近代的工業都市に到着
◇
……翌日。
「あれ? これって……」
宿場町を出発ことになって。エーテルは、町の出口で妙なものを発見した。四つの車輪がついた巨大な直方体のそれは、重低音を轟かせながら、街道の脇に鎮座している。側面には人が通れるほどの穴が開いており、ついている窓から中を窺うと、どうやら人が座れるらしい。
「はい。最近スチレで開発された自動車、その試作機です。今は宿場町とスチレの間で、試験的に運行しているようです」
それに対して、ハイドラが解説してくれた。……工業都市スチレでは、魔法技術を利用した機械がいくつも作られている。この自動車もその一つで、実用化に向けてのテストをしているのだ。
「前回来たときは馬車でそのままスチレに向かったのですが、このバスというものを使えば、ここからスチレまでは二時間ほどで到着するようですよ」
「二時間? 馬車でも半日は掛かるはずなんだろ?」
「やっぱり凄いわね! さすが最新の自動車!」
ハイドラの言葉に、グラもエーテルも驚いている。馬車とは違い、途中で交代させる必要もなく四倍ほどの速度を出せるので、例えセルロからスチレでも半日と掛からないだろう。魔法なので、長時間の運転は運転手の気力が持たなくなるだろうが、その程度の時間なら運用に問題はない。
「これは乗らないわけにはいかないわね!」
「馬鹿言え、そんな金あるかっての」
「いいえグラ様。このバスは馬車に比べて運賃が格段に低いんです」
早速利用しようとするエーテルだが、グラが運賃の心配をする。しかし、ハイドラは車体に貼られた運賃表を示しながらそう言った。……その金額は、馬車の相場の一割ほど。移動手段としては格安だし、この程度の出費ならばそれほど問題にならない。
「どうしてこんなに安いんだよ?」
「馬車とは違って、途中で交代用の馬を用意する必要がないからです。他にも、一度に大勢の人を運べ、移動時間が短いので、コスト面での効率がいいのです」
バスそのものの運用コストに対して、回転率や運搬人数が多いので、料金を抑えられるのだ。なるほど、これならば利用するのに問題はないな。
「ほらほら! 早くしないとおいてくわよ!」
「はしゃぎすぎだ……つーか、いつの間に乗ることになってんだよ?」
「エーテル様らしいと言えばらしいですが」
「全くだ」
完全に乗る気満々なエーテルに、溜息交じりのグラと苦笑するハイドラが続いた。
「わぁー!」
バスはすぐに動き出し、エーテルは目を輝かせながら窓から外を眺める。……こうしているとまるで子供だな。
「意外と揺れないんだな」
「初めて乗りましたが、思って以上に快適です」
グラやハイドラも、乗り心地には満足している模様。何だかんだ言っても、グラたちも珍しい乗り物には興味があったようだ。
「見て見てグラたんっ! 景色が流れていってるわよっ!」
「少しは静かにしろ。周りに迷惑だろ」
本当に子供のように騒ぐエーテルを、グラが窘める。……バスの中には他にも何人か乗客がいて、彼らを微笑ましそうに眺めている。迷惑どころか、よく考えたらかなり恥ずかしい状況ではないだろうか?
「~~~♪」
「全く……」
「ですが、エーテル様の気持ちも分かる気がします。私も、自動車に乗るのは初めてですから」
「まあな」
すっかり上機嫌なエーテルに、グラは溜息を漏らす。だがハイドラは、そんな風に言って、車窓の景色を眺めた。……バスは街道を走っていく。街道は草原を横断するように伸びていて、進むにつれて木々などの障害物も少なくなっていく。広がっていく地平線をゆったりと眺めながらの旅というのも、確かにいいものだろう。エーテルでなくても、心躍るの当然のことだった。
「いい風ね~♪」
開いた窓から吹き込む風が、エーテルの髪を揺らしていく。これも、バスの移動ならではだろう。この辺り、この時間は殆ど風も吹かないからな。
◇
……二時間後。
「あっという間だったわね~」
「ああ。確かに早いな」
「はい。貴重な体験でした」
そうして、バスは無事にスチレへと到着した。スチレの入り口であるゲート前で降りると、彼らは入場手続きに入る。
「わぁ~! ここがスチレなのねっ!」
無事手続きを終え、ゲートを潜ると、そこには近代的な街並みが広がっていた。軽く十階はあるビルディングの群れと、整備された道路を走る沢山の自動車。ここがオガーニ王国の魔法技術を支える工業都市スチレだ。
「建物が高いな……」
「魔法技術の発達によって建築技術も大幅に向上し、高層建築物も次々と建てられていきました。初めて見たときは、建物の天辺を見上げすぎて首を痛めてしまいました」
ビルを見上げるグラに、ハイドラはそんなことを言った。……確かに、ここまでの建築物は、この町を除いてはそうない。王都やセルロでは王城や貴族の屋敷も広大だが、高さではこれらには遠く及ばない。天井が高いとは言っても、王城で精々四階までなのだから、比べるまでもないのだが。
「どこから見て回るか迷うわ~♪」
「でしたら、ギアの工房を見学しますか? 知り合いの工房が近くにあるんです」
「ほんとにっ!? ぜひ紹介してっ!」
ハイドラの申し出に、エーテルは興奮しながら乗っかった。……このまま放置していたら、勝手にいなくなって合流が困難になるだろうし、丁度いいな。
「こちらです」
そんなわけで、ハイドラが二人を先導する形で、彼らは移動を開始した。
「ねーねー、これから行く工房ってどんなところなの?」
「そうですね……工房の主人はとても腕の優れた方です。家の仕事で伺ったのですが、作業は早くて正確精密、知識も豊富で、こちらの要望にもすんなり応えて頂きました」
「根っからの職人って感じ?」
ハイドラの説明に、エーテルはそんな感想を抱いた。
「はい。他にも、最近の機器を沢山導入していて、総合的にかなりのレベルでした。それと、可愛らしいお弟子さんもいらっしゃるんですよ? 私と同じくらいですが、将来有望な技術者です」
「もしかして、女の子なの?」
「ええ。今は専門学校で勉強しながら、工房で働いているようですね」
「そうなんだ。その子とはいいお友達になれそうだわ」
これから向かう工房に興味津々のエーテル。そこでは自分より年下の少女が働いていると聞いて、彼女は工房を楽しみにするのだった。




