妹を求めて国を巡る
◇
「とりあえず、一件落着だな」
ナフタリ伯爵が消え、キレートも去り。事後処理もひと段落して、グラはそう呟いた。……結局、カルバとナフタリ伯爵の婚約は空中分解という方向で落ち着きそうだ。何せ、当のナフタリ伯爵が失踪してしまったのだから。しかし、カルバ本人を含め、関係者たちにとってはそのほうが良いだろう。彼女は当然として、その周囲にも今回の縁談には否定的な者が多かった。彼女は北東地区のアイドルであり、結婚に反対する鉱員たちが大勢いたのだ。
「グラ君……」
そして、ドレスから普段着へと着替えたカルバが戻ってきた。……彼女は今まで、兵士たちから事情聴取を受けていた。貴族による拉致事件とあって、聴取にはそれなりの時間を要した。グラたちも聴取を受けたが、既に終了している。本来ならば彼らにも何らかの処罰が下ってもおかしくなったのだが、エーテルの口八丁によって早々に切り抜けることが出来たのだった。
「やっと解放されたみたいだな」
「うん……私が被害者なんだから、仕方ないんだけどね」
聴取は終わったものの、未だにナフタリ邸の多目的ホールに残っていたグラ。彼はカルバを待っていたのだ。疲れたように微笑む彼女に、グラは労うように言葉を掛ける。
「だが、これでもう大丈夫だ。あいつらも、こんな状況でのこのこ姿を見せたりしないだろう」
「うん……これも、グラ君のお陰だね」
「俺だけじゃないさ。エーテルやハイドラ、スルホンの協力があってこそだ」
「……うん。でも、やっぱりグラ君のお陰だよ」
グラに対して、カルバは礼を述べる。……ナフタリ伯爵に囚われている間、ずっと彼に助けを求めていたのだ。感謝の念も一層大きいのだろう。
「……あのね。ナフタリ伯爵が、妙なこと言ってたの」
「妙なこと?」
「うん……」
カルバは、囚われているときに聞いた話をグラに伝えた。……魔神の花嫁と、乙女について。ナフタリ伯爵が話したことを、ありのままに話したのだ。
「なるほど……そんなことが」
「私には、何のことかよく分からなかったんだけど……もしかして、何か大事なことなのかな?」
「いや、気にしなくていい。どうせただの戯言だろ」
グラは、彼女を不安にさせないためにそう言ったものの、内心では怪しいと思っていた。何せ、国王から聞いた魔神の花嫁について、ナフタリ伯爵が言及していたのだ。しかも、カルバがその復活に必要な鍵だとも言っていた。更にはキレートの存在なども考慮すれば、今までに起こった一連の事件について、何かが見えてきそうだった。
「それより、そろそろ戻るぞ。エーテルたちは先に戻らせてるからな」
「え……? じゃあ、どうしてグラ君はまだここにいたの?」
「お前を助け出したんだ。それくらい待ってるさ」
「あ……」
グラに言われて、カルバは嬉しさのあまり泣き出しそうになった。……彼女は、グラがエーテルと付き合っているという誤解をしているのだが、それを忘れて、彼に抱きつきたくなった。自分の気持ちを曝け出したくなった。
「さ、行くぞ」
「……うん」
だが、ぎりぎりのところで理性が勝った。涙を堪え、本音を押さえ込んで、彼の後に続くのだった。
◇
「あ、グラたん」
グラとカルバは食堂まで戻ると、エーテルたちと合流した。
「カルバちゃん、無事で良かった」
「うん……ごめんね、心配掛けて」
「ご無事で何よりです」
カルバが戻ってきて、スルホンやハイドラも安堵する。そうして皆で彼女の無事を喜んでいたのだが、エーテルが思い出したようにこう言う。
「あ、そうそう。グラたん、例の人が来てたわよ」
「例の人?」
「またすぐに来ると仰ってましたが……」
「カルバちゃん、帰ってるの?」
すると、食堂に老婆が一人、入ってきた。老婆はカルバの姿を見つけると、彼女の元へと駆け寄る。
「カルバちゃん! 話は聞いたわよ! 大丈夫だったの!?」
「マ、マレイーナ婆さん……!」
この老婆はマレイーナ―――当初、グラが探していた女性だ。アシッドに戻ってきたばかりなのだろう、カルバのことを聞いてとても心配していたようだな。
「……大丈夫だよー。みんなが助けてくれたからー」
「ほんとに、本当に良かったわ……!」
無事を確認できて、マレイーナは泣きそうになりながらカルバを抱き締める。
「あなたたちがカルバちゃんを助けてくれたのよね? 本当にありがとう」
「当然のことをしただけよ」
「はい。カルバ様のためですから」
そしてマレイーナは、落ち着いてから、エーテルたちに礼を述べた。
「あんたがマレイーナなんだよな? 一つ、聞いてもいいか?」
「あら、なあに?」
「ナッタ、という名前に、聞き覚えはないか?」
感動の再会を果たしたばかりではあったが、グラは自分の目的について切り出した。マレイーナに、妹について話を聞こうとする。
「あらあら、また懐かしい名前だこと。どうしてその名前を?」
「探してるんだ。今、どこにいるんだ? もしかして、アシッドにいるのか?」
「あなた、もしかして―――」
「マレイーナ婆さん」
真剣な様子で尋ねてくるグラに、マレイーナは何かに気づいた様子。だが、それを口にする前に、カルバが彼女の名を呼んだ。
「グラ君に、教えてあげて。私の、命の恩人に」
「カルバちゃん……ええ、分かったわ。ナッタちゃんについて、よね?」
マレイーナは、グラの正体に―――彼が魔神であることに気づいたようだった。彼女のことを知っているのならば、必然的に、その兄であるグラのことも知っているはずだ。カルバはそれに気づいて、気づかない振りをするようにと暗に頼んだのだ。マレイーナもそれを汲んで、気づかない振りをして、ナッタについて語りだした。
「ナッタちゃんはねぇ……そう、あれは十年くらい前かしら。まだ小さかったナッタちゃんは、大好きなお兄さんをなくして、かなりショックを受けていたのよね。それを心配したご両親は、ナッタちゃんを連れて、アシッドから去ることにしたのよ」
「アシッドから……」
聞かされたのは、妹がアシッドにいたことと、今は既に引っ越してしまったことだった。……ようやく手掛かりを見つけたのに、振り出しに戻ってしまった。
「それじゃあ、ナッタは今は……」
「どこにいるのか分からないわねぇ……私も、東側に引っ越しちゃったし。少なくとも、アシッドを出るとは言ってたから、余所の町に行ったんじゃないかしら?」
「そうか……」
ようやく念願が叶うかに見えたものの、空振りに終わって、意気消沈するグラ。そんな彼に、声を掛けられる者はいなかった。




