新ヒロインは元気系
◇
「こ、ここです……」
スルホンに案内されてやって来たのは、北東地区にある民家の一つ。ここがスルホンの実家だ。石の煉瓦を積み重ねて造られた家屋は、この町では平均的な大きさとデザインだった。
「それで、例のお婆さんってのはどこに―――」
「ちょっとグラたん、それはさすがにせっかちすぎるわよ。まずはスルホンの家族にご挨拶でしょ?」
「うっ……まさかエーテルに常識を諭されるとは」
「ほんとに失礼すぎるわよっ!」
早速例のお婆さんとやらに会おうとするグラだが、エーテルに諭されてしまった。そのことで本気で落ち込む彼に、エーテルは叫ぶように突っ込む。
「ど、どうぞ……」
というわけで、スルホンの実家にお邪魔することに。
「た、ただいま」
「あら? スルホンじゃない。帰って来たの?」
帰って来たスルホンを出迎えたのは、彼女の母親だった。スルホンと同じ亜麻色の髪を一つに纏めた母親は―――当然ではあるが―――彼女とそっくりだった。スルホンが成長すればこうなるのだろうと、容易に想像ができる。
「う、うん……その、色々あって、ちょっとだけ」
母親相手なのに緊張気味なのは、スチレでのことがあったからか。彼女のことだから、心配を掛けまいとスチレでのことは黙っているつもりで、しかもそのことに罪悪感がある、といったところか。
「それで、えっと、その……お客さん。連れて来たんだけど」
「あら?」
そんな心情を紛らわすかのように、スルホンはグラたちを母親に紹介していく。
「えっと、スチレで出会った人で、色々お世話になったのと、こっちに用事があるから、案内してきたの」
「あらあら、そうだったの。―――皆さん、娘がお世話になったみたいで、ありがとうございますね」
スルホンから話を聞いて、母親はグラたちに頭を下げる。そして彼らを座らせ、茶を出して持て成す。
「改めまして、スルホンの母です」
「グラリアクトだ」
「エーテルです」
「ハイドラと申します」
自己紹介も一通り済ませ、彼らは詳しい事情を話す。……グラの妹がアシッドにいるかもしれないこと、その名をこの近所に住む老婆が口にしていたことなどだ。
「うーん……マレイーナ婆さんなら、今はトレハのほうへ出掛けてるのよね」
例の老婆―――マレイーナというらしい―――は、現在アシッドにはいないとのこと。彼女が今いるのは、農業都市トレハだ。……農業都市トレハは、大陸北部から北西部を覆う巨大都市だ。農業都市の名に違わず、その広大な土地を利用して農作物を生産している。その生産量は、大陸で消費される作物の七割を占めているとも言われている程だ。
「マレイーナ婆さんは食堂の食材を買い付けるために、しょっちゅうトレハに出掛けてるから……戻ってくるにはまだ掛かるわよ?」
「そう、なんだ……」
それを聞いて、スルホンは表情を暗くする。折角グラの役に立てると思っていたのに、肝心の老婆がいないので話にならないからな。
「それじゃあ、ナッタについて聞いたことは?」
「それなんだけど、マレイーナ婆さんは北西地区の出身なのよね。こっちに越してきたのは十年位前だし、それより前のことだったら分からないわ。その名前も聞き覚えがないし」
ならば母親のほうが何か知っていないかと思うグラだったが、こちらも空振り。……これは、そのマレイーナという老婆が戻るまで待ったほうが良さそうだな。
「ごめんくださ~い」
すると、誰かが家を訪ねて来た。玄関のドアを開け、一人の少女が姿を現す。
「あら、カルバちゃん。もう時間?」
「もう少ししたらかな。……って、あれ? もしかしてスルホンちゃん?」
「あ、カルバちゃん」
訪ねて来た少女は、スルホンたちと親しそうだ。……焦げ茶色のショートヘアを二つに縛り、三角巾を被った少女だ。歳はグラたちと然程変わらないように見える。屈託なく笑う表情は、その整った相貌も相まって、非常に魅力的だった。その平均的な体躯を覆っているエプロンを見るに、先程まで料理をしていたのだろうか?
「ん? もしかして、お客さん?」
「あ、うん、ちょっとね。スチレでお世話になって……」
カルバという少女は、グラたちに気づいたようだ。無邪気な足取りで、彼らに近づいてくる。
「ふぅん? そうなんだ。あ、私はカルバ。近くの食堂で働いてるの。よろしくね」
「ああ、よろしく」
そうして、カルバとも自己紹介をしていくグラたち。……なるほど、食堂で働いているからエプロンを着用しているのか。三角巾もそのためだな。
「へぇー、王都のほうから来たんだ。しかも、セルロとスチレを回って」
「うん。尤も、ハイドラはセルロからだけど」
「セルロに、王都かぁー。私、どっちも行ったことないから、一度行ってみたいなー」
そしてカルバは、早速エーテルとお喋りしている。……エーテルは同性の友達が少ないらしいが、案外すんなり仲良くなるよな。ハイドラの時もそうだったし。やっぱり男遊びが過ぎるせいなのか。
「あ、そうだ。うちの食堂来る? お昼ご飯まだだったらご馳走するよー」
「そうねー。スルホンのお友達なんだし、それくらいはしないといけないわよね」
かと思えば、カルバは彼らを食事に誘った。スルホンの母もそれに賛成する。
「確かにお昼はまだだから、助かるけど……」
「いいのでしょうか? ご馳走になっても」
その誘いに、奥ゆかしいところがあるハイドラは当然として、エーテルまでもが遠慮がちな反応を示す。……エーテルの場合、どちらかというとカルバの態度に押されている様子なのだがな。
「遠慮しなくていいよー」
「……まあ、食わせてくれるんだったら、断る理由もないか」
しかし、グラには遠慮などないようだった。折角の厚意なのだから、断るのも悪いような気がしていたのだ。
「うんうんー。ほらほらー、早く行こっ」
「あっ……!」
「えっ……!」
それ故に、カルバはグラの手を引いて、食堂まで連れて行こうとする。……だが、彼女がグラの腕を抱き抱えるように引っ張っているのを見て、エーテルもハイドラも動揺している。
「こ、この子……もしかして」
「き、気のせい、ですよね……」
「ん? どうした?」
「なんでもないわよグラたん」
「そ、そうです、平気ですから……!」
「?」
カルバの行動に、どことなく不穏なものを感じた二人。果たしてそれは、杞憂なのか、それとも―――
「カ、カルバちゃん……大丈夫、かな?」
そしてスルホンは、彼女たちとは別の理由で心配になるのだった。……その理由は後程。




