言い逃れしないだけ大人だと思うのよ
◇
……一時間後。
「何とか終わったわね……」
キレートに逃亡された後。エーテルは溜息混じりにそう呟いた。……あれから倒れていた不良たちを縛り上げ、兵士に通報したのだ。さすがに現行犯ということで、兵士たちも真面目に対応するしかなかった。
「いや、まだ終わっていないぞ」
けれども、これで全て解決したわけではない。……観光客を攫っていたのはキレートの都合であることこそ疑いのないものだ。しかし彼の証言から、貴族令嬢が攫われたのはネレート伯爵家、ホルム侯爵家の思惑であることが確定事項となったのだ。となれば、今度はそちらのほうを解決しなければならない。
「はい……これからが、正念場です」
そして、それが出来るのはハイドラだけだ。……兵士にもキレートの証言は伝えたものの、それについては信憑性なし―――ハイドラがではなく、証言をしたキレートが―――ということで、取り合ってもらえなかった。恐らくは両家の圧力を気にしたのだろう。となれば、ハイドラ自身が両家を糾弾するしかない。
「ハイドラ。俺に出来るのはここまでだ。……後は、お前にしか出来ない」
「はい……私が、エタール家の者として、責務を果たします」
グラに言われて、ハイドラは決意を新たにする。……自身も貴族とはいえ、相手は格上で、しかも自分と縁談のある家だ。そんな両家を糾弾するのは、口で言うほど簡単ではない。それでも彼女はやろうと言うのだ。
「……行きましょう」
「ああ」
「ええ」
そうして彼らは行動を起こす。本当の意味で、事件を終わらせるために。
◇
……翌日。
「……全く。どういうことなんだ」
エタール邸にて。この屋敷にある広い客間に、四人の貴族が集められていた。その一人であるイソル・ネレート・セルロ伯爵が、小さな声でそう漏らした。
「? 何をそこまで案じてらっしゃるのですか、父上?」
そんな彼にそう言うのは、その隣に座る、イソル伯爵の息子、ブロモ・ネレート・セルロだ。亜麻色の髪を持った少年で、上品なスーツをしっかりと着こなしている。……彼は、ハイドラの婚約者候補の一人だった。
「大方、例の件についてだろう。……もしかすると、ハイドラ嬢の気が変わったのやも知れんぞ」
イソル伯爵の対面には、ペンタルー・ホルム・セルロ侯爵が腰掛けていた。彼もここに呼ばれたのだ。
「お言葉ですが、父上。ハイドラさんはとても芯の強い方です。一度自分が口にした言葉をそう易々と撤回するとは思えないのですが」
ペンタルー侯爵の隣にいるのは、彼の息子であるメチリ・ホルム・セルロ。銀髪の青年で、彼もハイドラの婚約者候補だ。……今この部屋には、ハイドラの婚約者とその父親が集められている。そうなれば、ペンタルー侯爵のように、婚約の件についてだと思うのは至極当然だ。
「お待たせしました」
その直後、客間に入ってきたのは屋敷の主、フタレイ子爵だ。その後ろに、ハイドラ、グラ、エーテルも続く。
「フタレイ君、これはどういうことだね?」
「それについては、ハイドラのほうから説明させて頂きます」
やって来たフタレイ子爵に、ペンタルー侯爵がそう尋ねた。するとフタレイ子爵は、その説明を娘に譲った。ハイドラは一歩前に出ると、一礼した後、話を始める。
「皆様、本日お呼び立てしたのは他でもありません。このセルロで起こっていた異変―――誘拐事件の顛末についてです」
ハイドラの言葉に、彼らは息を飲んだ。……これはつまり、誘拐事件が既に解決したということを意味していた。特にペンタルー侯爵とイソル伯爵は、ハイドラの宣言と後ろめたいことをしているのもあって、気が気ではなかった。
「私は昨日、誘拐犯に遭遇しました。そして、首謀者こそ逃したものの、実行犯を捕らえました。更には、興味深い事実が判明しました。―――攫われた者のうち、三名の男爵令嬢を拉致したのは、ネレート家とホルム家、両家の意向によるものだと」
「なっ……!?」
「何を馬鹿なことを……!?」
ハイドラの報告に、声を上げたのはブロモとメチリの二人。ペンタルー侯爵とイソル伯爵は、ある程度この状況を予測していたのか、うろたえる様子はなかった。
「そしてその三名が、ネレート家とホルム家の敷地内で目撃されています。誠に残念なことですが、この証言の信憑性は高いと思われます」
「父上……! そのようなことは断じてないと、はっきり仰ってください……!」
「そうです父上……! ホルム家の名にかけて、そのような非道な真似は決してしていないと断言するのです……!」
続く説明に、二人の若き貴族は、父親にも潔白を主張させようとしていた。尤も、その時点で自分たちの不利を認めているようなものだが。
「……そろそろ潮時か」
「そのようだな。これでは最早、我らが悲願を成就させることは叶わぬだろう」
一方の父親二人は、妙に潔いことを口にしていた。……もう、誤魔化しは効かないと悟ったのだろう。今のハイドラは、表情を引き締め、まさに真剣そのものだ。その気迫を前にして、徒にはぐらかすのは自分たちへの心証を悪くするだけだと察したのかもしれない。
「……認めよう。確かに、キレートという男に男爵令嬢の拉致を依頼していた」
「右に同じくだ」
「ち、父上……!?」
「そ、そんな……!?」
そうして、ペンタルー侯爵とイソル伯爵は、自らの罪を認めた。息子たちの反応を見るに、彼らは何も知らされていなかったのだろう。
「何故、そのようなことを?」
罪の告白を受けて、ハイドラはそう尋ねた。すると、イソル伯爵が口を開いた。
「ある日、キレートという男から接触があったんだ。……どんな非合法な仕事でも請け負うと言われて、私は試しに、コズア男爵家のユリア・コズア嬢を依頼してみた。コズア男爵は最近、市場の管理についていちゃもんをつけてきた。市場の商人たちを煽って、ネレート家に払う税金を減額させようとしてきたのだ。他にも目に余る行為が目立ったため、彼を黙らせるために、指名した」
「こちらも似たような事情だ。……本当にどんな仕事でも引き受けるというのならば、何かしら問題が生じた際に役立つと思ってな。腕前を確かめるついでに、パイプを作っておいて損はないと思ったのだ」
要するに、自分たちに都合の良い手駒が欲しかったのだ。それ故に、そのような誘いに乗ってしまったのだろう。




