性格変貌の過渡期
「最初のきっかけは、確かに助けて頂いたことです。ですが、他にも理由はあります。……グラ様は、私が今まで出会った殿方の中でも、特に頼もしいお方です」
ハイドラは、グラへ思いを言葉にしていく。彼女はとても真剣で、そこに嘘偽りなど存在しなかった。
「この方であれば、どのような状況に陥ろうとも、必ず守ってくださる―――そう確信できたからこそ、私はグラ様をお慕いするに至りました」
「……守ってもらえるから、惚れたってこと?」
ハイドラの言葉に、エーテルは冷ややかな目線を向けた。……自分を守ってくれるから惚れるというのは、よくあることではあるが、あまりいい印象を受けなかったのだろう。等価交換に拘る彼女のことだから、余計にだ。
「今でこそ、私は貴族ではなくなりましたが―――貴族の男性は、どこか保身的です。私の婚約者候補の方たちも、例外ではありません。彼らも、勘当された私に手を差し伸べるような真似はしないでしょう。……ですが、グラ様は違いました。貴族としての価値がなくなった私に、一緒に旅をしようと仰ってくださいました。グラ様であれば、例え私がどうなろう、決して見捨てたりはしない。私が見込んだ通りのお方です」
だが、ハイドラの場合は事情が違った。貴族という立場から、その地位を目当てにされることはあっても、個人として愛してもらえることはない。しかし、グラはそんなことお構いなしに、ハイドラのために行動してくれた。それが、彼女にとっては特別なことだったのだ。
「勿論、ただ守られるだけの存在になるつもりはありません。グラ様のためであれば、この身もこの心も捧げる覚悟はあります。グラ様に守られるだけではなく、グラ様を守り、支えることこそ、私の望みです」
「なるほどね……じゃあ、結婚にごたわってるってわけじゃないの?」
「出来ることならば……とは思っています。ですが、最終的に判断するのはグラ様です。グラ様が他の女性を選ばれるのであれば、私は潔く身を引きます。グラ様にご迷惑はお掛けできませんから」
献身的に、グラのために生きる。その思いを語るハイドラは、視線が真っ直ぐで、嘘を吐いている様子は微塵もない。……まあ、これも打算なのだと疑うことはできるが、そんなことをしていてはきりがない。
「分かったわ。……確かにハイドラは、グラたんのためを思ってる。だったら、私もちゃんと協力しないとね」
「協力、ですか……?」
「うん。ハイドラがちゃんとグラたんと結婚できるように、ね。元々そういう約束だったし」
ハイドラの本心を聞いて、エーテルも納得できた。そして彼女たちは、グラのことを話し合う。
「あ、でも、グラたんの童貞は私のものだからね。それと、夜は必ず私も一緒に。これ、絶対条件ね」
「……エーテル様。そのようなことを仰るから、グラ様に袖にされるのでは?」
エーテルの要望に、ハイドラは溜息交じりにそう答えた。……今までの彼女ならば今の台詞をほぼ理解できなかっただろうが、エーテルと付き合う内になんとなく―――雰囲気程度ではあるが―――内容が分かるようになってしまった。グラが聞いたら残念がるだろうな。
「ハイドラ、そういうこと言わないの。これが私の持ち味じゃない」
「もういいです……エーテル様は一生このままなのでしょう」
だが、全く反省しない彼女に、ハイドラの溜息は増量中。
「じゃあ、早速グラたんの部屋に夜這いを―――」
「エーテル様」
そしていつも通りに行動しようとするエーテルを、ハイドラが遮った。
「私はグラ様から、エーテル様の仰ることはまともに聞かないようにと言いつけられています。まして、殿方のお部屋に侵入するようなはしたない真似は許容できません。そもそも、グラ様にはエーテル様のお守りを命じられていますから」
「……ハイドラ、なんか性格変わってない?」
いつになく強気なハイドラに、エーテルはそんな疑問を抱く。……確かに、以前の彼女はここまでエーテルに対して厳しく当たることはなかった。単純に付き合いが長くなって、扱いがぞんざいになった、というわけでもないようだが。
「そうでしょうか? 確かに、貴族という身分から解放されて、若干ハイになっているという自覚はありますが」
「それよっ!」
そして、その理由も判明した。……貴族であるということは、彼女にとっては相当の負担だったようだな。
「あのねハイドラ、あなたに足らないのは、羽目の外し方よ」
「羽目の外し方、ですか?」
例え貴族でなくなっても、未だに真面目なハイドラに、エーテルはそんな結論を下した。
「そ。人間、たまには羽目を外さないと、心が持たないのよ。だから、ハイドラもたまには真面目モードをお休みしなさい。貴族じゃなくなったんだし、それくらい許容範囲よ」
「で、ですが、どうすれば良いのですか……?」
「そんなの決まってるじゃない―――ハメるのよ。羽目だけに」
「……」
ドヤ顔を決めるエーテルに、ハイドラは冷めた瞳で、何度目になるか分からない溜息を漏らす。
「ちょ、そんなに白けることないでしょ……!? 私、結構うまいこと言ったわよね……!?」
「エーテル様、私、そろそろ寝ますね」
「冷たい……! 完全無視してベッドに入ろうとしてるし……! ―――いいわよ。ハイドラがその気なら、私一人だけで夜這いしてやるんだからっ!」
エーテルを放置したまま、ハイドラは就寝支度を整え始める。そんな彼女に、エーテルはそんな叫び声を上げた。
「もう止めても無駄のようですし構いませんが……グラ様は相当お怒りになると思いますよ? あの木刀で殴打されても構わないと仰るのでしたら構いませんが」
「……ハイドラ。あなたはもっと空気を読んだほうがいいわ。そんなこと言われたら萎えるじゃない」
「はて、空気を読んだつもりだったのですが」
ハイドラの忠告に、エーテルは冷や汗を流す。……実を言うと、彼女は既に、グラの木刀をその身に受けている。当然グラは手加減したが、脳天をかち割らんばかりの衝撃に、エーテルは目を回したものだ。
「っていうか、だからこそハイドラも一緒に来てよっ……! ハイドラも共犯なら、グラたんも手を上げるなんてしないでしょっ……!」
「おやすみなさい、エーテル様」
「ちょ、もうベッドに入ってるし……!」
そして、寝巻に着替えたハイドラは、そのままベッドに潜り込んでしまった。……っていうか、命に代えてでも阻止するんじゃないのかよ? 完全に面倒臭くなってるぞこの子。
「……いいわ。私一人で行ってやるわよっ……! 仲間外れにされたからって、後で文句言わないで頂戴ね……!」
故にエーテルは、前言通り、一人で部屋を飛び出すのだった。
「……そういうところですのに」
エーテルが去って。ハイドラはベッドの中でそう呟く。……その三十分後、グラに追い返されたエーテルが戻ってくるのだが、案の定と言う他なかった。




