目的達成するも……
「おっと、そうは参りませんな―――」
ナフタリ伯爵へと突撃するグラの前に、執事のプロンが立ち塞がった。
「―――お嬢さん」
「きゃっ……!」
だが、プロンが何もないところで手を振るった。すると、突然エーテルが現れて、転がってくる。……どうやら、隠形で隠れていたのを見破られたみたいだな。
「隠形を見抜くとか、この混乱した状況でよく出来るわね……!」
「何分、日頃からお世話になっている魔法ですからな。他の方が使っていらっしゃれば、嫌でも分かるものです」
プロンは簡単にそう言ってのけるが、いくら魔法の気配に敏感で、しかも常日頃から同じ魔法を使っていたとしても、これは驚くことだった。一度視界を塗り潰した上で、グラが主に迫っているというのに、姿を消しているエーテルのほうに気が回るというのだから。
「エーテル様……!」
「おっと」
ハイドラが援護の魔法を放つが、プロンはそれを、あろうことか片手でいなしてしまった。
「何よあの執事……!?」
「皆様、本日は我が主とカルバ様の婚約を祝う大切な日です。このような無粋な真似は感心しませんな」
「ふざけないで……! カルバのことを操って、無理矢理結婚させようとしてるくせに……!」
「言い掛かりも甚だしいですな」
エーテルの批難にも涼しい顔でしらばっくれるプロン。そうしている間に、ナフタリ伯爵はカルバの元まで戻ってしまった。このまま執事に全て任せるつもりなのか。
「カルバは返してもらう。……お前らへの断罪はその後だ」
「断罪されるのはあなた方のほうでしょうに……いいでしょう。あなた方の気が済むまで、お相手しましょう」
プロンが言い切る前に、グラは彼へ向かって突進していた。エーテルもギアにエアウォーカーのカートリッジをセットして、スパナを構えて彼の後に続く。
「はぁっ……!」
「エアウォーカー……!」
「オロチ……!」
「おやおや、これはさすがに厳しいですな……」
言葉とは裏腹に、プロンはグラとエーテルの猛攻を防ぎつつ、ハイドラの魔法をあしらっていく。グラの木刀を素手で弾いて押し返し、エーテルのスパナも彼女の腕を掴んで引っ張り、ハイドラの魔法の射線内に入れることでそちらも防御していく。出会ってから日が浅く、共に戦闘したのもセルロでの一件のみという彼らでは、プロンを上回るほどの連携は身についていないのだ。
「スルホン……!」
「は、はいっ……!」
だが、こちらにはもう一人いた。スルホンに閃光の魔法を使わせ、更にはグラとエーテルで距離を取って移動することで、相手の対処を困難にした。
「む……」
目論見は成功し、プロンは近い位置にいたエーテルしか止めることが出来ず、グラを通してしまった。
「カルバッ……!」
そしてそのまま、ナフタリ伯爵に手を引かれるカルバへと辿り着いた。
「どけ……!」
「ちぃっ……!」
グラに木刀を振るわれて、ナフタリ伯爵はカルバから離れるしかなかった。
「カルバ……! しっかりしろ……!」
「んっ……」
カルバの肩を掴み、揺さぶるグラ。すると、カルバが僅かに反応を示した。
「あ……グラ、君?」
「目が覚めたか?」
そうして、カルバが正気に戻った。魔神の特性により、彼女を操るマリオネット・マインドの魔法が消えたのだろう。
「そっか、私……また、グラ君に助けられたんだね」
「もう大丈夫だ。……さて、カルバは助け出したぞ。いい加減、観念したらどうだ?」
「ふん……花嫁泥棒のつもりか? 自分が今、どれだけのことをしているのか、自覚はあるのか?」
「ああ。お前たちがカルバを攫い、無理矢理結婚しようとしていたから、助け出したまでだ。カルバも正気に戻った、言い逃れは出来んぞ」
ナフタリ伯爵の言葉に、グラは真実を突きつけた。突然の事態に呆然としていた招待客も、それを聞いて動揺している。ここにいるのはカルバの関係者たちなので、当然だ。
「君たち、もういい」
「……!?」
そんなとき、この場に新たな人物が現れた。短髪で、スーツと眼鏡を着用した男だ。
「君たちの役目は終わった。下がっていろ」
「お前は―――キレート……!」
いつの間にか舞台に上がっていた男―――キレートは、ナフタリ伯爵に指示を出す。
「で、ですが……!」
「聞こえなかったか? 下がっていろと言ったんだ。―――君たちにはもう価値はない。役目が済んだ以上、君たちがどうなろうとどうでもいい。だが、せめてもの情けで忠告してやったんだ。このままでは、余生を牢獄の中で過ごすことになるぞ、と」
「……!」
キレートの言葉に、ナフタリ伯爵は顔面蒼白になった。……カルバを攫い、彼女との婚約を強引に取り付けたことは既に白日の下に晒されている。このままでは、さすがに処罰は免れないだろう。
「余計なことではあったが、お陰で不確定要素が一つ消えた。だから安心して去るといい」
「……分かり、ました」
「逃がすと思うのか?」
キレートに言われ、執事を伴って立ち去ろうとするナフタリ伯爵を、グラが呼び止める。木刀を構え、逃亡を阻止する構えだ。
「……プロン」
「畏まりました」
しかし、それは叶わなかった。プロンが素早くギアを取り出し、魔法を起動する。すると、彼らを白い霧が覆った。……濃霧という、目晦ましの魔法だ。閃光と違い、遮光ゴーグルでは防げない。
「ちっ……」
このままではまんまと逃げられてしまうのだが、グラは追い掛けようとはしない。……一方的に視界を潰した上で、ようやく出し抜けた相手なのだ。逆の条件では勝てる気がしない。それに、もっと優先することがあった。
「追わないのか?」
「あっちはあっちで許せんが、今更何が出来るわけでもないだろ。それより、お前のほうが見過ごせない。……お前は、セルロでもハイドラを攫おうとした前科がある。まさかとは思うが、スチレでの件にも関わってるんじゃないだろうな?」
「なるほど、存外冷静らしいな。目先のことに囚われない、その姿勢は王の器に相応しい」
「訳分からないこと言ってる場合かしら?」
グラとエーテルは移動して、キレートを挟み撃ちにした。更にはハイドラもギアを構え、キレートを捕縛せんと動き出した。
「生憎だが、こちらも忙しい身でね。これで失礼させてもらう」
「あ、ちょ―――」
「消え、た……」
だが、キレートの姿は虚空へと溶けてしまった。唐突に現れた彼は、この場から忽然と消えてしまったのだ。




