ミッションスタート・イン・アシッド
◇
……二日後。
「……いいな。打ち合わせ通りに動くぞ」
「ええ」
「はい」
「は、はいっ……!」
婚約パーティの日。会場であるナフタリ邸の多目的ホールに、グラたちはやって来ていた。……ホールは広く、天井には豪華なシャンデリアが釣り下がっている。ホール内のテーブルには沢山の料理が並べられ、舞台の上には演台と二人分の座席が用意されている。主役の二人はまだ来ていないようだ。
「カルバはまだか……今の内に、会場内の様子を探るぞ」
「ええ」
彼らの作戦は段階があり、まずは会場を見て構造などを把握すること。そしてカルバがやって来たら、彼女の様子も確認する。カルバがこの縁談に乗り気か否か、それを確かめてからその後の動きが変わる。……この作戦は、ただカルバを救出すればいいという訳ではない。彼女を助け出した後、カルバが無理矢理婚約させられたとナフタリ伯爵を糾弾しなければならない。そのためには、彼女が自分の意思に反してこの場にいることを証明する必要があった。つまり、カルバの態度次第で、作戦の進行難易度が変わるのだ。
「それはそうと、いい匂いね……あ、このケーキおいしー♪」
「おい、何食ってんだ」
「何って、チョコケーキだけど?」
「じゃなくて、何でこの大事なときにケーキなんて食ってんだよ」
「だって、他の人たちも食べてるじゃない。こういうときは周りに合わせてたほうが怪しまれないのよ」
テーブルのケーキに手をつけるエーテルに、グラは窘めるように声を掛けた。だが、彼女はそんな風に反論する。確かに、他の招待客も料理に手をつけているし、そのほうが自然だろう。……因みに、ここに招待されているのは、その多くがカルバの関係者だった。このパーティは、カルバが戻らないことによって生じる関係者たちの不信感を払拭するのが狙いのようだな。
「……それで、どうなんだよ?」
「んー……特に大掛かりな仕掛けはないみたいね。相変わらず魔法の気配はないけど、舞台周辺にギアは設置してないわ。後、さっき試してみたけど、隠形はちゃんと使えるわ。ハイドラに見てもらったけど、効果も問題ないみたい」
「警備のほうは意外と薄いみたいだし、人口密度も高くない。後はカルバの様子次第だな」
ハイドラとスルホンは既に所定の位置についている。グラたちも現在位置から行動に移れるので、カルバの登場を待つばかりとなった。
「綺麗だよ、カルバさん」
「……」
その頃、近くの控え室にて。カルバはナフタリ伯爵が用意した衣装に着替えさせられていた。……上質な絹で作られた紫のドレスは、そのシックな風合いとほのかに香る色気によって、少女を女性へと変貌させていた。サイズが彼女にぴったりなこのドレスを、ほんの数日で用意するのはさすがに難しいはず―――つまりは、この状況はずっと前から仕組まれていたのだろうか。
「……仕方がないとはいえ、反応がないのはつまらないな」
無言のカルバに、ナフタリ伯爵は嘆息した。……今のカルバは、魔法によって自由を奪われている。意識はあるものの、自分から言葉を発したり、動くことは出来ないのだ。そのため、移動の際はナフタリ伯爵がエスコートして、違和感のないようにすることとなっていた。
「さて、そろそろ行こうか」
「……」
ナフタリ伯爵に手を引かれ、カルバは会場へと向かう。……その間も、彼女は助けを求め続けた。声も出せず、指先一つ自分の意思で動かせないが、心の奥底で叫び続けた。
「……て」
「ん……?」
「……」
「気のせいか」
その思いは、動かないはずの体を少しだけ動かしたのだが、現実は非情でしかなかった。
「……来たか」
「ええ」
パーティ会場に、主役の二人が入場した。……スーツ姿のナフタリ伯爵と、紫のドレスを身に纏ったカルバ。二人は一度、舞台上の席に腰を下ろす。司会のアナウンスが入ると、ナフタリ伯爵だけが立ち上がり、演台に立った。
「ナフタリ家当主、アントラセン・ナフタリ・アシッド伯爵。会場に集まった皆さんに、心から感謝しよう」
ナフタリ伯爵の挨拶は、尊大な口調ながら、それ相応の威厳に満ちた声と態度で述べられた。しかし、グラたちは彼ではなく、カルバのほうに注目していた。
「カルバは……様子がおかしいな」
「あれは……マリオネット・マインドかしら?」
「魔法か?」
「ええ。人間を操作する、軍事用のかなり強力な魔法よ。本来なら一個人ではカートリッジの所有も認められていないんだけど、さすがはアシッドの伯爵家ってところかしら? それくらいのことは余裕みたい」
カルバに使われた魔法を、エーテルは即座に特定した。そして、次の行動に移る。
「この場合、作戦Cでいいのよね?」
「ああ。だが、魔法で操ってるなら、俺が触れただけでも解除できるんじゃないのか?」
「なら、フォーメーションB、でいいわね。ハイドラに伝えるわ」
エーテルはハイドラに向かって、ハンドサインを送った。ハイドラが頷くを確認し、作戦を開始する。
「カルバ……今助けるからな」
グラたちは、懐からゴーグルを取り出して身につけた。……このゴーグルは、レンズの部分が遮光できるようになっていて、眩しい場所での作業に適している。何故そんなものを使うのかというと―――
「この度の婚約は、我がナフタリ家において―――っ!」
演説の途中だったナフタリ伯爵の声が止まる。いや、彼だけではない。会場全体が、驚きに包まれた。何故ならば―――会場が閃光で塗り潰されたのだから。
「何事だ……!」
だが、それも一瞬。すぐに光が消え、ナフタリ伯爵は一喝するように声を上げた。
「……っ!」
そんな彼の前に、木刀を抜いたグラが迫っていた。……作戦の流れはこうだ。まず、スルホンが閃光の魔法で皆の視界を潰す。その隙に、グラがカルバの元へと駆けつける。……しかしながら、舞台の構造上、ナフタリ伯爵を横切らなければならなかった。
「貴様……!」
「止まれ……!」
グラの行く手を阻むのは、会場に待機していた警備員。……当然ながら、ナフタリ伯爵を警護するため、必要な人員は配置していた。完全に視界が戻ったわけではないものの、異常を察知して動いたのだ。
「オロチッ……!」
「がっ……!」
「なっ……!」
だが、そんな彼らも、横から飛んできた水の塊に押し退けられてしまう。……今のはハイドラの魔法だ。彼女の役目は、遠距離からのサポート。主に、行く手を阻む者達を排除することだった。
「カルバを―――返してもらうぞ」
邪魔する者がいなくなり、グラはナフタリ伯爵―――その向こうにいるカルバへと、疾走するのだった。




