見敵必殺
「ぐっ……!」
穴から落下したグラは、即座に受け身を取って衝撃に備える。そして落下のダメージを受け流すと、苦痛を堪えながらも立ち上がった。
「カルバ……!?」
探すのは、共に落ちたはずの少女。この場には照明がなく、ほぼ真っ暗な状態で、カルバを探した。
「……っ!」
「そこか……!」
すると、人の気配を感じて、グラは動き出した。……落ちて来た穴からは僅かな光が漏れていて、人影を照らし出していた。彼の視線の先には二人の人影がある。一人はカルバとして、もう一人は―――
「カルバ……!」
そう考え、グラは木刀を抜いて振るった。一人は間違いなくカルバだが、もう一人はまともな人物ではない。彼の記憶が正しければ、一緒に落ちたのはグラとカルバだけのはずだ。ましてや、狙い澄ましたかのようにカルバの足元が崩れたのだから、これが自然な事故のわけない。残る一人は、恐らく下手人だろう。二つの人影が揉み合っている―――というか、片方がもう片方を押さえつけようとしていることからも明白だ。
「がっ……!」
「きゃっ……!」
幸い、どちらがカルバなのかはすぐ分かった。明らかに身長が違うし、前述の通りシルエットだけでも一目瞭然だ。下手人を攻撃して、カルバを助け出した。
「げほっ……! な、何……!? 何なの……!?」
助け出されたカルバは咳き込みながら、戸惑った様子でそう叫んだ。どうやら、口を無理矢理塞がれていたようだな。
「大丈夫か、カルバ……!?」
「グ、グラ君……? どうなってるの……?」
「話は後だ。……どうやら囲まれたらしい」
カルバを抱き起しつつ、グラはそう言った。……彼らの周囲に更なる人影が現れていた。その数は、見たところ三人。この状況はかなりまずかった。
「走るぞ」
「えっ、ちょ、えっ……!?」
グラの決断は早かった。カルバの手を取って、人影の隙間を縫うように駆け出した。
「……この辺まで来れば大丈夫か?」
坑道の奥まで走り、グラは足を止めた。……奥まで進んだせいか、周囲は完全に真っ暗で、何も見えない。伝わるのは音と、繋いだ手の温もりだけだ。
「……グラ君。今の、なんだったの?」
「知らん。こっちが聞きたいくらいだ」
カルバの疑問に、グラは吐き捨てるようにそう言った。……だが、彼にもある程度の予想は出来ている。今の奴らは、明らかにカルバを攫おうとしていた。
「それより、怪我はないか?」
「え? あ、うん、大丈夫だよー。なんか、落ちた時もふわってしてたし」
「そうか」
カルバに怪我がないと聞き安心する反面、グラは誘拐の疑いを確信に変えた。……恐らくは、下手人が魔法でカルバの落下速度を抑えたのだろう。そうまでしたのは、彼女を生きた状態で確保するためか。
「そ、それより、灯りつけないとだね……あ、あれ?」
今更ながらにグラと手を繋いでいることに気づき、恥ずかしがるカルバ。彼女は言葉を詰まらせながら、自前のギアで周囲を照らそうとした。……しかし、ギアに込められた点灯の魔法は効果を発揮せず、辺りは依然として真っ暗なままだった。
「手を離せ」
「え……?」
「手を離せば、ちゃんと明るくなる」
それが自身の―――魔神の影響であると悟ったグラは、カルバと繋いだ手を放そうとする。
「だ、駄目……!」
けれど、カルバはその手を離すまいと、ぎゅっと握り締めた。
「……お願い。暫くこのままでいて。今、手を離されたら……怖いよ」
「……仕方ないか」
泣きそうな声でそう懇願されてしまえば、グラも従うしかない。溜息交じりに、彼女の手を握り返してやるのだった。
「グラたーん! カルバー!」
場所は変わって、上の坑道にて。エーテルは、グラたちが落ちた穴から呼び掛けていた。……二人が落ちたことで、辺りは大混乱に陥っていたのだ。
「エーテル様、グラ様たちは……」
「ちょっとうるさくて聞こえないわ。これ使って」
「これは?」
エーテルはハイドラにカートリッジを手渡した。しかし、突然こんなものを渡されて、ハイドラも戸惑ってしまう。
「遮音のカートリッジ。これで音が聞こえるようになるから」
「分かりました」
説明を受けて、ハイドラはカートリッジを受け取ると、自分のギアにセットして遮音の魔法を発動させた。その効果により、鉱員たちの声が遮断され、彼女たちの周囲に静寂が訪れる。
「グラたーん! カルバー! 返事してー!」
再度エーテルが呼び掛けるが、返答はない。彼女は穴から聞こえてくる音に耳をそばだてていたが、グラは応答しなかったのだ。
「……返事はないわ。けれど、全くの無音じゃないわ。少なくとも、足音はしてる。生きてる可能性が高いわ」
「ほ、ほんとに……?」
「安心しました」
エーテルの言葉に、スルホンもハイドラもほっとした。エーテルは続ける。
「でも、向こうが呼び掛けに応じないってことは、もしかしたらすぐに移動しちゃったのかも。……仕方ないわね」
エーテルは溜息を漏らすと、穴の淵に手を掛けた。
「エーテル様、何を―――」
「ちょっくら下の様子を見てくるわ。後はお願いね」
「あ、ちょ―――」
そして彼女はそう言い残して、穴から飛び降りるのだった。
「―――エアウォーカー」
穴から落下するエーテルは、空中で魔法を発動させた。……エアウォーカーは、足に風を纏って、移動速度を上げる魔法だ。今回は風を利用して、落下の衝撃を緩和したのだ。
「……っと」
魔法の恩恵により、エーテルは無事に着地できた。そして、体勢を整えつつ、周囲に目を向ける。
「……え?」
だが、悠長に起き上がっていられるほどの余裕は得られなかった。……彼女の周囲には、複数の人影があった。囲まれた、というよりは、彼らの真ん中に降ってきてしまった感じだ。
「どういうことよ……!?」
叫びつつ、エーテルは懐から小型のスパナを抜いた。……少なくとも、彼らはグラたちではない。それを見抜いた彼女は、即座に行動を起こした。
「はぁっ……!」
幸いにも、向こうも突然現れたエーテルに戸惑っているようで、隙だらけだった。エーテルはエアウォーカーによる速度を利用して、彼らの後頭部を殴打して回った。
「がっ……!」
「なっ……!」
そうして彼らは、エーテルによってあっさりと沈められたのだった。……王都にいた頃はビッチとしてそこそこ名が知れていた上に、好んで路地裏を徘徊していたために、暴漢に襲われることも多かった。故に彼女は、こうやって自分の身を守っていたのだ。半ば不意打ちであれば、これくらい造作もないことだった。




