そして邪魔が入るところまでがお約束
「あら?」
いつになく妖艶な雰囲気のエーテルに迫られ、なすが儘になっていたグラ。だが、突然の物音に、エーテルが手を止めた。
「誰かいるの?」
エーテルはグラから離れ、物音がした扉のほうへと歩いていく。しかし、扉の向こうを覗いても、そこには誰もいなかった。
「全く、出歯亀するなら静かにしなさいよね……さ、グラたん、続きしましょう」
「馬鹿言え、お断りだ」
邪魔が入って興が冷めたのか、彼女の雰囲気はいつも通りに戻っていた。それでグラも正気に戻り、いつものように突っぱねた。
「ふ~ん? 初チューでドキドキしてたのはどこの誰かなぁ?」
「してないっての」
「あははっ、照れなくてもいいのに」
からかわれながらも、グラは安堵していた。……あのまま邪魔が入らなかったら、自分は間違いなくエーテルと一線を越えてしまっていただろう。彼にはそれが、とても恐ろしく思えた。
「それじゃあ、私は戻るわ。お大事にね」
「ああ」
そうして、エーテルは自分の部屋へと帰っていったのだった。
◆
……ほんの少し前。
「グラ君、どうしてるかなー?」
店が終わり、カルバはスルホンの家までやって来た。鉱員たちに連れ回されたグラの様子が気になったのだ。
「あれ? エーテルちゃん?」
グラの部屋まで行こうとしていたら、前方にエーテルの姿が見えた。彼女はカルバに気づかず、グラの部屋に入っていった。
「エーテルちゃんもグラ君のところかなー?」
そしてカルバもその後を追い、そのまま入ればいいものを、ついつい悪戯心で、部屋の前で立ち止まり中の様子を窺った。
「え……?」
扉の隙間から見えたのは、グラとエーテルが並んで座っている光景。いや、それは別に普通なのだが、問題はその後だ。エーテルが悪戯っぽい笑みを浮かべると、グラに顔を近づけた。―――この角度からだと、まるでキスしているかのように見えた。
「嘘―――どうして」
一瞬、何が起こったのか分からなかった。そしてすぐに、これは見間違いだと思った。だが、それはないと悟ってしまう。漏れ聞こえる彼らの吐息は、微かではあったが、それが普通のものではないと明らかだった。経験のない彼女でも分かる、いや分かってしまう。彼らはキスをしているのだ、と。
「あっ……!」
そして、エーテルが顔を離した。その彼女の横顔に、カルバは息を飲む。……エーテルの表情は、今までとは違い、艶っぽいものに変わっていた。上気した頬に、潤んだ瞳。そして相手を愛おしげに見つめるその視線は、まさしく女の顔そのものだったのだ。それを、自分と大して歳の変わらない少女が見せているという事実に、カルバは頭が真っ白になった。
「……っ!」
そして堪らず、彼女はその場から逃げ出した。立ち去る際、大きな物音を立ててしまったのだが、それに気づく余裕もなかった。
「……っ」
スルホンの家を出て、自分の部屋まで戻って来たカルバ。部屋の隅に蹲り、膝に顔を埋める。
「グラ君とエーテルちゃん、そういう関係だったんだ……」
カルバが漏らしたのは、そんな呟きだった。……実際のところ、彼らは別に恋仲でも何でもないのだが、そう思うのも無理ない状況だった。
「そっか、そうなんだ……そうだよね、グラ君の秘密も知ってたんだから」
そしてそう思うと、カルバは胸が締め付けられるような気がした。
「グラ君、エーテルちゃん、付き合ってたんだ……」
二人の関係に少なからずショックを受け、そして気づいた。―――己の内に秘められた、自分でも気づかなかった思いに。
「そっか、私……グラ君のこと」
だが、それ以上は決して口にしない。口にすればその思いは確定的になる。横恋慕なんてしたくなかったし、何より自身へのダメージが大きすぎた。恋を自覚する前に失恋、だなんて、簡単には受け入れられない。
「グラ君……」
カルバは今まで、特定の男子と親しかったことはない。男たちは鉱山の仕事に従事することが多く、普段はあまり関わらない。接点は食事に来るときくらいだが、食堂や出前の時はみんなのアイドル扱いだった。そんな彼女が、初めてまともに話した男子がグラだったのだ。おまけに、窮地を救われ、彼の秘密を知った。これで全く惹かれなかったら、そのほうがおかしいとさえ思えるくらいだった。
「……すぅ」
そうして彼女は、心の傷を癒すように、ゆったりと眠りに落ちた。少年のことを想い続けながら。
「たっだいまー♪」
「おかえりなさい、エーテル様」
場所は変わって、スルホンの家。スルホンの部屋に戻って来たエーテルを、ハイドラが出迎えた。スルホンはまだ戻ってきていないようだな。
「~~~♪」
「随分とご機嫌ですね、エーテル様。何かいいことでも?」
「ふっふ~ん! なんと、遂に、グラたんとキスしちゃったのよ!」
「ほ、本当ですか……!?」
自慢げにそう言うエーテルに、ハイドラは飛び上がりそうな勢いで驚いた。グラの身持ちが固いことは知っていたし、何がどうなってそういう状況になったのか分からないのだ。
「グラたんが酔い潰れてたから、その隙を突いて、不意打ちでね」
「ああ、そういうことでしたか……」
しかし、事情を聞いて、ハイドラは合点がいった。彼が鉱員たちに連れ回されて飲まされていたのは聞いていたし、酔い潰れていたのならば隙を晒すのも納得だ。
「ですが、後で怒られませんか?」
「大丈夫よ、グラたんだって所詮は童貞だし」
「……本当に、後で怒られますよ?」
「大丈夫だってば。邪魔が入らなければ最後まで出来そうな雰囲気だったし」
「そ、そうですか……」
最後まで、と聞いて、ハイドラは僅かに頬を赤らめた。さすがの彼女も、それくらいのことは想像できる―――というか、エーテルと一緒にいる間に出来るようになってしまったのだ。
「っていうか、案外冷静なのね」
「何のことですか?」
そんな彼女に、エーテルは不思議そうに首を傾げる。
「だって、ハイドラってグラたんのこと好きなんでしょ? 私がグラたんとキスしたって聞いて、動揺してないの?」
「……していないわけでは、ありませんが」
無遠慮ともいえるエーテルの質問に、ハイドラは躊躇いながらこう答える。
「確かに、私はグラ様をお慕いしています。ですが、グラ様が他の女性と懇意にされていても、それを咎めるつもりはありません。勿論、内心穏やかではありませんが」
「前にもそんなこと言ってたけど、疲れない? そういうの」
「不器用だとは思っています。ですが、正直エーテル様相手であればそれほどでもありませんよ? グラ様がエーテル様をお選びになるとは思っていませんから」
「ちょ、それ何気に酷くない……!?」
ぶっちゃけるハイドラに、エーテルが抗議する。……とはいえ、素面のグラにはいつも袖にされているのだから、間違った評価ではないのだが。




