ビッチな妹は嫌いですか?
「……ナッタが今もいれば、あんな感じなんだろうかな」
戻っていくスルホンを眺めながら、グラはそんなことを呟いた。……まだ幼い彼女は、確かに妹属性という感じだな。自分の妹を重ねてしまうのも無理はない。
「何々? 今度はスルホンに手ぇ出すの?」
「出さねぇし、今まで誰にも出したことないっての。大体、今のでその感想はないだろ」
そんなグラの背後に、エーテルが現れた。彼女の軽口に、グラは振り返ることなく突っ込んだ。
「じゃあ何なのよ? 私のこと、妹そっくりって言ってたくせに」
「お前が似てるのは見た目っていうか、雰囲気だ。だが、お前みたいな妹がいたら俺は衝動的に自殺しかねない」
「じゃあ、グラたんはスルホンみたいな妹がいいの?」
「というか、お前みたいな妹だけはお断りだ」
ビッチな上に、兄に手を出そうとしている妹など、確かにあまり欲しくないだろうな。まして、血の繋がった妹なら尚更。
「もう、そんなことばっかり。グラたんは色々とあれよね、潔癖っていうか、融通が利かないっていうか。もうちょっとアウトローに生きればいいのに。存在自体がアウトローみたいなものなんだから」
「うるさいっての。ってか、お前はこんなところで油売ってていいのか? 忙しいんだろ?」
「私も休憩よ。本気で集中しちゃうとトイレにすら行かなくなるから、適度に休まないと倒れちゃうのよ」
そう言って、エーテルは手近な椅子に座る。脱力して体勢を崩し、遠慮なくリラックスする。
「あれ? グラたん、こんなの読んでるの?」
そして彼女は、グラが読んでいた専門書を見つけた。
「暇だったからな」
「ってか、これ……カートリッジのパスの繋ぎ方について纏めた本よ。こんなの読んでも分からないでしょ?」
「実際、ほぼ理解できなかったな」
ギアの専門書は大抵、工程ごとに分かれていて、カートリッジの場合は概論、属性石の配置、スロットの設置、パスの繋ぎ方など、一つ一つの工程について数冊の専門書が書かれている。それだけ細かいということは、内容もより難しく専門的なわけで、素人が読んで理解できるはずがない。
「いくら暇だからって、理解できない本読んでどうするのよ?」
「そうは言ってもな……現状、俺に出来ることがない以上、こうやって適当な知識を頭に押し込むくらいしかないだろ」
「……どうせギアを使うことすらないのに、無駄だとは思わないの?」
「知識ってのは、死ぬまでに一度でも使えば無駄じゃないんだ。無駄になるかは死んでみないと分からない。なら、やれることもやらずに無為に時間を過ごすよりも、使う可能性がある知識を蓄えたほうがよっぽど有意義だろ」
例えギアが使えなくても、ギアの知識を求めない理由にはならない。……恐らくは、妹を探すために村から抜け出して旅をするため、ありとあらゆる知識を得ようと努力していたのだろう。それを今でも続けているのだ。
「立派な心掛けだけど、理解できないんじゃあ、勉強する意味ないわよ」
「それは……まあ、面目ないな」
「はぁ……仕方ないわね。ちょっと教えてあげるわ」
エーテルは溜息交じりに、専門書を開いた。
「どういう風の吹き回しだ?」
「別に、ただの気紛れよ。たまには基本的なこともおさらいしないと、肝心な時にドジ踏むし。……って言っても、何から教えればいいのやら」
あくまで自分のためと言いながら、エーテルはグラに専門書の解説を始めた。
◇
「……とりあえずこんなもんかしら?」
それから十分後。エーテルは立ち上がり、軽く伸びをした。……彼女が教えたのは、ギアの知識でも触りの部分だけだ。細かい内容を教えても使う前に理解が難しいので、パスの繋ぎ方を大雑把に解説しただけだ。
「私はそろそろ作業に戻るわね。……暇だったら、製品のスペックカタログでも読んでるといいわ。あれ、一度読みだすと時間が溶けてくわよ」
「ああ、そうする。―――ありがとな、色々と助かった」
立ち去ろうとするエーテルに、グラは礼を言った。彼にしては珍しいかもしれない。……というか、今までエーテルが純粋な善意だけで彼を助けたことがないだけな気もするが。
「どういたしまして。これで、私のことも見直してくれたかしら?」
「言っておくが、ギアに関してはお前の右に出る者はいないと思ってるぞ、俺は」
「あら、お世辞がうまいじゃない。普段からそれくらい言ってくれればいいのに」
グラの言葉をお世辞と言いながらも、エーテルは機嫌良さそうに作業へと戻るのだった。
「……ほんと、ギアのことになると真面目だよな、あいつ」
彼女が立ち去って、グラはそんなことを呟いた。……ギアの技師を目指しているだけあって、多少目の前が見えなくなることがあるものの、ギアについては基本真面目に取り組んでいる。そんな彼女の姿勢は、素直に評価するべきだろう。
「出来ることなら、常時あんな感じでいて欲しいんだが……まあ、無理だろうな。それが出来たら苦労してないか」
どこにでもいる、面倒見の良い気さくな女の子。そんなエーテルは、グラの理想からは程遠く、しかし現状最も近しい少女なのだった。
……その頃、別の場所では。
「……ったく。こいつは面倒な案件を引き受けちまったな」
場所は変わって、キシール金融スチレ支部にて。キシール金融スチレ支部長であるロイシンは、吸いかけの煙草を灰皿に押し付けながらぼやいた。……普段掛けているサングラスを外し、気怠げな表情の彼は、今回の仕事について早くも嘆いていた。
「いくら金額があっても、こちとら金以外の悪はやらんと決めていたんだがな。金に目が眩むのは、人としての業か」
彼らキシール金融は、違法な金利と悪質な取り立てこそ目立つが、他には大した悪さはしていない。というか、他のことは金だけで揉み消すのが難しいため、というわけなのだが。しかし、今回のは違う。セラフィドを作らせるのは作った側の責任になるからいいとしても、もう一つのほうは確実にアウトだ。いくら金を積んだところで、相手が騒いでしまっては誤魔化しようがない。あれは職人としては名があるし、かといって下手に口封じをしようものなら却って自分たちの首を絞めかねない。
「大体、奴ら、本気でやってんのか?」
もっと言えば、クライアントの態度も気になるのだ。仮にもキシール金融が無視できないほどの金を用意できるくせに、自分で適当な人間を雇わず、こちらに遠回しな依頼をしてくる辺り、どこか無駄が多い気がする。目的達成を第一に考えているのではなく、その過程を楽しんでいる節があるのだ。
「さてと……どうしたもんかねぇ」
ロイシンは呟くものの、そのまま居眠りしてしまうのだった。




