金より尊いものなどない
◇
……十分後。
「ここです」
「なんか、いかにもって感じよね」
ハイドラに案内されてやって来たのは、ビルの間に建てられた小さな建物だった。小さいと言っても普通の民家ほどには大きいのだが、周りが高いビルばかりだと、どうしてもそう思えてしまう。
「さ、行きましょう」
そうして工房の扉を開け、三人は中へと入る。工房の中、入ってすぐのところにはいくつもの機器が陳列されていた。これらは全て魔製機構製品だろう。恐らくは、既製品を販売するスペースなのだ。そしてその奥、会計スペースのところに、人が集まっていた。
「ん……?」
その殆どが、入って来たグラたちのほうへ振り返る。……そこにいたのはスーツ姿の男性五名。全員がサングラスを掛けていて、黒のスーツと相まって怪しさ満点である。
「あの……もしかして、お取込み中でしたか?」
「なんだ客か。―――良かったな。これでまた儲けが出れば、多少はマシになるだろうな」
彼らを客だと思ったのか、スーツ男の一人がそんなことを言った。……言葉を投げかけられているのは、店の奥にいる老人と、その傍らにいる少女だろうか。
「じゃあ、また来るぜ。……精々頑張れや。可愛い弟子の将来のためだぞ」
そして彼らは工房からぞろぞろと出て行った。残ったのは、グラたちと、老人と少女だけだった。
「あの、ポリス様……今の方々は一体?」
「ああ、ハイドラさんか。よく来たねぇ……」
ハイドラに呼ばれて、老人はゆっくりと顔を上げた。……眼鏡を掛けた皺だらけの顔は、暗く沈んでいた。恐らく普段はもっと明るいのだろうが、先程の男たちのせいか、どうしても落ち込んでいるようだな。
「ハ、ハイドラお姉さん……」
「スルホンちゃんも、大丈夫でしたか?」
そして、少女のほうも顔を上げる。……亜麻色の髪を三つ編みにした、小柄で可憐な少女だ。怯えた様子の中、ハイドラの顔を見て安堵の表情を見せる。見たところハイドラより少し年下という感じだが、彼女が例の子だろうか?
「とりあえず、事情を伺ったほうが宜しいでしょうね」
新たに訪れた町で、またもや一波乱ありそうであった。
◇
「それでは、紹介しますね。こちら、この工房の主でいらっしゃるポリス様と、そのお弟子さんのスルホンちゃんです」
「初めまして、ポリスです」
「あの、その……は、初めまして」
ハイドラの紹介に、ポリスと呼ばれた老人は軽く会釈し、スルホンという少女は遠慮がちに頭を下げた。
「そしてこちらはグラリアクト様とエーテル様です。セルロで色々お世話になって、今はお二人と一緒に旅をしているんです」
「よろしくねー」
「よろしく」
そして今度はグラたちのことを紹介する。……っていうか、ハイドラはちゃんとグラの本名を覚えてたんだな。
「先程は助かったよ。あのタイミングで来てくれなかったら、今頃どうなっていたか」
「それなのですが……先程の方々は?」
そして、話は先程の男たちについて。……彼らはお世辞にもまともそうには見えなかった。少なくとも堅気ではないだろう。
「ああ……実は、ちょっと困ったことになっていてね」
ポリスは事情を話し始めた。と言っても、大したことではない。よくある話だ。
「うちの工房も、近頃は資金繰りが厳しくて……最新の機器を導入するといい仕事はできるが、資金を回収するのが難しいし、そうなると部品を仕入れる金もなくなる。だから、つい手を出してしまったんだ―――キシール金融に」
「キシール金融ですって……!?」
「そ、そんな……!?」
ポリスが出した名前に、エーテルもハイドラも驚きを隠せない。
「なんだよ、そのキシール金融ってのは?」
一方のグラは、その名前に聞き覚えがない模様。世間には疎いのだから仕方ないが。
「悪名高い金貸しです。金利は銀行より安い……と見せかけて、実はぼったくりの悪徳金融です。金利は5%と言ってお金を貸すのですが、実は年利ではなくて月利なのです。実際には年利80%という違法金利で、それを気づかせないように言葉巧みに騙してお金を貸し、執拗な取り立てで追い詰める、非道な輩です」
グラの質問に答えたのはハイドラだ。……キシール金融というのは、それなりに名の知れた金貸しだ。店を営む者ならば一度は聞いたことがあるほどに、その名を王国中に轟かせていた。
「なんでそんな奴らが野放しにされてるんだよ?」
「グラたん……お金って、この世で一番尊いものなのよ?」
「悪い、愚問だった」
当然の疑問を口にするグラだったが、エーテルの言葉ですぐに察した。そんな組織が野放しになっているのも、やはり金だったのだ。……思えばエーテルも、兵士たちの弱みを握って違法な稼業に勤しんでいたな。そんな彼女が言うと、説得力がある。
「ですが、どうしてそのような者たちからお金を……? いくら何でも、キシール金融相手にお金を借りるなど、ポリス様らしくありません」
ハイドラは、ポリスに対してそう問い掛ける。金利云々はともかく、キシール金融が悪徳業者であること自体は有名なのに、どうしてそこから金を借りたのか。
「この歳になると、金融都市ミトコまでお金を借りに行くのも大変でね……それに、少しの間だけ工面できれば後で返せるはずだったんだ」
この国において、銀行は金融都市ミトコに集中している。というか、銀行はこの町にしか支店を置けないという法律がある。スチレからミトコまでは馬車で南下して二日ほどで、途中にセルロを経由すれば多少マシになるものの、移動はかなりの負担だ。これも、キシール金融が蔓延る理由でもある。ミトコが遠い場所では、真っ当な金貸しがいないのだ。……因みに、セルロが商業都市として発展しているのは、ミトコが近いからでもあった。
「それに、スルホンには出来るだけいい環境で勉強してもらいたくてねぇ……この子は久しぶりに取った弟子だし、わしにとっては孫みたいなものだから、可能な限り経験を積ませたかったんだ。……なのに、この子には逆に迷惑を掛けてしまったみたいだ」
「そ、そんな……私のために、ここまでしてもらったのに、迷惑だなんて」
弟子を思う老人の気持ちを、キシール金融は利用した。これも、オガーニ王国に巣食う闇の一つだった。




