
呆れ気味に背を向け、先に歩き出したグラを追って、エーテルとハイドラも慌しく別れを告げた。
「……行っちゃったね」
「うんー。ほんと、あっという間だったねー」
グラたちが立ち去って。スルホンとカルバは彼らの背中を見送り、感慨深そうに呟いた。
「……カルバちゃん、良かったの?」
「何がー?」
「グラお兄さんのこと……好き、だったんでしょ?」
すると、スルホンはカルバにそんなことを尋ねた。彼らを前にしては、口に出すのも憚られたことだが、今ならば聞くことが出来る。
「うん……でも、エーテルちゃんに悪いよ。それに、私はグラ君について行くのは無理だし」
だが、カルバは既に割り切れていた。自分はアシッドを離れるつもりがないし、そもそも彼にはエーテルがいる。自分が横恋慕するのは良くないと、諦めることが出来た。
「え……? グラお兄さんとエーテルお姉さんって、付き合ってないはずだけど」
「え……?」
だが、スルホンの一言で、カルバは自分の決意が崩れそうになるのを感じた。
「前に聞いてみたんだけど、付き合ってるわけじゃないんだって」
「で、でも、グラ君とエーテルちゃん、その、えっと……キ、キス、してた、し」
「そ、そうなんだ……で、でもね、エーテルお姉さんって、その、「びっち」って人らしくって、男の人と簡単にキスするんだって。前にも、グラお兄さんにキスしてって言ってたし」
「ビ、ビッチって……あっ」
言われて、カルバにも思い当たる節があった。エーテルの言動は、確かに年頃の娘としては相応しくないものだった。しかしカルバは、彼女の下品な言葉遣いに違和感がなかった。ここの男たちは、あれくらいの言動など日常茶飯事だからだ。
「じゃ、じゃあ、グラ君とエーテルちゃんは付き合ってるわけじゃなくて……エーテルちゃんがちょっかい掛けてるだけなの?」
「多分……そうだと思う」
「えぇ……そんなのってないよぉ」
真実を知って、カルバは落胆した。……正直なところ、「想い人には既に恋人がいて、泣く泣く諦める悲しいヒロイン」な自分に陶酔していなかったといえば、嘘になる。だが、そもそもそんな事実などないと知らされれば、己がこの上なく滑稽に思えてしまうのだ。
「えっと、その……元気出して、ね?」
「ちょっと、ううん、暫く引き摺るかも……」
本当のことを教えてしまったせいで、意図せずカルバを傷つけてしまったスルホン。余計なことをしてしまったと、少し後悔した。
「はぁ……間抜けだなぁ、私」
「ご、ごめんね……?」
落ち込みカルバに謝罪しながら、彼女に付き添うスルホン。
「……?」
だが、その途中、スルホンはふと足を止めた。そして、人通りのない路地に目を向けると、ふらふらとそちらへ入ってしまう。
「……あれ? スルホンちゃん?」
落ち込んでいたカルバもそれに気づいて、彼女の後を追い掛けた。
「スルホンちゃん……? どこ行ったの?」
しかし、路地に入り込んだはずのスルホンは、忽然とその姿を消していた。
「―――巫女は確保した。花嫁と乙女の接触も順調。儀式は滞りなく、か。あの男は余計なことをしていたが、それが却ってプラスに働いたようだな」
場所は変わって、鉱山の中。今は使われていない廃坑の奥にて、男―――キレートは呟いた。
「残る乙女は四人……彼らは出会うだろう。花嫁と乙女は惹かれあうもの。……花嫁の復活は近い」
計画が理想通りに進んで、キレートはほくそ笑んだ。……傍らに、少女を一人、抱えながら。




