キレるお嬢様
「はっ……!」
手近な不良に狙いを定め、木刀を振るうグラ。不良は悲鳴を上げることもなく、体を折って崩れ落ちる……が、即座に起き上がってきた。まるで映像を逆再生したかのようだ。
「……今のを受けて立ち上がってくるとか、どうなってるんだよ?」
「あいつの魔法よ……スペルコマンドは人形を操る魔法だけど、やろうと思えば人間も操れるわ」
「つまり、文字通り操り人形ってわけか」
スペルコマンドは、人形劇や大道芸などで用いられる魔法だ。しかし、意識のない人間の体を操作することも出来る。意識があれば人間側に主導権があるため、魔法による外部操作は出来なくなるのだが。
「で、では……」
「ええ。何度攻撃しても、例え骨が折れて、内臓が破裂して、最悪死んだとしても、魔法が有効なら何度でも蘇るわ。対処するには、魔法自体を止めるか、操られた人の体を―――」
「真っ二つにするしかない、ってことか」
スペルコマンドで操れるのは、人の形をしたものだけ。つまり、体を切断すれば魔法は止まる。無論、そんな真似は極力避けたいし、そもそもグラの木刀ではそんなことは出来ない。
「とはいえ、こいつらをどうにかしないと、あいつのところまでは行けないからな……」
ならば必然的に術者を狙うしかないのだが、操られた不良たちが肉壁となって彼の進攻を阻む。……壁をどうにかするには本陣を攻撃するしかない、という矛盾した状況だ。
「きゃっ……!」
「ったく……!」
そして、不良たちはエーテルやハイドラにも手を伸ばしてくる。グラがその手を振り払うが、周囲を囲まれてしまった以上、いずれは数の暴力で制圧されてしまうだろう。
「この数を一度に操るとか、どんな腕してるのよ……!?」
不良たちの数は十数人ほど。通常、スペルコマンドで操れる人形の数は三体が限界だ。それよりも沢山の数を、しかもより大型である人間を操るのだから、キレートの実力は相当なものだ。普通ならば、まともに制御することも出来ないだろう。
「らぁっ……!」
グラは不良たちを押し飛ばした。ダメージを与えるよりも距離を取ることを優先した攻撃で、この魔法に対抗しようとしているのだ。
「くっ……!」
だが、不良たちは飛ばされても起き上がってくる。動きこそ緩慢だが、一人を飛ばす間に他の一人が再び襲い掛かってくるので、これではきりがない。
「埒が明かないわね……隠形」
見かねたエーテルが隠形を使い、姿を消してキレートの元へと向かおうとする。……が、不良のうち何名かが、何もない場所へと手を伸ばし始めた。
「エーテル……!」
それを見たグラは、すぐに状況を察して不良たちを薙ぎ払った。すると、そこにエーテルが姿を見せる。
「あちゃ~……まさか、隠形を見破ってくるなんてね」
エーテルの言葉は軽いものの、表情は険しい。……隠形で姿や気配を消しても、魔法自体には気配が残る。それをキレートに察知されたのだろう。だとしても、ここまで的確に彼女を探し当てるのは相当難しいはずなのだが。
「くそっ……このままだとジリ貧だな」
自分たちの圧倒的劣勢を悟っても、どうにもならない。グラはただひたすらに、不良たちを払い除けることしか出来なかった。
「……私は、何をしているのでしょうか?」
不良たちに囲まれ、ハイドラは小さくそんな言葉を漏らす。……グラは不良たちから自分を守ろうとしているし、同じく守られているはずのエーテルも、状況を打破しようと行動している。けれども、自分は何もせず、ただ守られるだけだ。自分から志願して同行したのに、ただの足手纏いにしかならないなど、何のためにここまでやって来たのか分からない。
「グラ様も、エーテル様も戦っていらっしゃるのに、私は、ただ守られるだけだなんて……」
無理を承知でここまで来たのは、自分のために他人を危険な目に遭わせることを忌避したから。故にせめて、自分も作戦に参加することにしたのだ。……だが、実際には何も出来ていない。これでは、自己満足のために、彼らに余計な負担を強いていると言われても仕方がない。事実、その通りなのだから。
「……私も、戦わなければ」
ならば、自分も役に立たなければならない。これは他でもない、自分のための戦いなのだから。最初こそ彼らを頼ったが、それだけでは駄目だと思ったのではないか。幸いにも、今のハイドラには戦う手段も力もあった。魔法は得意だし、父親からはそのための魔法も渡されている。であるならば、必要なのは覚悟だけだ。
「……すぅ」
まずは小さく深呼吸。そしてギアを取り出し、カートリッジを取り替える。後はただ、魔法を発動させるだけでいい。
「……」
顔を上げ、視線を前に。目標は、襲い掛かってくる不良たちではない。彼らはただ利用されているだけだ。例え最初は自ら悪事に手を染めたのだとしても、その償いとこの一撃は関係ない。既にグラから手痛い攻撃を何度も受けているし。であれば、狙う相手は自ずと決まってくる。
「……あなたの目的は分かりませんが、あなたはこの町に仇なす方のようですね」
目を向けるのは、一人悠然と高みの見物を決め込んでいる男―――キレートだ。自分を狙うだけならまだしも、彼には観光客を襲った嫌疑が掛かっている。それについてもちゃんと追及しなければならないが、少なくともその疑惑は真実だろう。この非道な行いだけでも、それを確信できる。……彼女にしてはぶっ飛んだ思考なのだが、非常時であることと、町に損害を与えられたことで、考え方が物騒なほうへ向いてしまっているのだ。
「……すぅ」
そしてもう一度深呼吸。迷いは消え、ギアを握る手に力が篭る。そのままギアに集中して、魔法を発動させた。
「……オロチッ!」
魔法が起動し、ハイドラの前方に水の塊が出現する。水の塊は八つの触手を生やして、そのそれぞれが蛇のようにうねうねと漂っていた。
「ハイドラ、それって……!」
それを見て、エーテルはすぐに気がついた。……この魔法は、フタレイ子爵が娘のために作ったものだ。エーテルもそのシミュレートに協力していたから、すぐに分かったのだ。
「……私は、あなたを許しません」
「……っ!」
ハイドラの口から漏れた声に、エーテルは背筋が震えた。……彼女の言葉は、キレートに向けられたものだろう。だが、そうと分かっていても、聞く者を震え上がらせる迫力が、彼女の声にはあった。
「お覚悟は、宜しいですね?」
ハイドラが見せるのは、場違いな程に輝かしい微笑みで。故にエーテルも、グラですらも、戦慄せざるを得なかった。




