どんどん本筋から逸れてるような気がしないでもない
◇
「……」
翌日。ハイドラはネレート伯爵家前まで来ていた。……結局、あれから他に良い案が思い浮かばず、ハイドラもこの方法でいくと言って聞かなかったので、実行することになった。
「……行きましょうか」
「……ああ」
だからこそ、グラが付き添うことになったのだ。同行の名目はボディガード。彼がいれば、向こうも下手な真似は出来ないだろう。してきたとしても、グラならば即座に対処が出来る。攻撃系の魔法も彼には効かないし、物理攻撃ならば大抵の相手に勝てるだろう。
「だが、相手が相手だ。くれぐれも気をつけろよ」
「分かっています。……ですが、ネレート家の方々とは古い付き合いですから、未だに信じられないです」
「それを今から確かめればいい。自分の目で、な」
「……はいっ!」
ハイドラは内心不安だったようだが、グラに励まされて、表情を明るくする。けれども、すぐに気を引き締め、ネレート家へと乗り込むのだった。
「ようこそ、ハイドラさん」
「突然押し掛けて申し訳ありません、イソル様」
屋敷に入り、案内された部屋で待っていると、目的の人物がやって来た。……恰幅の良い、白髪交じりの男性だ。上等なスーツを身に纏った彼は、ネレート家現当主、イソル・ネレート・セルロ伯爵だ。
「いいや、態々書類を届けに来てくれたのだ。お茶くらい出さなくては、ネレートの名が廃るというものだよ」
イソル伯爵は、ハイドラから書類が入った封筒を受け取る。……この書類こそ、ハイドラがネレート家を訪ねる口実である。フタレイ子爵に頼んで、ネレート家へ届けなければならない書類を預からせてもらったのだ。彼には事情を話していないが、フタレイ子爵は何かを感じ取ったのか、娘の我侭を快諾したのだ。
「……ところで、後ろの彼は誰なんだい?」
「彼はボディガードです。最近何かと物騒ですから、雇ったんです」
案の定というべきか、イソル伯爵は同行したグラに突っ込みを入れてきた。だが、ハイドラは全く動じず建前を説明した。
「なるほど……確かに、最近は物騒だ。そうやって気をつけているのはいいことだろう」
イソル伯爵はそう言いながら、座っていたソファにもたれ掛かる。……が、その眉間に僅かながら皺が寄っていたことをグラは見逃さない。明らかに動揺している。
「はい。最近は男爵家の方々だけでなく、観光客の方たちも犯罪に巻き込まれてしまうことが多いと聞きましたから」
「ああ、観光客が誘拐されているとかいう話か。……まあ、信憑性のない話ではあるが、そんな噂でも不安になるのは仕方ないか」
これ幸いと、ハイドラは更に揺さぶりを掛けていく。すると、イソル伯爵はそんなことを口走った。……観光客への被害を把握しているが、誘拐云々を信じていない様子。これが本心なのか、それとも誤魔化しているのか、これだけでは判断できなかった。
「先程お渡しした書類には、その件に関するものも含まれています。市場の治安を守るためにも、どうかご協力ください」
「ああ。市場の治安維持はこちらとしても重要課題だ。喜んで協力させてもらうよ」
ハイドラの言葉に、イソル伯爵は淀みなくそう答えた。……治安維持を望んでいるのに、市場の異変については噂と切り捨てる。この矛盾は、何かを隠しているからか。観光客の誘拐に、少なからず関わっているのだろうか。疑惑は晴れない。
「それでなのだが……ハイドラさん、彼には席を外してもらえないかい? 内密の話をしたいんだが」
書類の件もひとまず終わり、イソル伯爵はそんなことを言い出した。……どうやら、グラの視線が気になるようだ。
「あの、えっと……」
「……」
困ったように両者へ視線を送るハイドラだが、グラは無言で部屋を出て行った。
「ふむ……さすがに空気を読むくらいはできるようだ。ハイドラさんのボディガードは優秀だ」
「……」
グラがいなくなり、ハイドラは不安に押し潰されそうになった。だが、もう一人の存在を思い出し、それを強引に振り払う。……彼女は一人ではない。今までは一人だったが、今は心強い味方がいる。そう思うことで、イソル伯爵と向かい合った。
「それで、お話というのは?」
そしてハイドラは、イソル伯爵にそう促した。尤も、その内容については薄々見当がついているのだが。
「あー、やっぱりグラたんは外されたか。私が来てて正解だったわね」
その頃、ハイドラの隣にはエーテルがいた。……実は彼女、屋敷に入る前から隠形で姿を消して同行していたのだ。グラが同行を拒否される可能性を考え、ハイドラの了解を得た上で傍にいるのだった。
「さてと、内緒話とやらを聞いちゃいますか」
エーテルの独り言は、イソル伯爵は勿論、ハイドラにも聞こえていない。彼女はここで、ハイドラのことを守るのだ。
「ハイドラさん……例の件、考えてくれたかい?」
話を切り出すイソル伯爵。例の件、と聞いて、ハイドラは一瞬だけ強張る。……どうやら、あまり愉快な話ではないようだ。
「その件は、全て父に任せていますので……」
「確かにそうだろうが、ここはハイドラさんの気持ちも聞いておきたい。そのほうが、お互いのためになるだろう」
「……」
イソル伯爵の態度は、あくまでハイドラを気遣ってのもののように思える。……だが、当のハイドラはあまり触れて欲しくないようだ。
「……私はエタール家の人間です。家のためであれば、私はどうなっても構いません」
「そういうことじゃないんだ。重要なのは、ハイドラさんがどちらに―――我がネレート伯爵家と、ホルム侯爵家、どちらに嫁ぐ意思があるか、ということなんだから」
「……っ」
はっきりと言われて、ハイドラはまたも動揺する。……しかし、話が変なほうへ傾いてきたな。まさか、結婚の話だったとは。
「……まあ、貴族だし、そうでなくてもいい歳なんだから、そういう話も出るわよね。でも、まさか両家から話が出てるなんてね」
それを聞いているエーテルは、納得したように頷く。……この国では女性が結婚する年齢が低いし、貴族であれば結婚もより重要になる。とはいえ、さすがに二つの家から同時に縁談を持ちかけられるのはそう多くないが。大抵は早い者勝ちか、格上の家に遠慮するものなのである。
「……あくまで、私個人の気持ちを、ですよね?」
「ああ、それを教えてくれればいい」
「分かりました」
そうして、ハイドラのほうも覚悟が決まったようだ。一度目を閉じ、深呼吸をしてから、イソル伯爵に自分の意思を伝える。
「私はエタール家の―――ひいてはセルロのためにこの人生を捧げると誓いました。ですから、私はセルロの町を守ります。そして出来ることならば、同じ志を持つ殿方に、この人生を捧げたいです」
「つまり?」
「現在、セルロで起こっている異変―――観光客の方々や、男爵家の方たちが巻き込まれている事件。これを解決した殿方であれば、私はその全てを捧げることも厭いません」
要するに、セルロの異変を解決した者にならば、嫁いでもいい。ハイドラはそう宣言した。
「―――ホルム家の方々にも、このことをお伝えしなければなりません。それでは、失礼致します」
言いたいことを言い終えると、イソル伯爵が反応する間もなく、ハイドラは部屋を辞したのだった。




