正統派清純ヒロイン改め正統派清純アザトートヒロイン
「ハイドラ」
別れを告げようとするハイドラに対して、グラは遮るように名前を呼んだ。
「お前は、お前が思うほど臆病でも卑怯でもない。誘拐犯のところへ乗り込んだり、格上の貴族を糾弾したお前は、とても勇気がある、強い女性だ」
自らを蔑んでいたハイドラに、グラは肯定の言葉を掛ける。
「ハイドラは芯が強い、清廉な人間だ。もっと自分に誇りを持っていい。……今回の事件を解決できたのは、お前の真摯な思い故だ。俺が保証する」
「グラ様……」
グラの言葉に、ハイドラは顔を上げる。……利用していたはずの相手からそう言われて、彼女の肩が軽くなっていく。余計な罪悪感を背負う必要はないのだと、グラが教えてくれたのだ。
「ハイドラ、俺たちと一緒に来ないか? お前がいてくれると色々と助かる。……主に、エーテルの暴走を止める係として」
「ちょっとグラたん、それ酷くない? ……まあ、ハイドラに来て欲しいってのには同意だけどね。私も同性の友達が欲しかったし」
そして、ハイドラへと手を差し伸べる二人。彼女を仲間と認め、同行を希望しているのだ。
「グラ様、エーテル様……分かりました。不束者ですが、どうか宜しくお願いします」
「ああ。是非とも」
「ええ。こちらこそ、よろしくね」
こうして、ハイドラも共に旅することとなったのだった。……雰囲気壊すようだけど、ハイドラってやっぱチョロい?
◇
……翌朝。
「準備はいいか?」
「ええ」
「はい」
エタール邸の門前で、グラ、エーテル、ハイドラの三人が集まっていた。これから旅立つのだ。
「ハイドラ、挨拶回りとかはしなくていいのか?」
「はい……使用人の方々には挨拶を済ませました。商人の方々に挨拶できないのは心残りですが、挨拶回りするほど時間もありませんし……」
「あー、ハイドラの交友関係、広そうだしね……」
ハイドラの言葉に、エーテルが苦笑しながら頷いた。……ハイドラは市場に頻繁に顔を出している。故に、恐らくはエタール家管轄の市場にいる商人とは、全員知り合いなのだろう。となれば、さすがに全員に挨拶回りはできまい。
「まあ、その辺はあの子爵殿がなんとかするだろ。自分で勘当したんだ、後始末くらいはちゃんとするさ」
「そうよね。だから、ハイドラは気にしなくていいわ」
「はい……お二人がそう仰るのでしたら、そう思っておきます」
二人に言われて、ハイドラはそう自分を納得させた。これで、心残りもなくなったな。
「んじゃあ、行くか」
「よしっ、次はスチレに行くわよ!」
「工業都市スチレですか?」
「ええ。ギアに関してはスチレが一番だもの」
次の目標は工業都市スチレ。セルロの北に位置する、魔製機構の技術が進んだ町だ。魔製機構技師を目指すエーテルにとって、この町はとても魅力的だった。
「スチレであれば、何度か足を運んだことがありますから、ご案内出来ると思います」
「それは頼もしいわね」
「はい。それではまず、セルロの外にある馬車乗り場まで行きましょう。馬車を使えば一日で到着しますから」
「うっ……馬車はちょっとお金が掛かりそうよね」
馬車と聞いて、エーテルが表情を引き攣らせた。……馬車での旅は楽で安全だが、費用が高いというのが欠点だ。
「そうですか? 大した額ではないと思いますけど」
「ハイドラ……これから先、貴族の金銭感覚は捨てないと、あっという間に破産するぞ。お前はもうただの庶民なんだから、少しは節約をしろ。徒歩での移動は多少きついと思うが、体力作りだと思って諦めてくれ」
「グラ様がそう仰るのでしたら」
「待ってハイドラ! 私の分も出してくれるならむしろ大歓迎よ! ディアマイウォレット!」
「卑しいぞエーテル」
彼らはそうして賑やかに、セルロを発つのだった。
「……彼らは旅立ったか」
そんなグラたちを、遠くから眺めている人物がいた。……グラたちと戦った男、キレートだ。
「まさか、こんなところで目的の者たちが見つかるとはな……これは僥倖だ」
キレートにこうして見られていることも、目をつけられていることも、グラたちは知る由もない。
「さて、今後も巫女を探し出してくれるのだろうか……今後の活躍に期待、という奴だな」
そうして、キレートは人知れず姿を消す。……恐らくはまた、どこかの町で波乱を起こすのだろうが、それはまた別の話だ。
◇
……セルロを出て。
「ちぇー。折角ハイドラのお金で楽できると思ったのに。グラたんのケチ」
「それでいいと思ってるのかよ?」
「だって、ハイドラは私の役に立てるし、私は楽できるし、どっちにとっても悪い話じゃないでしょ?」
「一方的にお前の一人勝ちだろ」
街道を歩き始めて。またも徒歩の旅となって不貞腐れるエーテルと、彼女を窘めるグラ。……エーテルが言いたいのは、ハイドラが自分の役に立つことで、彼女も喜ぶということだろう。まあ、例えそうだとしても、詭弁にしか聞こえないが。
「ハイドラだって、私の役に立てたら嬉しいわよね? 有り金全部私にあげるのくらい、本望よね?」
「はぁ……グラ様のお役に立てるのでしたらお財布だけでなくこの身も何もかも喜んで差し出しますが、エーテル様のためにそこまでは出来かねます」
「うっ……ハイドラ、ちょっとチョロすぎるわよ? いくらグラたんがハイドラに甘いからって、そんな簡単に堕ちたらチョロインまっしぐらよ。っていうか最早あざとい! そうやってればグラたんがデレてくれると思ってるんでしょ!?」
「今のは遠回しにお前をディスったんだって気づけ」
さすがのハイドラも、エーテルの言葉が無茶だと分かっている模様。……しかしながら、エーテルの言ったことも間違っていないような気がして怖い。
「エーテル様。私はエーテル様のことを尊敬しています。私よりも世間慣れしていらして、頼もしいお方だと思っています。……ですが、グラ様を困らせたり、それ以前に非常識な言動には、厳正に対処せざるを得ません」
「あ、上げて落とすとか、高等テクニック披露してるんじゃないわよ……」
凛としたハイドラの態度に、エーテルもたじたじだ。「グラ>ハイドラ>エーテル>グラ」というパワーバランスが形成されつつあるな。
「そういうわけだ。運動だと思って諦めろ」
「んもぅ……夜の運動なら大歓迎なんだけどなぁ」
「夜?」
「ハイドラ、突っ込まなくていいぞ」
エーテルの発言に首を傾げるハイドラだが、今その話をされて面倒なことになっても困る。グラはそう思い、彼女を止めた。……下ネタに関しては「グラ>エーテル>ハイドラ」という感じだな。




