将来のこととか
……その頃、グラとエーテルは。
「ふぅ……あ゛~づがれ゛だ~」
客室のベッドに寝転がり、女の子らしからぬ声を上げるエーテル。余程疲労が溜まっているのだろう。
「グラた~ん、お尻揉んでぇ~」
「ふざけるな」
「胸も揉んでいいからぁ~」
「蹴るぞ」
「ちぇー……」
マッサージを要求するエーテルだったが、グラは一蹴してしまう。
「大体、何でそんなに疲れてるんだよ?」
「だって、隠形を維持した状態で、ずっとハイドラの傍にいたのよ? おまけに、相手は魔法研究もしてる貴族様じゃない。姿や気配は消えてても、魔法の気配を察知されると面倒だから、その辺にも気を配らないといけないし。それって結構疲れるものなのよ」
彼女が使う隠形の魔法は高い隠密性を誇るものの、その分弱点も多い。まず、発動と維持にそれなりの精神力を消費するということ。更には、使用者本人の気配は消せても、魔法自体の気配は残ってしまうので、分かる者には分かってしまうということ。魔法研究をしている者ならば、魔法の気配に敏感である可能性が高いので、察知されてしまう危険性も高かった。ただ姿を消すだけならば彼女にとって造作もないことなのだが、気配を完全に消すために出力調整をするのは容易でないのだ。
「あーあ、こんなに私が苦労してるのに、グラたんはご褒美の一つもくれないなんて、もうやる気なくなるなぁ~」
「知るか」
スカートをチラチラ捲りながらそう言うエーテルを、グラは一蹴した。そして、もう話す気はないと、部屋を出て行こうとする。
「グラたん」
だが、そんな彼をエーテルが呼び止めた。
「この事件を解決したら、妹探しなんて止めて、ハイドラと結婚したら?」
エーテルが口にしたのは、これからのこと。妹のことは忘れ、これからの人生を生きろと言っているのだ。
「ハイドラは、事件を解決した人と結婚するって言ってた。だから、グラたんが解決すれば、グラたんがハイドラと結婚できる。そしたら、ハイドラのお婿さんとして幸せに暮らせばいいじゃない。私も愛人枠で転がり込むし。それで―――」
「出来ない相談だな」
彼女の言葉を、グラは途中で遮った。
「……それは、どうしても妹を諦められないってこと?」
「それもある。だが、それだけじゃない。―――ハイドラに、俺は相応しくないだろ?」
グラが言っているのは、身分の話だ。ハイドラは子爵令嬢で、グラは魔神。その差は論じるまでもない。いくらハイドラがあんな条件を出したところで、それが通るような立場ではないのだ。
「そんなこと、気にしなくてもいいと思うけど」
「俺が気にしなくても、周囲が黙ってないだろ。貴族と平民の違いが大きな壁だってことくらい、俺だって知ってる。まして、俺とハイドラでは、その比じゃないだろ。そんな周りの重圧から、ハイドラを守れる自信はない」
いかにグラが世間知らずとはいえ、書物などで最低限の知識は有している。勿論、貴族と平民の間では、恋愛など到底不可能なことも重々承知だ。まして、魔神と貴族など、周囲が全力で阻止してくるだろう。だからこそ、彼はハイドラと結婚するつもりはないと言っているのだ。
「その辺もちゃんと考えてるのね……でも、やっぱりグラたんはどこかに落ち着いたほうがいいわよ。個人的には工業都市スチレとかいいと思うんだけど。仕事には困らないだろうし、二人で工房を開くっていうのもありだと思うのよ」
「それも断る。……俺は、ナッタを諦められんよ」
妹を探す。その意思は固く、彼のことを慮るエーテルも、説得は諦めるしかなかった。
「じゃあ……全部終わったら、ハイドラには自分で言うのよ。彼女、絶対に泣くと思うから、覚悟してよね」
「分かってるさ。……というか、お前のときもさよならしたかったんだがな。勝手にここまでついて来やがって」
「いいじゃない。私は別に、家が宿屋ってだけで、身軽な身分だし。ハイドラとは違うのよ」
話が終わり、無言になる二人。その静寂は、ハイドラがやって来るまで続いたのだった。
◇
……夜。
「とりあえず、早く事件を解決しないとね。もしも両家が黒幕なら、犯人をでっち上げるくらいはしてきそうだし、急いだほうがいいかも」
客室にて。エーテルの提案で、今後の方針を話し合っていた。
「とはいえ、手掛かりがな……エーテル、何か分かったか?」
「うーん。精々、索敵魔法の網が厳重なことくらいで、他には何もないわね……」
両家を探るために、態々口実を作ってまで屋敷に入ったものの、これといった手掛かりは得られなかった。そもそも自由に動き回れたわけではないし、それほど期待していたわけでもないのだから仕方ないが。
「でも、この事件って、繋がってはいるけど別々なんじゃないの?」
「どういうことですか?」
エーテルが立てた仮説に、ハイドラが疑問の声を上げた。エーテルは言う。
「多分、行方不明の貴族と、攫われた観光客の件は、それぞれ別の犯人がいるはずよ。それか、どっちかの犯人にもう一方が依頼してるだけとか。つまり、首謀者が別っことね。貴族のほうは解放していないのに、観光客のほうはすぐに解放しているし、そもそも観光客と貴族とでは攫った目的が違うんじゃないかしら?」
実際には、キレートという男の存在を知っているからこそそう思い至ったのだが、ハイドラには伏せているので言わないでおいた。……男爵令嬢たちは所在が分かっていて、それはキレートとは関係ないだろうと踏んだからこその仮説である。
「その場合、まずはどちらから手をつけるべきかだな。ホルム家かネレート家に乗り込んで攫われた貴族を助け出せば、観光客の件も何か掴めるかも知れない」
「けど、貴族様がアングラと繋がってる場合って、誰かに悟られないように秘密裏に接触するはずよね。そうなると、最悪相手の所在を把握していないことも考えられるわ。下手に騒ぎを起こすと、逃げられる可能性があるし」
「となれば、観光客のほうから手をつけるか……だが、情報が少なすぎるんだよな」
キレートの正体については、王都のときから分かっていない。王国の伝説に詳しく、魔神の花嫁を再現しようと企んでいる、くらいの情報しかない。これだけでは、捕まえるのは到底無理だ。
「一応、手がないわけじゃないんだけどね」
「どんな手だよ?」
それでも、エーテルは手立てを用意していた。その内容を、グラとハイドラに話す。
「……それ、大丈夫なのか?」
「ハイドラが協力してくれたら、割といけると思うわよ。後はグラたんが来てくれれば、二人で制圧するだけでいいし」
「簡単に言ってくれるな……お前、自分がどれだけ危険な目に遭うか分かってて言ってるんだろうな?」
「そうですっ……! エーテル様に、そのような危険な真似は―――」
「大丈夫よ」
グラたちの懸念に、エーテルは笑顔でそう答えた。
「私なら、大抵のことは切り抜けられるわ。だから安心して頂戴。寧ろ、グラたんがちゃんとフォローしてくれるかのほうが心配よ」
そう言って、エーテルは自分の案をごり押ししたのだった。




