これ、男女逆だと絶対に許されないよな
◇
……ネレート家を後にして。
「そんなことがあったのか……」
ネレート伯爵家からホルム侯爵家へ向かう途中、グラはエーテルから報告を受けていた。……町の異変を解決した者と結婚するというハイドラの宣言は、それだけで波乱を呼びかねなかった。正式な取り決めではないものの、彼女の心を射止めれば縁談はスムーズに進むだろうし、ハイドラを狙う貴族たちにとってはかなり重要だ。
「あのときのハイドラ、かっこよかったわよ」
「そ、そんなことは……ですが、これからホルム侯爵家の方たちにも同様の宣言をしなければなりませんし、帰ったらお父様にも報告しなければ……それに、そもそもの目的を忘れてしまいました。申し訳ありません」
言ってしまったことの後始末を考えて、ハイドラは溜息混じりにそう漏らした。……こんなことをネレート家に対して言ってしまった以上、ホルム家にも同様のことを通知しなければならない。そして、彼女の縁談を進めているフタレイ子爵にも知らせる必要がある。どちらにしても、ハイドラが気を重くするのは当然だろう。
「まあ、あの状況で出来ることなんて限られてたし。でも、あの宣言って……要するに、事件を解決したら、誰が相手でも結婚するってことでしょ? つまり、グラたんが解決すれば、ハイドラはグラたんの嫁ってことよね?」
「あ、あの、それは……!」
だが、エーテルが放った何気ない台詞で、ハイドラは慌て始めた。……確かに、あれはそういう意味にも取れるな。
「馬鹿言え。俺みたいな奴が、ハイドラみたいな貴族と釣り合うかよ」
けれども、当のグラは全く意に介さない。事実、平民どころか国民扱いすらされていない魔神では、貴族令嬢との婚姻など不可能だろう。世間体以前に、法律上出来ないのだ。
「そんなことはありません……! グラ様はとても素敵な方ですっ! 寧ろ、釣り合わないのは私のほうです……私自身には、何もありませんから。勉学もあまり得意ではありませんし、家事も苦手で……唯一取り柄と言える家柄も、セルロの名を持つとはいえ、子爵です。それに、それは私自身のものではありません……どう考えても、グラ様には―――」
「ハイドラ」
グラを持ち上げだして、かと思えば自分をディスり始めたハイドラ。そんな彼女を、グラが遮った。
「そう自分を卑下しなくていい。お前はよくやっているさ。この町のため、身を粉にして働いているだろ。それは十分、お前の美点だ。俺は凄いと思うぞ」
「グラ様―――そう仰って頂けて、光栄です。身に余るお言葉です」
「そんなことはないさ。ハイドラ、お前と一緒なら、この事件は解決できるはずだ」
「はいっ! この町の異変、必ず解決しましょう」
いつの間にか両者の歩みは止まり、向かい合って言葉と視線を交わす。それはまるで、恋人たちが愛を囁き合うかのようだった。……っていうか、どうして唐突にこうなったし。グラとしては、ただ単純に本心を告げているだけなのだろうが。
「……二人とも良い雰囲気なのはいいけど、やっぱり解せないわね」
「何の話だよ?」
「はい?」
そんな二人に、エーテルは不満を漏らした。そして、彼らに指を突きつけてこう言い放つ。
「グラたん、どうして私とハイドラで扱いがこんなに違うのよっ……!? 私の誘いはにべもなく断る癖に、ハイドラのことは口説くし……!」
「く、口説くだなんて……で、ですが、私はグラ様ならそれでも―――」
「ハイドラもハイドラよっ……! 急にグラたんのことヨイショして、挙句「この町の異変、必ず解決しましょう」って……! それって要はデレじゃない……!」
「何逆ギレしてるんだよ?」
いきなり声を荒げ始めたエーテルに、グラが冷静に突っ込んだ。……そもそもこの流れは、彼女が原因で始まったのだ。途中で置いてけ堀を食ったのは確かだが、だからってこの怒り方は何なのか。
「あのねぇ……私は別に、グラたんが誰とフラグ立ててもいいのよ。でも、その場合は最低でも、私が愛人枠にいないと嫌よ。それなのに、私のことは遠ざけておいて、ハイドラにばかりお熱じゃあ、イライラが収まらないわよ。丁度生理だし」
突っ込まれて少しだけ落ち着いたのか、声のトーンを落としてエーテルが言う。……正妻でなくてもいいから、というのは前々から言い続けていたが、さすがに蚊帳の外のままでは我慢しきれないということだろう。それではそもそも、彼について来た意味がないしな。
「あの、エーテル様……グラ様は決してエーテル様を蔑ろになどされません。ただ、私が一人で盛り上がってしまっただけで―――」
「ハイドラ、それは違うわ。男は欲望に忠実な生き物なのよ。男が女に優しくするなんて、下心があるからに決まってるわ。だから、グラたんがハイドラに優しいのも下心よ。そして、私に冷たいのは、私のことが好きじゃないからよ。所詮、男なんて胸しか見てない馬鹿なのよ」
「何人聞きの悪いことを言ってるんだよ?」
グラを庇おうとするハイドラに、エーテルは諭すように話し掛ける。……若干、僻みが混ざっているようだがな。胸の話とか、特に。
「何が違うって言うのよ?」
「何もかもだ……それで、お前は結局どうしたいんだよ?」
こうしていても埒が明かないので、グラは彼女の望みを聞くことにした。……ホルム侯爵家へ向かうはずだったのに、ずっと止まってしまったからな。
「一発ヤらせろ」
「結局それかよ」
対して、エーテルの希望は単純明快。これまでずっと要求してきたことだ。
「だって、私、グラたんのために色々やってるのよ? 王都を無事に出られたのも、セルロに無事に入れたのも、全部私のお陰だし。情報収集も私の成果が大きいし。ここまでしてるのに、私にメリットなしって酷くない? っていうか、普通ならここまで言わなくても据え膳食うものよ、この意気地なし」
「そんなに恩着せがましく言われてもな……それなら、一人で王都に帰っていいんだぞ?」
「何よ、いいじゃないそれくらいっ……! グラたんのケチッ……!」
「お前が貞操の安売りしすぎなんだよ。もう少し自分を大切にしろ。これくらい身持ちが硬くて当然だ」
「何よ童貞……!」
「黙れビッチ……!」
口論に火がついて、最早ただの罵り合いになってしまった。おまけに、事実だから余計に手に負えない。
「……くすっ」
「ん?」
「え?」
すると、ハイドラが突然笑い声を漏らした。それを聞いて、グラたちも口論を止める。
「あ……も、申し訳ありませんっ! ただ、お二人がとても楽しそうだったもので……」
「楽しそう?」
「どういうこと?」
彼らの視線に、ハイドラは慌てて謝罪する。だが二人は、彼女の意図が分からず困惑している。
「は、はい……お二人とも、喧嘩していらっしゃるのに、どこか楽しそうでした。―――私は、誰かと喧嘩したことなどありませんから、少しだけ羨ましいです」
「「……」」
ハイドラの言葉に、グラとエーテルは顔を見合わせる。……まあ、余程仲が良くないと、喧嘩するのも難しいのかもしれないな。喧嘩するほど仲が良い、とも言うし。
「お二人のお陰で元気が沸きました。これで、この後のことも無事にこなせそうな気がします」
「それは良かったが……」
「うーん……なんか釈然としないわね」
完全に脱線していたのだが、ハイドラを元気付けられたのであれば無駄ではない。そう納得するしかないグラたちであった。




