頑張ったから罰ゲームね
「ふざけないでください……!」
ペンタルー侯爵とイソル伯爵の言葉に、ハイドラが声を荒げた。
「私たち貴族は、人々のために働くことで、その地位が約束されています。それを、そのような卑劣な者と関わり、そのようなことをさせるなど、言語道断ですっ……!」
彼女の胸の内にあるのは、怒りだった。大切な町で非道な行いを働く者がいる、というだけでも許せない。まして、彼らは町を守りより良いほうへ導かなければならない立場なのだ。にも拘らず、彼らは自分たちの立場も弁えず、卑劣な行いに手を染めた。そんな二人を、ハイドラが許す道理などなかった。
「ハイドラの言う通りです、お二人とも」
そんな彼女の言葉を、フタレイ子爵が引き継いだ。
「お二人は貴族として相応しくありません。本来であれば、お家取り潰しの処分も見えるほどの大きな失態です。貴族の権威を地に落としたその行いは、お二人の身をもって償って頂きたい」
「……ああ」
「そうする他ないだろうな……」
こうして、セルロで起こった連続誘拐事件は、一応の決着を迎えるのだった。
◇
……その日の夜。
「……ようやく、終わりました」
「ああ、そうだな」
「ほんと、色々あったわよね」
月明かりに照らされた薔薇園にて。グラとエーテル、ハイドラの三人は、この薔薇園を散歩していた。……あれから、ペンタルー侯爵とイソル伯爵は兵士たちに引き渡された。さすがに事態が事態なので、無罪放免というわけにもいかず、彼らは厳正に裁かれることとなるだろう。ホルム家とネレート家はそれぞれの息子が後を継ぐ予定だ。事後処理はまだ残るものの、これで解決したと言っていいだろう。
「……グラ様、エーテル様」
ふと、ハイドラが足を止めて、二人に声を掛ける。
「ん?」
「何?」
呼び止められて、グラたちも足を止めて振り返った。そんな二人に、ハイドラは覚悟を決めるように深呼吸した後、こう言った。
「お二人はこれから、どうされるおつもりですか?」
「そうだな……セルロを出て、次の町に行くだろうな。それは間違いない」
ハイドラの問いに、グラはそう答えた。……彼の目的は妹探しだ。この町では特に手掛かりも得られなかったため、次の町へ向かうのは当然のことだろう。
「……グラ様。宜しければ、セルロに残りませんか?」
それを聞いた上で、それでもハイドラはそんなことを言い出した。……エーテルと同じく、彼女もグラに、妹探しを止めるように言ってきたのだ。
「今回の事件は、グラ様のお陰で解決できました。ですから、例の宣言通り―――私は、グラ様に人生を捧げます。どうか、私と一緒に、この町で共に過ごしてください」
「……悪いが、それは出来ない」
ハイドラの、事実上のプロポーズを、グラは断った。
「今回、事件を解決したのは俺じゃない。ハイドラ、お前自身の尽力があってこそだ」
「私自身、ですか……?」
「ああ。お前の、セルロを守りたいって気持ちが、今回の事件を解決に導いたんだ」
ハイドラが出した条件は、「誘拐事件を解決した者と結婚する」というもの。だが、実際に事件を解決したのは、他ならぬハイドラ自身なのだ。故に、自分が結婚するのはおかしい。そう、グラは言った。
「それに、俺とお前では身分が違いすぎる。俺なんかと結婚したら、お前の家にとってはマイナスしかないだろ」
「……っ!」
更には、身分のことまで持ち出してきた。……貴族であるハイドラは、貴族より身分が低い者とは婚姻できない。しようとしても、周囲が全力で阻止するだろう。
「で、ですが、貴族と一般市民の結婚にも前例が―――」
「それは、普通の庶民の場合だろ」
それでも食い下がろうとするハイドラだったが、グラは冷たく突き放した。
「だが、俺は違う。―――俺は、魔神だ」
「……っ!?」
そしてグラは、自分の正体を明かした。……魔神は、この国では人権を与えられていない。故に、ただ一つの例外もなく、魔神は貴族と―――それ以前に全ての国民と結婚できない。
「だから俺は―――」
「ハイドラ、ちょっといいかな?」
グラの言葉を、遮る声が聞こえてきた。薔薇園にはフタレイ子爵がいつの間にか姿を見せていて、ハイドラに声を掛けていたのだ。
「あんた……!」
「ああ、安心していい。別に盗み聞きなんてしていないし、例え聞こえていたとしても、君の素性には興味がないんだ」
自分の正体を聞かれたために警戒するグラだが、フタレイ子爵は言外に見逃すと言ってきた。
「ハイドラ。君は今まで、エタール家のために色々と働いてくれた。いいや、この家だけでなく、この町のためにも尽力してくれた。今回の一件も、その思いによるものだろう。……だからこそ、君には最後の役目を果たしてもらわないといけないんだ」
「最後の役目、ですか……?」
首を傾げるハイドラに、フタレイ子爵はその冷酷な役目とやらを口にした。
「ハイドラ。本日を以って、君を勘当する。今後はエタール家とは一切無関係だ」
「―――」
その宣告の意味を、ハイドラはこれっぼっちも理解できなかった。間抜けな声を上げることもできず、ただ呆然とするしかない。
「ちょ、どういうことよ……!?」
そんな彼女の代わりに声を上げたのはエーテルだ。今にも掴み掛からんばかりの勢いで、フタレイ子爵に詰め寄ろうとする。
「エーテル、待て」
「離してグラたん……! こんなの、絶対におかしいじゃない……!」
そしてグラは、彼女の肩を掴んで止めた。だが、エーテルは全く納得がいってない様子。それも当然だ。事件解決の立役者を追い出すなど、普通では考えられない。
「ハイドラ。君は今回、とんでもないことをしでかした。あろうことか、ホルム家とネレート家を告発して、貴族の権威を地に落としたんだ。それも、相手は侯爵家と伯爵家。どちらも、うちより格上だ。そんな彼らを告発したのは、貴族社会に対する反逆そのものだ。このままだと、エタール家にも何らかの処分が下るだろう。その前に、君に処分を下す、というわけだ」
それは、貴族社会特有の事情だった。未だに封建制の色が強いこの国の貴族は、上下関係を重んじる傾向にある。いかに相手に非があろうとも、格上の家を貶めるような真似は忌避されるのだ。
「君を勘当することで、エタール家は今回の件でのけじめをつける。だから君は、貴族ではなく、普通の市民として生きるといい」
「……分かり、ました」
「ハイドラ……!?」
この理不尽ともいえる仕打ちを、ハイドラは大人しく受け入れた。……町のため、全力で悪を裁いたはずの少女。そんな彼女は、家のためと言われれば、自分が追い出されることも厭わないほどにまで、自分の家と町を大切にしていたのだった。




